第3話 ゴースト
ここ、ルシア国の王都ディザイアからダンジョンまでは、徒歩で一週間の距離だ。それなりの荷物の量になる。山のように詰まれた資材を細かく分けてからまとめあげると、巨大な荷物が出来上がった。
「本当に一人で大丈夫なのですか」
心配そうにリーンが声をかけてくる。明らかにセフィラの三倍はあろうかという荷物の多さなのだ。誰がみても、無茶に見えるのだろう。
「はい。今回の旅なら、これ位は大丈夫です」
言うが早いか、セフィラは荷物をひょいっと背負いあげ、軽々と動いてみせる。
「ほう」
「セフィラは力もちだな。うん、オレの眼に狂いはなかった」
受付嬢に紹介して貰っただけだろ……という言葉は言わないでおく。
「これで、どこが素行不良なんだ?」
今更になって余計なことを思い出したかのように呟くアネスト。セフィラは歩きがてらアネストの足を踏んづけてやる。
声にならない声をあげて転げ回るアネスト。
その様子を見て、先程の余計な言葉の意味を納得したのか、残りの二人は笑い声を上げていた。
ダンジョンへの旅は順調で、とくに問題もなくダンジョンに辿り着くことが出来た。ダンジョンの見張りの騎士に、依頼書を見せダンジョンの中に入ってから体感で五日目。ついに、薄暗いゲートキーパーの間に辿り着いた『天撃の一振』――というパーティ名だと道中で教えて貰った。
セフィラはゲートキーパーの間の外側の安全な場所から、中の様子を見ていた。
このダンジョンのキーパーはキマイラだと事前情報にあった。等級は特異級。実質上の最高等級の魔獣だ。山羊、獅子、竜の首をもった三つ首の化け物。
「直接攻撃の防御はオレに任せろ。そのかわり、相手が魔法を使いそうになったら援護を頼む。リーンは回復魔法を使うときには声を掛けてくれ。そのとき、一旦、ゲートキーパーと距離をとる」
普段のアネストからは想像出来ないような、的確な指示を次々に二人に飛ばしていく。天撃の一振がゴーン国で最高ランクの一級に上がれたのは、まぐれでもなんでもなかった。個々人の資質と実力の高さの他に、アネストという戦闘の申し子がいたからだ。
「あとは、塩漬けになっていた理由が分かれば良かったんだがな」
冒険者ギルドの斥候員が持ち帰った情報なので、ゲートキーパーがキマイラなのは間違いないだろう。だが、このダンジョンマスターに挑んだ冒険者たちがことごとく全滅し、帰って来ていない状況では、本当のところはよく分からない。
「準備が良ければ――いくぞ!」
まるで別人のようなアネスト。ローウェンもリーンもその背中を信頼し、無言で頷くとゲートキーパーの間の中央まで躍り出た。
ゲートキーパーの間は、異世界へと繋がる門から広がるように、大きな空間となっている。三人の足音が反響し、不気味な雰囲気をこれでもかと醸し出す。
「随分、広いな」
ローウェンが率直な感想を述べた。
アネストがゆっくりと首を巡らすと、今までアネスト達が戦ってきたゲートキーパーの間と比べて、体感で五割以上は広いのではと思えた。
「通常のキマイラよりも巨大なのかもしれない。油断せずにいこう」
バサッと、遠くで風の音がした。次第に断続的に響く風の音は、聞く者の恐怖を煽るような音色を奏でている。
薄暗い広間の中でもはっきりと分かる巨大な影が、縦横無尽に地面を這い回る。
「下がれ!」
アネストの号令に即座に反応するローウェンとリーン。アネストは背中の大剣を即座に引き抜き、眼の前に盾の様に構えた。
とたんに響く轟音。空から飛来したキマイラが、アネストが構えた剣へ突進をしてきたのだ。まるで地面を抉るように後ろへ押しやられるアネスト。だが、キマイラからしたら矮小な体は、屈することなく真っ直ぐに立っていた。
「アネスト! 神帝の
リーンが即座に唱えた回復魔法がアネストを包む。アネストの負傷した足を即座に癒やしてく。
「神魔の
リーンによる回復の隙を埋めるように、ローウェンが巨大な炎の槍をつくり、広間の中央に降り立ったキマイラへと向けて放つ。
追撃としようとしていたキマイラは魔法を躱すことが出来なかった。獅子の頭が半分焼け焦げるが、山羊の頭が鳴くととみるみる回復していく。
「やっかいだな。山羊頭からさっさと片付けるぞ」
地面を踏み抜く勢いでキマイラへと肉薄するアネスト。手前で体を回転させながら逆袈裟の構えをとる。
「神の
大剣をスキルの光が包み込み、刀身が何倍にも伸び上がる。地面を抉りながら振り上げられた大剣は、見事に山羊頭を切り飛ばした。
耳をつんざくような竜の咆哮がこだまする。ここがチャンスとばかりにローウェンも先程の魔法を使い、キマイラに追撃をかけていく。だが、キマイラが一瞬早く後ろに飛んだことで、他の首を仕留めるまでにはいかなかった。
「状況は」
「「問題なし!」」
アネストの問いかけに覇気のこもった声で答える二人。回復役の山羊の頭を潰した以上、油断しなければ、問題はない――誰しもがそう思っていた。
次の攻撃のために踏み込もうとしていたアネストは、ふいに空から振ってきた光を避けることが出来なかった。体の真ん中を貫く光の帯。体を焼き尽くすような熱量の光は、大地に突き刺さると、爆発を起こした。
