第4話 帰還

 およそ三週間の行程を終え、セフィラ達は無事にディザイアに帰って来れた。特に怪我らしい怪我はなく、四人とも五体満足だ。

 食料が少なくなった分、軽くなったはずの荷物には、キマイラから剥ぎ取った素材が山のように詰まれていた。もちろん二匹分だ。


 冒険者ギルドのカウンターに真っ直ぐに足を運んだ四人は、受付嬢に依頼の完遂の報告と、討伐証明の素材の受け渡しをする。


「討伐対象はキマイラのはずですが、多くないですか? 虚偽の報告は重罪ですよ」

「ああ、どう見てもキマイラの素材だろ。二匹いたんだよ二匹。まったく、誰か分からないけど手助けして貰えなかったら、今頃オレ達はこいつらの腹の中だったよ」


 どう考えてもおどけて言う台詞ではないのだが、軽い感じでアネストが報告をしていく。

 キマイラが二匹いた。この報告をうけた受付嬢は顔色を変え、アネスト達にそのまま待つように指示をすると、事務室に引っ込んでいった。


「あれ? オレなにか変な事言ったか」

「アネストさん」

「ん? ああ、アネストでいいぞ」

「いえ、アネストさん。私の役割は終わったと思うので、ここで依頼は終了で良いでしょうか」

「報酬はまだ渡してないぞ?」


 報酬は成果の五%。だが、その成果がキマイラ二匹となれば、その日のうちに査定が出るとは思えない。今回、運搬員ポーターとしての働きの他に、三人の戦いに加勢していつもより疲れていたのだ。

 報酬はあとで良いということにして、アネストを信じる言ってセフィラはアネストたちと別れた。




「いったい、どこが素行不良なんだか」


 アネストがぼやくように呟く。実際にはとても優秀な運搬員で、自身の分も含めて四人分の荷物を一人でずっと背負っていたのだ。さらには、キマイラの素材まで。


「お待たせしました。申し訳ありませんが、奥で詳しいお話を聞かせて頂きたいのですがよろしいですね」


 有無を言わせない受付嬢の台詞に、ローウェンは少し勘に触ったようで、リーンが宥めている。アネストはいつもの飄々とした態度で「もちろん」と言うと、受付嬢についてカウンターの中に入っていった。


「キミ達がこの依頼を達成した冒険者――天撃の一振だね?」


 部屋の中で待っていたのは、一人の男性だった。執務机の向こうで窓の外を眺めながら、ガラスに映った姿越しに尋ねてくる。


「っと。失礼したね。私はこのルシア国の冒険者ギルド、そのギルドマスターを務めるアーハン=ゼフィラムだ。以後お見知りおきを」


 振り向きながら優雅に挨拶をしてくるギルドマスターと名乗ったアーハン。齢は五十を数えるのではと思える壮年の男性だった。白髪になった姿が、堂に入っていた。


「オレはアネスト。こっちはローウェンで、そっちがリーンだ。よろしくななななななあ」


 リーンに後ろからお尻を抓られ、軽快な音頭を刻むアネスト。

 アーハンは苦笑を浮かべると、応接用のソファを薦めてきた。

 ソファに全員が座ると、アーハンは話を切り出した。


「塩漬けの高難易度依頼を完遂してくれたそうじゃないか。それも聞いたよ、ゲートキーパーがキマイラ二匹だったとは。これは、冒険者ギルドの斥候員でも掴んでいなかった情報だ。情報が不確かだったことについては謝罪させてもらう」


 アーハンが頭を下げてくる。慌てるようにリーンが止めるが、アネストはそんなことはどうでも良いと、話を切る。


「ちょっと、アネスト」


 あまりにも無礼な対応にリーンが声を荒げるが、アネストは何処吹く風。アネストにとって、すでにキマイラが二匹いたということはどうでも良いことに成り下がっていた。


「ここの冒険者ギルドで、ボロボロのマントとフードで顔を隠しているやつはいないのか」

「それが、報告にあったら手助けしてくれた冒険者かね」


 顎に手を持っていき、アーハンは考え込むがほどなく首を横に振る。


「この冒険者ギルドにそんな風体の者はいないよ。ただ……」

「ただ?」


 部屋の雰囲気が一段重苦しくなるような険しい顔で、アーハンは口にする。


「このルシア国の――ディザイアの冒険者ギルドでは、ときどき冒険者パーティが全滅しそうになると、幽霊の様に現れ魔獣を倒していく『ゴースト』と呼ばれている存在がいるんだよ」


