第7話 セフィラ

 日帰りで行くことになった、街の東に広がる森。


「お二人との待ち合わせ場所はどこですか」


 たった一日だけの行軍なら、保存食はいらない。昼食にちょっとした携帯食と水、これだけあれば十分だ。待ち合わせ場所に向かいがてら、補充すれば手間が省ける。


「んあ? ああ、言ってなかったな。今日はオレだけだぞ。二人は今日、自由行動だ。あれだけしんどい仕事だったからな、数日は休みをとるさ」

「き、聞いてませんよそんなこと」


 この軽薄男と二人きりなんて聞いていない。聞いていたら……結局断れなかったなと、絶望感が押し寄せてきた。

 何を考えて薬草採取に運搬員なんぞ雇うのか。酔狂としか思えない。


「そっちじゃないです」


 ずんずんと進んでいくアネストを呼び止める。振り返ったアネストは不思議な表情を浮かべて、首を傾げた。


「街の東門はこっちじゃなかったっけ?」

「そうですが、一つ先の大通りに出れば、屋台が出ています。そこでお昼と念のための携帯食、あと水を買わないと……」

「はあ。セフィラは用心深いんだな」


 感心したようなそぶりでこちらを見下ろしてくるアネスト。


「こんなの普通です。私は死にたくありませんから。安全安心が一番です」

「安全安心ねぇ」


 自分で言っていて、よくもまあここまで矛盾していることを堂々と言えるものだと感心する。安全安心が一番なら、運搬員なぞ辞めて街の中で働けばいいのだから。アネストもそれを分かっているのだろう。不思議なものを見るような目で、こちらを見つめてくる。


「オレよりセフィラのほうが手慣れているだろうから任せるわ。いつもローウェンに任せてるから、オレは詳しくないからな」


 それでいいのか上級冒険者! 

 どうも油断すると、口から汚い言葉がついつい出てきそうで、アネストとの会話はやりにくい。

 アネストがつまらなそうに周囲を見ている間に、必要なものを買い集め準備を整える。


「それじゃ、東の森へ行きましょうか」




 東の森は王都ディザイアから二時間ほど歩いたところにある。森自体は広いのだが、外周部分は木材の伐採と植林が繰り返され、人の手が入っている。

 アネストが受けた依頼の薬草は、外周部分にもあるにはあるが、採取する人も多くなかなか見つけられない。


「ちと奥までいくか」


 奥に行けばいくほど、魔物や魔獣との遭遇の確率があがるのだが……、


「雑魚しかいないなら問題ないだろ。安全安心だ」


 気の抜ける顔で言いのけるアネスト。

 安全安心なのはおまえだけで、こちらは安全でも安心でもないと突っ込みたかった。

 初めてきた森なのに、何も考えていないようにグングンと先に進むアネスト。はぐれないようについてきながら、途中途中の木の幹にナイフで目印を付けていく。


 道に迷いましたじゃ、笑い話にもならない。

 森の奥に入り込んで、どれくらいの時間がたったか。ぱっと見、見た目の違いが分からないような場所というのは、時間感覚を狂わせてくれる。もし、ここが闇の中ならなおさらだっただろう。

 薄暗い森の中、空を仰げばそろそろ太陽が天頂に昇るころだった。


「アネストさん、休憩にしませんか?」


 目的地があるのかないのか、黙々と進んでいたアネストが足を止める。


「そうだな。ここまで来れば、街に悪影響は出ないだろ」

「え?」


 薬草採取で街に悪影響もなにもないだろうと不思議に思っていると、アネストはおもむろに背中の大剣を抜き放った。


「魔物ですか!?」


 セフィラの問いかけに答えるように振り向いたアネストは、大剣を地面へと気合いと主に突き刺した。

 ビリビリと大気が震える。

 周囲の木々が恐怖に煽られたかのように枝を揺らす。セフィラは足下から震動を伴い、まるで突風が押し寄せるような錯覚を感じた。

 遠くで鳥や魔獣の悲鳴らしき鳴き声が聞こえる。


「なあ、率直に聞くんだが」


 いつもの気味の悪い気安さはなく、先日のキマイラ戦で見せた顔を覗かせるアネスト。


「――セフィラが、ゴーストなんだろ」

「……」


 一瞬で喉の奥の水分を奪い取られた気がした。


「意味が、分かりません。アネストさんは、アホですか。ゴーストは冒険者という噂です。なんで運搬員の私だと思うのですか。頭おかしいんじゃないですか」


 口とは裏腹に心臓が大きな音を奏でる。


「ただの運搬員は、オレの威圧を堂々と受け流せないと思うんだけどな。それと、言葉使いがけっこう悪かったんだな。素行不良ってそこか?」


 支配者の影『ゴースト』のスキルで、アネストの能力を得ているのが裏目に出たか。


「これでも、色んな冒険者といっしょに多くのダンジョンに潜っているんです。運搬員だからって舐めないでください。あと、私の口の悪さと素行は関係ありません。私の口調で素行不良なら、冒険者全員ならずものですよ」


 何が面白かったのか、腹を抱えて笑い転げるアネスト。


「やっぱり、一緒に行動するなら遠慮なんていらねーよな。毒舌を吐くほうがオレは好きだぜ」

「ば、馬鹿じゃないですか」


 何を考えているのか分からない。セフィラがゴーストということを暴きにきたとしても、目的が分からない。冒険者ギルドでも薬にはなりこそすれ、毒にはならないという立場で不干渉だったのに。


「ゴーストに救われた冒険者たちに話しを聞いてきたんだよ。どいつもこいつも、ボロボロのマントとフードで姿を隠していて正体は分からないの一点ばりだったんだが――」


 剣を地面から引き抜き、背中の鞘に戻すアネスト。その際にもセフィラから一切、視線を外さなかった。


「必ず、同じ運搬員を雇っていたんだよな。覚えがあるだろ? セフィラ」

「確かに私はゴーストが現れたとき、運搬員をしたことがあります。でも、他の運搬員だってゴーストに会ったことがないとは言いきれないじゃないですか」

「いや、セフィラの名前しか上がらなかったんだがな」


「そんなのはたまたまじゃないですか? 私以外にもゴーストに会った運搬員は調べればいるはずです。決めつけも甚だしい。もうちょっと頭を使ってください」

「んー、じゃあこれならどうだ? 冒険者ギルドからの情報も、冒険者たちからの情報からも、ゴーストはマントとフードで姿を隠しているという情報だけなんだな、外見に関することは。でも、一人だけ違うことを言っているやつがいてな」


 自身の顔をペチペチと叩いているアネスト。いったい何を言っているのかとセフィラが疑問に思っていると、


「とある運搬員だけ、ゴーストは『仮面』を付けているって言ってたんだよな。これでもまだ、しらを切れるか?」


 まさか、いままで助けた冒険者たちに仮面を見られていないとは思わなかった。フードを目深に被っていたとしても、見らていると思っていた。


「……」

「ちなみに、ゴーストが仮面を付けているのは、俺たち天撃の一振なら見ているからな。いまさら間違いだったって言っても誤魔化せないぞ」


 荷物は背負っているが、日帰りの、二人分の量だけだ。この程度なら動きに支障は出ない。

 セフィラは腰に括り付けたナイフの柄に手を伸ばす。

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