第8話 森の中

「まったまった! まってくれ」

「断る! 余計なことを知った人間の末路はいつも決まってます!」


 ナイフ抜き、アネストに向けて一気に踏み込む。

 セフィラは地上を這うように動きながら、ナイフをアネストに向かって切り上げる

 アネストは一瞬で大剣を構え直し、セフィラの攻撃に合わせるように振り下ろす。

 二人の武器が交叉し、火花を散らした。


 不意打ち気味の下段からの攻撃と、不完全ながらも上段からの攻撃。武器の重量の差はされど、アネストの能力を模倣しているセフィラとアネストの力は拮抗した。


「重ってぇ! その体でなんでそんなに重いんだよ」


 アネストが一息に後ろに飛び、距離をとる。


「体目当てですか」

「ちげーよ!」


 思いも寄らない感想に眉をしかめるアネスト。

 不意打ちの一撃を止められたセフィラは、武器のリーチの差に歯噛みする。次は先程のように簡単に接近は許してくれないだろう。


「アネストさん」

「な、なんだよ」


 真剣な表情を浮かべて、セフィラはアネストに懇願した。


「お願いですから、私の安心安全な生活のために、自害してくれませんか」

「改まって言うことが物騒すぎるんだよ。素行不良の意味が分かった気がするわ」


 慌ててさらに後退するアネスト。すでに、アネストの力を模倣していても、セフィラには一息で懐に入ることができない距離だ。


「人の秘密を暴いたんですから、命くらい賭けてくださいよ」

「極端すぎるわ! オレが命を賭けることは、もう先約があるんだよ。第一、別に誰かに言いふらすつもりはないっつーの」

「つまり、ここであなたの息の根を止めれば、私はまたいつもの生活に戻れると」

「曲解も甚だしい!?」


 セフィラがアネストににじり寄れば、同じ距離だけアネストは下がる。

 ここにアネストしかいないのは行幸でありながら、失策だった。ゴーストのスキルは周りがが強ければ強いほど、多ければ多いほど真価を発揮する。


 今の状態では、アネストと同等の力しか出せない。しかも、能力は同じでもリーチに差があるのだ。不利なのはセフィラのほうだった。唯一、まだ有利な点があるとすれば、ゴーストのスキルをアネストが理解していないことだけだ。


「おいおい、もうやめようぜ。なにもオレはあんたを追い詰めようとしてるわけじゃないっての」

「その話を信じて欲しければ、剣を捨てるんですね」


 半ば冗談で言ったことをアホみたいに信じたのか、大剣を足下に放り投げるアネスト。

 セフィラは罠かと思いつつも、一気にアネストまで距離を詰め、首元にナイフを滑らそうとするが――肉を切るより前にナイフを手元に引き寄せ、後ろに通り過ぎていった。


「馬鹿じゃないですか。本当に殺されてたら、完全な死に損ですよ」

「さ、さ、さ、殺気がないことくらい、さすがにわかるってーの」

「声、震えてますよ」


 ナイフを腰に仕舞う。これでこちらにも戦意がないことがわかっただろう。元より、アネストを口封じできるとは思っていない。相手の能力を使えると言っても、一対一では力だけは同等なのだ。あとは、経験や武器で勝っている方が勝つ。

