第9話 緊急依頼
それからというもの、何かとつけてはアネストはセフィラに運搬員『ポーター』の仕事を依頼するようになっていた。
簡単な採取の仕事でも、ダンジョンに潜る仕事でも。他に運搬員の職員がいるときでも、アネストはセフィラを指名してくる。
昨日も一緒に、また採取の依頼を受けてダンジョンに潜りに行ったというのに、アネストは一人で冒険者ギルドに訪れていた。ダンジョンから帰ったら数日はお休みをとるのではなかったのか。
「暇なんですね」
嫌みを込めて、隣に座る軽薄な男に声をかければ「まかせろ」と訳の分からない受け答えをされた。
「たまには他の運搬員を雇えばいいのに。私ばかり雇っていると、いい噂が立ちませんよ」
「おっ。そういう風に見られてるってことか?」
「私は真面目に言っているんですが?」
ここ数日間つきまとられたおかげで、セフィラの素行不良の本当の意味が伝わっているはずだ。いまも、そこかしこから、哀れみとも侮蔑とも呼べない曖昧な視線がこちらに向けられている。
セフィラにつきまとう『冒険者殺し』という風評。全滅した冒険者を背負って帰ってくること、数十回。中には現役復帰できない傷を負った者や、恐怖から冒険者を辞めてしまう者も少なくなかった。
いつの頃からか言われ、セフィラへ依頼する冒険者も激減していった。
「まあ、オレは真実を知っているからな」
まるで誇ることのように胸をはるアネスト。軽く無防備な脇腹に肘打ちを打ち付けてやれば、盛大にむせていた。
忘れてた――いま冒険者ギルド内には沢山の冒険者がいるのだった。思ったより力が入ってしまった。少しは心配して見れば、存外頑丈の男は涙目になりながら、今日の依頼を口にしてきた。
「今日は、げほげほ……ふぅ。今日は、先日の森までまた薬草採取にいこうと思うんだ」
「今度こそ息の根を止めて欲しいということですか」
「相変わらず物騒だなぁ」
アネストのように歴戦の冒険者になると、生半可な殺気では本気かどうかが筒抜けになってしまうようだ。これでも、本気で……そのつもりで言ったつもりなのだが、軽く受け流されてしまう。
「ここしばらく、でかい仕事がないからさ。体が鈍ってるんだよ」
じとっとした目でアネストを睨み付ける。要は訓練相手になってくれということらしい。どこの世界に運搬員と戦うために雇う馬鹿がいるのか。
「そんなの、自分で依頼でも出して他の冒険者に受けてもらえばいいじゃないですか」
「地元だったらそれで良かったんだがな。ここのやつらにとってオレらってよそ者だろ? 下手にそんな依頼を出したら、お互いに後遺症が残るまでやらざると得なくなる場合もでるからな」
王都ディザイアの冒険者たちに歓迎されていない。そう言っているように聞こえた。
「いきなり塩漬け依頼を受けたのが悪印象だったようだな」
言葉とは裏腹に、「まいったまいった」といつもの軽薄な笑顔を浮かべる。
「分かってるなら、悪目立ちしなければいいんです」
「時間が無いからな。さっさと一級に上がらないと」
アネストから、何故わざわざルシア国まで来たのかは聞いて居ない。けれど、時折口からこぼれる「一級」という言葉。彼が早く一級冒険者に上がろうと、機会を狙っているのは分かった。
訓練に付き合う気はないが、薬草採取ということなら断る必要もないし、断れる立場でもない。前と同じ条件で良いかという確認に頷こうとしたとき、にわかに冒険者ギルド内だがざわめきだした。
「緊急依頼が発令されました! 五級以上の冒険者は、明日の朝一番にここ、冒険者ギルドに集まってください。馬車を用意いたします。今ここにいない方にもご連絡をお願いします。もう一度ご連絡します。緊急依頼が――」
受付嬢たちが、それぞれのカウンターで声を張り上げる。
緊急依頼の発生を聞いて、冒険者たちは歓喜する者、残念がる者、悔しがる者と三者三様だった。
セフィラのとなりでは、先程までの緩い表情を捨て去り、獰猛も笑みを浮かべたアネストが腰を上げた。
「悪いセフィラ、さっきの依頼は変更だ。これでやっと一級に上がれるかもしれないからな。この緊急依頼に付き合ってくれ」
アネストたちは先日の塩漬け依頼――キマイラ二頭の討伐で三級から二級に等級が上がったという。緊急依頼なのだから、同じように一気に冒険者の等級が上がることが考えられる。
「――安心安全にダンジョンに潜れるなら」
アネストはセフィラの返答が聞こえているのかいないのか。詳しい話を聞きに受付嬢のいるカウンターの方へ足を向けた。
