第6話 調査
その日は、ダンジョン攻略の翌日ということもあって、各人自由行動としていた。冒険者ギルドから、昨日の依頼の査定が降りるとしても夕方だろうということで、昼過ぎまでは自由な時間がある。
アネストは壊れた軽鎧の代わりを見繕うために鍛冶屋に寄り、そこで午前中いっぱいを使っていた。
「鍛冶屋もゴーストのことは知らないってか」
冒険者が集まる鍛冶屋なら情報をもっていると昨夜思いついたのだが、そう簡単ではないらしい。
アネストはこのルシア国の王都ディザイアに滞在してまだ日が浅い。情報を得ようとしても、向けられる足先は決まっていた。
結局は冒険者ギルドに足を向けたアネスト。ディザイアにいる冒険者から話を聞くのが手っ取り早いと思ったからだ。なにより、ギルドマスターの話では、ゴーストを目撃している冒険者は少ないとはいえ、いるということだ。
昼になり、人の少なくなった冒険者ギルドに足を踏み入れたアネスト。まずは、適当な冒険者がいないか見回すと、昨日見た顔を見つけた。
「いよっ」
室内の片隅の待機所で、今日も一人売れ残っている運搬員のセフィラ。受付嬢は素行不良といっていたが、そんな様子はなく優秀な運搬員だった。なぜ、彼女が今日も売れ残っているのか不思議でしょうがない。
「こんにちわ。今日も依頼ですか」
「いんや。今日は各人自由行動だ。毎日休みなく働いていたら、何かあったときにまともに動けないからな」
「じゃあ、なんで声をかけたのですか」
セフィラが小首を傾げる。彼女からしたらアネストと違い、仕事中なのだ。だが、そんなことはお構いなしにアネストは思った事をそのまま告げた。
「おいおい、可愛い子がいたら声をかけるのは当たり前だろ」
――死ねばいいと思います。
物騒な幻聴が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
「まあ、本当は半分はマジで半分は別の目的だな」
――やっぱり死ねば……。
セフィラの声なき声はアネストには届かない。アネストはつとめて明るく、本題を切り出す。
「なあ、ゴーストって知らないか? 知ってたら何でもいいから教えてくれ」
「……フードと仮面で顔を隠している冒険者らしいとしか……知らないです」
「そっか、そっか」
後ろ手に頭を掻いたアネストは、困ってしまう。また一つ、手がかりというかあてはなくなったのだから。あと手当たり次第に冒険者に声をかけるしかないのか。
「……ゴーストの噂話なんて信じているんですか」
「噂っつーか、実際にいるんだけどな」
そういえばと、アネストは気付く。あのとき、あの場所にいたのは戦っていた三人だけではなかったのだ。
「先日のゲートキーパーとの戦いでさ、オレ達の他に誰か見なかったか」
「……私は魔獣に襲われないようにずっと隠れていたので。何も見てないです」
「だよなー。変な事を聞いて悪かったな。じゃ、また」
冒険者ギルド内には思っている以上に人がいない。あとは、向かいの食堂に仕事終わりの冒険者がいるかもしれない。
幸い、食堂のマスターとは面識もある。冒険者への顔つなぎを頼めるかも知れない。
冒険者ギルドを出る時に、視線を感じた方向に顔を向けると、セフィラがこちらを見つめていた。優秀な運搬員なのにもったいないなと思い、軽く手を振って冒険者ギルドを出た。
食堂でも当たりの情報を引くことは出来なかった。ただ、ゴーストと出会った冒険者たちは、そのことごとくが冒険者を引退しているという情報は得られた。
――冒険者パーティが全滅しそうになると、幽霊の様に現れ魔獣を倒していく。
ギルドマスターの言葉の通りなら、魔獣や冒険者という家業に相当なトラウマが植えられたのかも知れない。
「引退した冒険者なんてどうやって探すんだ? おれらよそ者じゃ分かるわけねーな」
「なんだなんだ、情報がまるっきりないよりマシだろうが」
冒険者達に飯を奢り、話を聞いていたら自分自身の昼食が遅くなってしまった。
マスターが、山盛りによそられた料理をテーブルに置く。
「おいおい、なんだこのサービスは」
「おまえさんが冒険者に驕りまくったせいで、こっちはいつもの倍は儲かったんだ。これ位還元してもバチはあたらんだろ」
「還元するなら従業員に還元しろってんだよ。むさいおっさんにサービスされても嬉しくねーぞ」
歯に衣着せぬアネストの言葉に一瞬目を丸くしたマスターは、すぐに大きく笑い声をあげた。店内の冒険者が、なんだなんだと注目してくるが、声の主がマスターだと分かるとすぐに自分の食事に戻っていった。
「まあ、そうケチケチすんなよ」
「ケチケチするのはそっちだろ。商売人向いてねーんじゃねーか」
「外国からきた冒険者が、常連になってくれてるんだ。オレのやり方は間違ってねーってことだ」