 あのまま本気で戦っていたらどうなっていたか。屍になっていたのはどちらか。考えるまでもなかった。


 それでも、このスキルのことを口外されては困るのだ。約束が守れなくなる。嘘かまことか、アネストの言を信じるしか道はなかった。

 あえて、自らの不利になることを無駄に教えてあげる気はないけれど……。


「はー、ゲートキーパーとの戦いよりしんどいぜ」

「冗談はやめてください。こんなか弱いゲートキーパーなんていませんよ」

「真面目に最初の一撃は、死ぬかと思ったんだけど!」


 地面にどっかりと胡座をかくアネスト。ここからは暴力沙汰はない。話し合いだと言わんばかりだ。

 セフィラはたった一回依頼をしただけの相手を、そこまで無防備に信用できることに逆に不安を感じる。

 アネストの前まで歩いて行き、睨み付けるもノホホンとしまらない笑みを浮かべてくる。

 いつもの軽薄なアネストだ。


「アネストさんは、ダンジョンで死なずに街中で死んでそうですね」

「意味が分からん」


 この人は、誰彼構わず相手を信用して、そのうち後ろからブスリと一発やられそうな気がする。そんな皮肉は通じなかったようで、真剣にアネストは首を捻っていた。


「いまの言葉は忘れてください。どうせ私には関係無いことですし」


 拗ねたように「そんなこというなよ。オレとセフィラの仲だろ」とふざけたことを言ってくる。本当にここで始末できなかったことを後悔しそうになった。


「とりあえず、お昼を食べながら話しますか」


 もともと休憩をする予定だったのだ。セフィラも荷物を降ろし、アネストの対面に座り込む。街の屋台で買った包みを二つ取り出し、片方をアネストへと差し出す。


「毒とか入っていないよな」


 恐る恐る受け取ろうとしていたアネストの顔に、思いっきり投げつけてやった。幸い包みは破れなかった。地面に落ちたが問題なく食べられるだろう。


「ここに来るまで、こんな事になるなんて思いもしませんでしたら、何も用意はしていませんよ」

「いやだって、毒草とかそこらに生えてるじゃん」


 なにが「じゃん」なのか。こちらはアネストを一応信用して刃を納めたのに、肝心のアネストが信じていないのは、無性に腹が立ってくる。

 水筒もおなじくアネストの顔に目がけて投げつけるが、こちらは見事に受け止められてしまった。

 セフィラの様子を伺いながら、食事を始めるアネスト。セフィラも遠慮なく包みをほどいて口に運ぶ。


 ゴーストの正体がばれたこと以外は、本当に良い日だった。薄暗い森の中だが、所々に陽光が差し込んできて日溜まりができている。二人がいるところにも、先程から温かい日差しが降り注ぎ、暗くなりそうな気持ちを引き上げてくれるようだった。

 結局、食事が終わるまでは一言も話さずじまいだった。アネストはチラチラとセフィラの様子を伺っていたが、言葉と一緒に食事を飲み込んでいたようだった。


「それで、私の事を口外しないっていうのは本当なんですか」


 しびれを切らしたセフィラが、トゲトゲしく口にする。

 立場上でも戦闘力でも上であるはずのアネスト。なのに、会話の主導権はセフィラにあるようなアベコベな状態だった。


「ああ、しないよ。なんでか知らないが、知られたくないんだろ。ただ……」

「ただ、なんですか?」

「そのセフィラのスキル。それは『創星級』スキルなのか」


 はて? と、初めて聞いた言葉に首を傾げるセフィラ。創星級スキルなんて聞いたことがない。下級スキルから始まり、最上位の神話級スキルまでしか知らない。


「ギルドでスキルの判定を受けなかったのか?」

「私は冒険者じゃないですよ。運搬員です。運搬員にスキルの報告義務もなにもありませんから」

「あー……。その辺りが、セフィラが運搬員をやっている理由なのか」


 当たらずとも遠からずの質問に、眉をひそめるセフィラ。


「私が運搬員をやっている理由と、アネストさんがゴーストを探していた理由に繋がりでもあるんですか」

「うんにゃ、全くないな」


 飄々と言い切ったアネストを睨み付ける。アネストは口笛を吹く真似をしながら、誤魔化すように言葉を続けた。


「オレは創星級スキルを得たいんだ。それが、オレの目的に繋がるからな。その目的は――まあ内緒だ」

「では、こちらも理由を告げる必要はないですね」


 互いに踏み込まれたくない箇所だと暗に言い合う。アネストの性格からして、おいそれと言えないような理由でゴーストを探していたというのは、少し意外だった。


「オレが聞きたいことはあと一つなんだが、いいか?」


 答えられる範囲でならと、セフィラは頷いた。お互い秘密にしたいことには触れないのなら、ゴーストの件を黙っていて貰うための必要経費だ。


「そのスキル――どうやって手に入れたんだ」

「知りません」


 きっぱりと言い切る。だって、本当に知らないのだから。


「ものごころついた頃には、身についてました。お母さんなら知っていたかもしれませんが」

「じゃあ、セフィラの母親に聞けば、もしかしたら」

「聞ければですけどね。お母さんはもう三年前から行方不明ですけど……」


 口から苦いものが出てきそうで、水筒の水で流し込む。もう温くなってしまった水だが、わだかまった気持ちを押し戻すにはちょうど良かった。


「無神経だったな、すまん」


 頭を下げて謝罪してくるアネスト。


「別に。この街の冒険者なら大抵の人が知ってることですから」


 アネストに気を遣うつもりはなかったのに、素直に謝られたからか、そんな言葉が口をついて出てきた。


「でも、そっかー。分からないのか」


 地面に仰向けに転がるアネスト。その視線の先に何を見ているのか分からないけれど、空を見上げているわけではない気がした。


「もう、ゴーストの件はこれでいいですか?」

「ああ、悪かったな。この件は内緒にしておく、それでいいんだろ」

「はい」


 昼食後の休憩のあとは、二人で黙々と薬草を採取していく。森の奥側まで来たこともあって、手つかずの薬草が大量に手に入った。

 冒険者ギルドに戻ったころには日が沈む間際となっていた。

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