第5話 祝杯と……

 アネストたちが冒険者ギルドを出た頃には、もう日は暮れ夕闇に包まれていた。街の大通り沿いには魔力灯が灯され、視界は十分確保出来るが、細い道に入ろうものなら一寸先は闇となる。

 キマイラの素材の査定には時間がかかるということで、報償金も含めて後日ということになった。


 セフィラにお勧めして貰った食堂がまだ開いていたので、そこで三人は今後の方針を固めることとした。

 前回と同じ席が空いていたので、そこを使わせてもらう。奥の席となるここは、周りに聞かれたくない話をするにはちょうど良かった。


「本当にゴーストを探すのか?」


 料理を注文したあと、ローウェンがアネストに問いかける。その目には本気で創星級スキルのことを信じているのかという、意志が見えている気がする。


「当たり前だろ。折角の手がかりが転がり込んできたんだ。放っておく方がどうかしている。それにさ――」


 軽薄そうな雰囲気から一瞬、戦闘時のときのような真面目な顔になり、アネストは言葉を繋げた「まだ、お礼を言ってない」と。


「普段はいい加減なのに、なんでこういうときだけしっかりしているんですか。いつも、そのようにしっかりして頂ければこちらも楽なのですが」


 リーンが口を尖らせて文句を言う。


「わかったわかったよ。オレへの賞賛はいいから、それより二人ともどうなんだ? 成功したか?」


 あいかわらず軽薄な表情だが、目はするどく二人を見据える。二人は揃って静かに首を縦に振った。


「そっか。地帝竜ゴーンの言ってたことは本当だったか」


 今回のゲートキーパーだったキマイラの討伐で、三人は新たなスキルを獲得していたのだった。

 通常、冒険者がスキルを手に入れる為にはゲートキーパーを倒す必要がある。だが、所持できるスキルは通常一つのみで、ゲートキーパーを倒す度にスキルが強化されるというのが通例だった。

 アネストたちのような神話級スキルを得るためには別の条件も必要なのだが。


「さまを付けなさい、さまを。まったく。確かに地帝竜さまの言うとおり、守護竜さまの支配地域が変われば新たなスキルを得られるというは、本当でしたね」


 三人はゴーン国の出身で、そこでスキルを得ている。本来なら、所持しているスキルが強化されるところ、今回はスキルが増えるという形で現れていた。


「ただ、やはり授かったスキルよりは一段落ちるようだな」


 神話級スキルの取得条件は、守護竜の加護を得ること。これは一般的には知られていない事実だ。守護竜がいるのはダンジョンの最奥。それも最高等級である一級ダンジョンの……だ。


「そうだな。ゴーストを探しながら、風帝竜のダンジョンに入れるように等級をあげる。今後の方針はそれでいいだろ」

「いいもなにも、先程の話し合いでゴーストの件は決まっただろ。風帝竜さまの件はもともとの目的だからな、何も言うことはない」

「それよりも、ゴーストを探すなんて……当てがあって言っているのですか」

「当て? あるわけないだろ。あるとすれば、小柄な人間らしいってだけだ」


 額に手をあてて天井を仰ぎ見るリーン。行動力はあるのだが、こと戦闘以外ではちゃらんぽらんなアネストに毎度毎度頭を悩ませられていた。


「まあ、当てはない。ないが、当てがありそうな奴らには当てがあるから」


 意味のわからないことを言い出すアネストを胡乱げな表情で二人は見つめるが、何処吹く風と軽薄な笑みを浮かべるだけだった。

 そこへ頼んだ料理が運ばれてくる。先日もそうだったが、ここの料理はとてもおいしい。それに今回はダンジョン攻略の祝勝会として酒も飲むのだ。本当だったらセフィラにも参加してほしいとアネストは思っていたのだが、約束の報酬を貰えれば十分と断られてしまったのだ。

 鼻腔をくすぐる温かい匂いに、誰かのお腹が鳴った。


「とにかく、今日はおもいっきり飲み食いするか」


 先程までの会話はこれで終わりと言外に告げ、アネストがジョッキを掲げた。二人もそれに続き、杯を打ち鳴らして祝勝会がはじまった。


「「「天撃の一撃に――乾杯!」」」




 セフィラはアネストたちと別れたあと、冒険者ギルドに運搬員ポーターの仕事が完了したことを告げると、帰路についた。

 スラム街の外れにあるあばら屋。そこがセフィラの家だった。


 家に帰ったセフィラは、天井から吊り下げられているランプに魔法で火を灯す。セフィラの住む家の近くには、冒険者崩れの住人が数人おり、その恩恵にいつもあずかっていた。

 夕暮れ時の赤い光が壁板の隙間から差し込んでくるが、じきにそれも夜の闇に飲み込まれる。


 セフィラがこのスキルを自覚したのはいつだったか。体をベットに投げ捨て、ぼんやりと考える。

 そんなことを考えるのは、久しぶりにスキルを使って魔獣と戦ったからだろうと自分を納得させる。


 ――怖かった、逃げ出したかった。でも、あそこで逃げたら、セフィラはここには帰って来られなかっただろう。


「すごく強い冒険者たちでしたね」


 戦いを思い出して独りごちる。

 あの特異級のキマイラの首を一撃で切り落とす剣戟、一瞬で焼け焦げさせる魔法。どれをとっても、いままで冒険者とは格が違った。

 自分でそのスキルと能力を模倣したからよく分かった。


 セフィラがまともにスキルを使ったのは、運搬員として冒険者達についていったダンジョンで、思いがけず大量の魔獣とかち合ってしまったときだった。

 すぐさまセフィラは邪魔にならないように隅に隠れた。今回みたいに蚊帳の外から戦闘を眺め、冒険者たちが劣勢になった姿をみて戦慄した。


 ――このままじゃ、冒険者達も私も死ぬ。生きて帰れない。これじゃ目的が果たせない。


 母親からはこのスキルは人前で絶対に使うなと言われていた。それ以来使うことのなかったスキルを、初めて自分の意志で人前で使った。

 申し訳程度にそれまでに確保していた魔獣の皮を纏い、骨を仮面代わりにして、護身用のナイフ片手に戦場に躍り出た。

 今でも泣きながら戦ったことは覚えている。肉の裂ける感触、血の臭い、轟く悲鳴。その全てが恐ろしく、無様に泣きながら魔獣を殲滅していった。


 ――スキル……支配者の影『ゴースト』


 それがセフィラのスキルだった。周囲にいる存在の能力を模倣する力。周りの存在が強ければ強いほど、多ければ多いほど力を増す力だった。

 冒険者パーティ全員の力を集約したような力は、魔獣の群れをことごとく蹴散らし、なんとか死人を出さずに済んだ。


 瀕死の冒険者達を荷物と一緒に担ぎ上げ、セフィラは街へと生還した。

 怖いことは嫌い、戦いは嫌い。だから、無茶な行動をする冒険者の煽りを食らうのは嫌だった。それに、弱い冒険者たちではセフィラは力を十分に扱えない。


 客を選り好みする運搬員として、冒険者ギルドでは素行不良として映っているのは知っているが、命には代えられない。

 今日のダンジョン探索でも、何も成果は得られなかったと思い、そのままセフィラは目を閉じて闇の中へと落ちていった。

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