再び大笑いすると、マスターは真剣な顔でアネストに向き直る。
「ゴーストに直接あったことがある元冒険者なら、だいたいがスラム街に住んでいるぞ」
「スラム? なんでまた」
「戦い一筋の冒険者が他のまともな職業に就けると思うか? それに、殆どの奴らが後遺症が残るような怪我をしていたっていうしな」
――冒険者を辞めた理由はトラウマだけじゃなかったということか。
「ありがとな。飯くったら、ちょっくら行ってくるわ」
「そうか。あんたなら気をつける必要はないだろうが、スラム街は西側にあるぞ」
用件が終わったのか、マスターは厨房へと引っ込んでいった。アネストは、いそいで大量の料理を平らげると、スラム街に移動した。
「こんなに金をもらっていいのか?」
スラム街の住人に手当たり次第に聞き回ったアネスト。お金に困窮しているスラム街の住人は、誠意を見せれば聞きたいことに答えてくれた。
「ああ、他にも知ってることがあればありがたい」
そんな調子で、芋づる的に元冒険者たちにあたっていくアネスト。一人の元冒険者を見つけたあとは早かった。その元冒険者のパーティメンバーだった人たちから、他のパーティへ――いっきに情報は集まった。ただし――、
「どれもこれも、情報は同じか」
どの冒険者パーティも普通に依頼を受け、冒険者ギルドの運搬員を雇い、ダンジョンに挑む。
そして全滅の憂き目にあって、ゴーストに助けられる。そのゴーストの風体も、ボロボロのマントやフードなどで姿を隠しているというだけだ。
あとは、武器は決まってナイフということだった。
「そろそろ冒険者ギルドに戻るか」
ゴーストについて、考えをまとめながら、アネストは来た道を戻り始める。アネストたちのパーティは歪だ。前衛と後衛しかいない。斥候もいなければ、盾役もいないのだ。目的の為なら人材は欲しい。けれど、同等の実力を持つような冒険者にはなかなか出会わないのが実情だ。出会ったとしても、すでに他のパーティの中核メンバーで引き抜けない。
いつもの軽薄そうな表情を顔に貼り付け、頭の中でぐちゃぐちゃと考えている頃には、空があかね色に変わり始めていた。
「これが報酬な。昨日渡せなくて悪かったな」
そこそこ膨らんだ革袋が、眼の前にぶら下げられる。
朝一でいきなり現れたと思ったら、開口一番そんなことを言ってくる。
――正直ぶん殴りたい。
こんな大金を大衆の面前でどうどうと見せびらかすなんて、このあと物取りに襲われろということだろか。
「本当はもっと渡してもいいと思ったんだけどな、契約だからな。ぶっちゃけローウェンにそこら辺はうやむやにするなって、いつも怒られてるんだよ。だから、ちょっと少ないのは勘弁してくれ」
言い訳するようにまくし立てるアネスト。
「有り難うございます」
この程度の金は大金のうちに入らないということらしい。
セフィラが冒険者ギルドの職員という立場じゃなければ、すぐにでも誰かが絡んできそうな大金なのに。
「?」
報酬を受け取ったあとも、アネストはセフィラの前から動かない。相変わらず軽薄そうな笑顔を浮かべているが、逆に気味が悪く感じるときがある。
「今日は誰かから依頼を受けているのか?」
嫌みですか? と、口からこぼれるのを我慢し、フルフルと首を振る。今口を開けてしまえば罵詈雑言が飛び出てしまいそうだ。この男は遠慮という言葉を知らないのだろうか。
「よし、じゃあオレの依頼を受けてくれ」
「は? まさかまた面倒な依頼でも受けたんですか。無事に帰って来れなさそうな依頼は嫌ですよ」
冒険者ギルドの職員という立場上、こちらに断るという選択肢はないのだが、言いたい事は言っておかないといけない。こちとら安心安全が信条なのだから。
「うんにゃ。簡単な仕事だよ。ただの薬草採取だ」
言っている意味が分からなかった。薬草採取? 三級の高位冒険者が? とんでもないダンジョンにある霊草とかの採取だろうか。
「近くの森まで薬草採取に一日出かけるから、雇いたいだけだ。薬草って結構かさばるだろ? だからさ、手伝ってくれよ。分け前は二〇%でどうだ?」
本当の本当にただの薬草採取のようだ。アネストが大剣を背負いながら薬草採取する姿が想像できない。
ダンジョンに行かないのでは運搬員をやる意味はない。幸い当分の生活費は手元に入ってきたのだ。
「お断りします」
「そっかー。じゃ、よろしくな」
ニヤニヤと笑いながら手を差し出してくるアネスト。断れないことを知っていて、言っているのだこの軽薄な男は。
いっそのこと、スキルを使って眼の前の手を握りつぶしたくなる。
「……よろしく、お願いします」
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