「アネスト! 残り一回」
リーンが冷静に、先程のスキルの残り回数を告げる。アネストの上半身は軽鎧が弾け飛び、服もボロボロの状態だったが、怪我は一切見当たらない。
切り飛ばしたはずの山羊頭の鳴き声が広間に響き渡る。アネストに対抗するように、大きなダメージを受けていたキマイラの傷が塞がっていく。もちらん、山羊の頭も。
「くそ、上だ!」
ローウェンが魔法で上空を牽制すると、もう一匹のキマイラが地上へと降りてきた。
このダンジョン攻略を塩漬けにしていた理由。ゲートキーパーが単体ではなく、特異級のキマイラ二匹で構成されていることだったのだ。
二匹のキマイラがアネスト達を挟み込むように距離をとってくる。
「ちっ。同時に山羊頭を切り落とせなければ、こっちが不利だって分かってやがるな」
即座に回復されてしまっては、アネスト達のじり貧になってしまう。先程まで優勢だった戦いが、一気に劣勢に向かって傾いていった。
広間の外れから中の様子をセフィラは見ていた。アネストはまるで別人の様にキマイラを翻弄してく。仲間の二人の連携も素人目にも鮮やかで、互いの隙を埋めるように動いていた。
「アネストさん、本当に強かったんだ。嘘だと思っててごめんなさい」
セフィラが小声で謝るが届くことはないだろう。終始、優勢に戦いを進めている三人を安心しながら見ていると、セフィラはそれに気付いてしまった。離れた位置から見ていたから気付けた、もう一匹のキマイラ。体を貫かれて弾き飛ばされたアネストを見て、悲鳴にならない悲鳴を上げそうになるが、口を押さえて我慢する。
ここはダンジョン。依頼主がダンジョンマスターと戦っているのに、一人で騒いで他の魔獣をおびき寄せることなんて出来ない。
――このままでは安心安全にダンジョンから帰還することが出来なくなる。それじゃ、目的が達成出来ない。
頭の中で損得勘定を即座に済ませたセフィラは大量の荷物の中から、自分の道具を引っ張り出す。
私の平和な運搬員『ポーター』生活を脅かす者は、誰であっても許さない。
アネストとローウェンがそれぞれ別のキマイラを牽制するように立ち位置を変えていく。今までの戦いで、リーンが回復役だということに気づいたようで、竜と獅子の首のどちらからは必ずリーンを見据えていた。
「どうするのだ、アネスト。恐らく我らだけでは手が足らないぞ」
「撤退しますか」
二匹のキマイラの追撃をかわせて逃げられるのか? 逃げる場合は運搬員のセフィラも加わることになる。とてもではないが現実的とは思えない。それに、生きて帰ると約束したのだ。
「私に合わせろ」
いつの間にいたのか、いついたのか。闖入者が広間に悠然と入ってきたのだ。
キマイラへの警戒を怠ることなく、横目にみやれば、ボロボロのマントを羽織った小柄な人間らしき存在がいた。
手にナイフだけを持った存在は、フードと不気味な手彫りらしき仮面を被り、近寄ってくる。
「ここは危険です。近付いてはいけません」
リーンの制止を無視し、一歩一歩と歩みを進めアネストの横に逆を向いて並んだ。
「聞こえていなかったのか? さっさと私に合わせろ。神の
ナイフを光が包み込み、その刀身を何倍にもする。元がナイフだとしても、それはアネストの大剣よりもはるかに長くなる。
「なっ!」
「驚いている暇があるなら、さっさと合わせろ!」
アネストの後ろのキマイラに向かって駆け出す闖入者。
「くそっ! なんだんだ!? 神の
アネストがキマイラに向かって踏み込むのが一拍遅くなった。だが、その分、闖入者が使ったアネストと同じスキルは元がナイフとあってリーチが短い。期せずして同時に山羊頭を切り落とすことに成功した。
獅子の頭が苦痛に顔を歪めるが、竜の頭は待ち構えていたように、先程のアネストを貫いたブレスを吐こうとする。
「「神魔の
闖入者とローウェンの言葉が重なる。それぞれから放たれた巨大な炎の槍が、別々の竜の頭を焼いていく。
「な、なんなのだ」
アネストのみならず、ローウェンのスキルすらも使った闖入者。最後に獅子の首に浅い傷を残すと、広間の中央に戻ってくる。
「あとはどうとでもなるだろ。じゃあな」
一言残すと、消えたと思える速度で広間を出て行く闖入者。
「と、とにかくチャンスだ。これでキマイラは回復もブレスも使えない。ローウェン、一匹の牽制は任せた」
「承った」
アネストは、のこった獅子の首に向かって果敢に飛びかかっていった。
「つ、疲れた」
マントと仮面を脱ぎ捨てたセフィラは、すぐにナイフと共にそれらを自分の荷物にしまい込む。
「本当にアネストさんたち強かったんですね。キマイラって特異級なのに、あんなに簡単に首を落とせるスキルが使えるなんて」
先程まで、声色を変えて加勢していたセフィラ。
彼女は冒険者ギルドでは、スキル無しの能なしとして登録されているが実際は違う。この能力は母親から誰にも言うなと厳命されており、今まで誰にも言った事がない。
広間を再度のぞき込むと、こんどこそ優勢に戦闘が進められていた。
――これでちゃんと生きて帰れるなぁ。
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