 アーハンによると、いままでになんどもゴーストが冒険者を助けているそうだ。なのだが、ほとんどの冒険者が魔獣にやられ瀕死に近い状態で助けられている為、実際にはっきりと見た物は数人しかいなということだった。

 ただ、その姿と戦い方の異様さから、いつしかゴーストと呼ばれるようになった。


「キミ達は、三人ともはっきりとゴーストを見たのかね」

「まあ、顔と姿を隠してたから見たというと語弊があるけど、見たと言えば見たな」

「それで、どうだった?」

「私には人間には見えなかったですね」


 答えたのはローウェン。ローウェン曰く、身体能力もさることながら、アネストとローウェンの両方のスキルを使っていたことが不可解だという。

 アネストもそれには同意した。

 なぜなら、アネストもローウェンのスキルも、地帝竜ゴーンより授かった『神話級』スキルだからだ。人間が扱える中で最高と言われている神話級スキル。そのスキルを一人の人間が二つ使っていたのだ。それも、ただ使っていただけじゃない、アネストたちのスキルそのものを使っていたのだ。剣士と魔法使いという全く性質の違うスキルを。

 普通ではとても考えられない。


「ふむ。私の意見とは少し違うようだね。私の見立てではゴーストは人間だ。それも、神話級スキルを超える『創星級』スキルを持った……ね」


 勢いよくソファから飛び上がるアネスト。ローウェンもリーンも驚きに目を見開き、体を一瞬硬直させていた。


 創星級スキルこそが、天撃の一振が求めるものだったからだ。


「存在するのか! 創星級スキル」

「あくまで私の見立てと言っただろう。はるか昔の英雄譚や、おとぎ話にしか存在しない創星級スキル。だが、何もないところから噂は立たないと思っているんだよ。創星級スキルは存在するか、それに相当するような強力なスキルが昔は存在したと私は思っているだけだ」


 個人の所感でなければ、とっくに冒険者ギルドを動かしてゴーストを探り当てていると、おどけたようにいうアーハン。

 確かに考えてみれば、ダンジョン内で冒険者が助けられたということは、助けた者も冒険者でないとおかしい。ダンジョンに入るには冒険者ギルドへの登録と依頼の受諾が必要なのだから。


 ゴーストは冒険者を助けこそしているが、規律を犯しているわけじゃない。

 冒険者を助けたときも、素材の回収などは行わずにそのまま立ち去っているそうだ。今回のアネストたちと同じく。

 結果、放っておいても害はない……むしろ益になると冒険者ギルドでは考え、不必要に動いていないそうだ。


「オレ達がゴーストを探すのは問題になるか」


 ソファに座り直し、アネストはアーハンに確認すると、ゆるく首を振ってくる。


「冒険者同士の諍いに、基本的に冒険者ギルドは介入しない。これはどこの国の冒険者ギルドでも同じことだね。だから、冒険者ギルドとしては君たちの行動を止める事は出来ない。だが、せっかくのゴーストという駒が、君たちの行動でそれこそ本当にゴーストになってしまうとしたら、残念だ」

「つまり、ゴーストの邪魔をしない範囲なら、良いってことだな」


 アーハンは眉根を寄せてアネストを睨み付ける。


「オレ達はゴーストのスキルの秘密を知りたい。あんたたちは、ゴーストが冒険者を守っている現状を維持したい。それでいいんだよな」

「君たちはいつもこうなのかね」


 疲れたように溜息を吐くアーハン。話を振られたローウェンは降参とばかりに両手をあげ、


「こんないい加減なリーダーだが、直感はすぐれているのでね。ここぞのと言うときの判断は任せている」


と諦めたように口にした。


「一度動き出したら、アネストは止まりません。だからこそ、わたし達のリーダーであり、今までわたし達が生き残れたのですから」


 リーンもリーンで、もう慣れたもんだと悟っているようだった。

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