第2話 準備

「なんで勝手に話を進めてるんですか! だからアネストを一人にするのは嫌だったんです」

「私もアネストを一人にする気は無かったんだが、上手くまかれてしまってな」


 冒険者ギルドからセフィラとアネストが出てくると、待っていたのは神官服を着た少女と、魔術士風の男だった。

 二人はアネストの仲間だという。せめて仲間は常識人なようで、そこだけは安心できたセフィラだった。

 二人の文句など聞いていないかのように、へらへらと笑顔を浮かべているアネスト。セフィラが自己紹介すると、神官服の少女は溜息をついて、顔を向けてきた。


「私は地帝竜ゴーンさまの竜神官、リーン=フォル=ルイジュ。それでこちらが――」

「魔術士のローウェン=ジンクスだ」


 リーンは赤みがかった銀髪を肩で切りそろえ、綺麗な赤眼をしている少女だ。歳は恐らくセフィラより少し上だろう。

 ローウェンは茶髪に黒眼の魔術然とした男性だ。よくみると、若干耳が尖っている気がした。


「よっし、自己紹介も済んだことだし、適当な場所で明日の予定を打ち合わせしようぜ」


 すでに日が傾き始め、受けた依頼は明日の朝から実行になる予定だ。ここまでは、事前にアネストからセフィラは聞いている。


「セフィラ、どこかお勧めの食事ができる場所はないか」


 リーンとローウェンの疲れたような、諦めたような表情が気になるが、セフィラは冒険者ギルドの向かいにある食堂を薦める。

 そこは冒険者向けに作られたため、料金、味、安さと三拍子揃っている。なにより、もともとセフィラが冒険者ギルドの運搬員になる前に、働いていた場所だった。

 セフィラを先頭に食堂――ローズ食堂の扉をくぐる一同。とたんに、地が響くようながなり声が出迎えてくれた。


「おう、セフィラの嬢ちゃんじゃねーか! 久しぶりだな、またウチで働いてくれるのか」


 絵に描いたような筋骨隆々の快活親父が、両手に料理を山盛りもって仁王立ちしていた。


「マスターお久しぶりです。今日は後ろの方々と一緒に食事にきました」


 眼を細めてセフィラの後ろを見やる食堂のマスター。夕焼けの赤い日差しが禿頭に反射して、得も言われるぬすごみを醸し出す。


「おっす。これからこの街にしばらく住むから、ちょこちょこお世話になるぜぐぁわ――」


 気安そうに返事をしたアネストを、リーンが杖で殴りつけていた。


「連れが失礼しました。これからしばらくご厄介になることが多くなると思いますので、よしなに」

「あ、ああ」


 面を食らったのか、細めていた眼をパチクリとして、あっけにとられるマスター。そのとき、奥からマスターを怒鳴りつける声が飛んできた。


「おっと、悪いな。配膳中だったわ。空いている席に適当に座ってメニューを見ててくれや」


 ちょうど、店の奥の方の席が空いている。

 全員が席に着くと、メニューはセフィラに一任するとのことだった。セフィラは、この食堂のお勧めと、自分のお勧めをマスターに注文する。

 料理がくるまでの間、アネストはリーンとローウェンにことの詳細を聞かれていた。受付嬢とのやり取りから、セフィラを雇うまでだ。


「申し訳ないです、セフィラさん。この考えなしの行動に巻き込んでしまったようで」


 上品に頭を下げてくるリーン。リーンは塩漬け依頼を受けてきたことにも驚いていたが、なによりそんな危険な依頼に運搬員を雇ったアネストを信じられない眼で見ていた。


「安心しろ。オレが命をかけて守ってやるからな。怪我一つさせねーぜ」

「リーンが言いたいのはそういうことじゃない。お前は相手のことを少しは考えろ。毎回暴走するお前が振り回されるのは周りだぞ」

「セフィラさん。依頼は今から断ってくれても大丈夫ですよ。私から冒険者ギルドにはご連絡しますので」


 危険な仕事はしたくないが、今の職がなくなるのも困る。安心安全にダンジョンに潜れるのは運搬員以外には、選択肢がないのだがら。セフィラは首を横に振ると、アネストの言葉を信じると言った。


「そうだそうだ。もし傷物になってもオレが貰ってやるからな」


 アネストの意味をはき違えた言葉に、言った側から早まったかなと後悔し始めるセフィラ。とにかく、明日の予定を決めたときにマスターが料理を運んでやってきた。

 マスターが手に持った料理をテーブルに並べると、香しい匂いがお腹の欲望を刺激してくる。


「おうおう、なんか物騒な話がこっちにまで聞こえてたけど、セフィラに傷一つ付けたら承知しねーぞ」


 まるで父親のようなことをいい、ギロリと三人を睨み付けるマスター。


「だから任せろって。ゴーン国で一級冒険者だったオレ達を信じろって」


 セフィラと同じく胡散臭げな視線でアネストを見るマスター。見るに見かねてか、ローウェンが胸元から冒険者証を取り出す。ルシア国で使われている冒険者証とは違って菱形のそれには『一』の文字。


 ――本当に一級冒険者だったのか。


 初めてアネストの言葉を信じた気がしたセフィラ。マスターも冒険者証を見て、納得したのか、セフィラのことを一言「任せる」と残して、仕事に戻っていった。


「まあ、そういうことだ」


 なぜお前が偉そうなのか。と、アネストにつっこみそうになる。

 あとは食事をしながら明日の細かいことについて、調整をしていく。午前中はローウェンとリーンの冒険者登録。そして、昼までに食料や道具を買い付け、昼食後に出発となる。

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