「毎度ご贔屓にしてくださり有り難うございまーす」
無言の肯定と受け取り、セフィラもカウンターの近くへ移動する。どこのダンジョンでどんな緊急事態が起こったのか。今のうちに把握して、購入するべき物をさっさと仕入れないといけない。アネストはこういうことが苦手だと自身でも言っていた。
「おい、どこなんだよ。どのダンジョンなんだよ」
「もしかしてダンジョンじゃないのか?」
「出し惜しみするなよ。こっちは命かけるんだぞ!」
血気にはやった冒険者が受付嬢に詰め寄っていく。受付嬢自ら五級以上と指定したから、言い募る冒険者はのきなみ尋常じゃない雰囲気を醸し出していた。
「静かに! これより緊急依頼の内容を発表する」
冒険者ギルドの奥から顔を見せたのは、ギルドマスターの……確か名前はアーハンだったか。
ギルドマスターがフロアに足を踏み出せば、とたんに静まる冒険者達。ギルドマスターの手には丸められた羊皮紙が握られていた。
「今回の緊急依頼は、風帝竜ルシアさま直々の依頼となる!」
どよめき出す冒険者ギルド内。冒険者だけでなく、さきほどアナウンスしていた受付嬢でさえ、ギルドマスターの言葉に狼狽えているようだった。
ギルドマスターが、羊皮紙を冒険者に見えるように広げる。
「場所は『魔の森』。魔の森でダンジョンの浸食が始まったことが確認された。直ちに五級以上の冒険者たちはゲートキーパーを打ち倒し、ダンジョンを攻略することとする。なお、明日の朝一番に、冒険者ギルドで魔の森行きの馬車を手配している。乗るも乗らないも諸君らの自由だ」
――魔の森。一つの巨大な樹海がダンジョンと化している。通常だったら七級から入れるダンジョンだ。
「報酬は? 報酬はどうなんだ」
「そうだそうだ」
騒ぎ立てる冒険者の間を縫って、アネストに近寄り手を握る。いきなりのことにびっくりしたようで、目を見開きセフィラを凝視してきた。
「アネストさん、こっちです」
支配者の影『ゴースト』のスキルを使い、無理矢理アネストを冒険者の塊の中から引きずり出す。アネストの力に有象無象の力をプラスしているのだ。最初は抵抗を受けたが、抵抗は無駄と判断したのか大人しくついてきてくれた。
そのまま冒険者ギルドの外へと出る。
冷静な冒険者たちは、もう動き始めている。風帝竜ルシアという名前が出なければ、もっと多くの冒険者が冷静にことを考えられたのだろうが。
「おい、セフィラ。どうしたんだよ。依頼の話を聞かないと……」
アネストは等級を上げる事に躍起になっている。
「冒険者が眼の前のことに盲目になってどうするんですか。アホですか、死にたいんですか」
もう、アネストに対しては遠慮する気がなくなっていた。思ったことをそのまま口にする。
アネストは熱狂する冒険者ギルド内を後ろ髪を引かれるように見ていた。
他の冒険者たちも冷静な者達は多くいるようだった。
一人、二人、三人四人……。
冒険者ギルドから静かに立ち去っていく冒険者。その姿を見て、アネストはセフィラの言いたい事を察したのか。真剣な顔でゆっくりとセフィラに向き直った。
「説明してくれるんだろ」
「それは目的地に行きながら説明します。お金は持ってますか」
「金貨十枚ほどなら手持ちにあるが、足りるか?」
「私の手持ちも足せばなんとかなるかと」
話が早い。一部の冒険者たちの行動と、セフィラの言葉だけである程度状況を掴んだようだ。
駆け足で目的地に向かいながら、セフィラは説明を始めた。
「魔の森の植物のほとんどは、猛毒を持っています。なかには、解毒剤をすぐに飲まないと死に至るものもあるんです」
猛毒の植物の檻の中で魔獣と戦う事を強いられるダンジョン。ダンジョンの等級自体は六級と高くはないものの、そのやっかいさから人気のないダンジョンだ。
ダンジョンが浸食を開始しているということもあり、実際の危険度は跳ね上がっているだろう。現に緊急依頼にかり出される冒険者は五級で足切りされている。
「毒か。確かに厄介だな。急がないと解毒剤や、その材料が売り切れるってことか」
「そうです。それに、緊急依頼の話が広まれば金額も高騰しますから、今のうちだけですよ、まともに買えるのは」
セフィラたちは街中から外れ、スラム街に近い場所に居を構える薬屋へと辿り着く。そこは今には崩れそうなほど、見ていて店が傾いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます