最強最弱のゴーストは、今日も荷物と冒険者を運ぶ~大変だから、冒険者の皆さんは全滅しないで下さい~

白長依留

第1話 ポーター

 冒険者ギルドの片隅で、長椅子に体をあずけて足をぷらぷらさせている。


 ――暇だ。


 十五歳になったばかりのセフィラ=アーウィンは、運搬員ポーターとして、冒険者ギルドに雇われ、今年で三年になる。

 黒髪のセミロングに、ときどき赤が差す翡翠色の瞳。危ないことは嫌い。安全安心をモットーに、セフィラは運搬員をしている。


 冒険者ギルド内を見回りながら、誰も声を掛けてこないことに飽きたのか、大きなあくびを漏らしていた。

 既に、同業の運搬員は全員が、冒険者に雇われてダンジョンへ旅立っている。

 日夜、異世界へ繋がるダンジョンが出現しては、冒険者達がゲートキーパーを倒せるように冒険者ギルドがバックアップする。冒険者ギルドは異世界からの悪影響がこの世界に出ないように、国の後ろ盾を得て設立された組織だ。言うなれば、冒険者とは実力と実績を買われた国の用心棒だ。


 格好良く考えてみたものの、冒険者ギルド内にいる冒険者たちは全員、お世辞にも身綺麗とは言えない。


「今日もお客さん、来ないかな」


 セフィラの口から愚痴ともいえない言葉が零れる。お客さん――冒険者に雇われれば、臨時の収入が得られるのだ。冒険者ギルドから固定給という形で貰えているが、所詮は運搬員。あまり貰えるものではない。その点、気前の良い冒険者に雇われれば、かなりの稼ぎを得ることが出来る。

 セフィラは冒険者ギルド内をチラチラと様子見しながら、運搬員の待機所で声がかかるのを待っていた。




「ちょっとまってくれ、三級にまで下がるのか」


 そろそろお昼にさしかかる時間。セフィラが空腹を訴えてきたお腹を軽く押さえた瞬間、冒険者ギルド内に大きな声がこだました。びっくりして声の主を探すと、いくつかあるカウンターで一つ、周りの注目を集めている箇所がった。


「申し訳ありませんが、他国の冒険者ギルドの等級は、そのまま反映されません。アネスト様はゴーン国では一級ですので、ここルシア国では三級からとなります」


 つとめて冷静に対応する受付嬢。荒くれ者の多い冒険者相手に、感情的に振り回されるようでは務まらない職業だ。

 自分には無理な仕事だなーっと、的外れなことを考えながらセフィラはことの成り行きを見守っている。


「ちなみに、風帝竜のダンジョンに入る為には等級はいくつ必要なんだ」


 恐ろしいことを口走っているのは、金髪に鈍色の目をもつ長身の美丈夫。街中で会えばとても冒険者には見えない風体だが、身につけている軽鎧と背中の大剣が、彼が本当に冒険者だと訴えている。

 あんなに巨大な剣を背負って、全く苦にもしていなそうな様子なのだ、飾りではないのだろう。それに、先程、三級だの一級だの言い合っていた。


 セフィラが胸元から木で出来たプレートを取り出すと『十』の文字が彫られていた。ダンジョンに入るには冒険者登録が必要となる。冒険者ギルドの運搬員だとしても、必要ということで取得したものだ。もちろん最低等級になる。


「風帝竜ルシアさ・ま・の・ダンジョンへ入るには一級が必要となります」


 このルシア国の王様の名前を呼び捨てにされ、さすが看過出来なかったのかトゲトゲしく圧のある言葉を返す受付嬢。でも、それを表情にはおくびにもださず、終始笑顔だ。

 ……笑顔が怖い。目が全く笑っていない。


「くそっ。やっぱりルシアでも一級が必要なのかよ」


 カウンターに手を打ち付けて項垂れる冒険者。

 かわいそうに――後ろに並んでいる冒険者が。他のカウンターでは次々に依頼を受けに来た冒険者が捌けていくのに、そこだけはときが止まったかのように列が進まない。青筋を立てている冒険者もいれば、他の列に映る冒険者もいる。


「これはルシア国の冒険者ギルドの決まりですので」


 譲歩はしないと言外に含ませ、受付嬢が言い切る。鋭い視線は、アネストと呼ばれた冒険者を射貫くようだ。


「そんじゃ、すぐランクが上がるような塩漬けの依頼をくれ」


 その言葉に一瞬、冒険者ギルド内に静寂が訪れる。冒険者ギルド内の誰しもが、アネストを凝視している。当のアネストは気付いているのかいないのか、先程とは違って飄々としていた。


「依頼を受けて頂けるのは歓迎なのですが、本当に宜しいので?」

「ああ、なんでもいいぞ。あ、出来ればゲートキーパーの討伐がいいけどな」


 塩漬け依頼。どの冒険者も達成することが出来ずに、長い期間放置されている曰く付きの依頼だ。冒険者ギルドは依頼を達成して貰わないと困るから、放置される期間が長いほど、特例として色々な報酬が増えていく。

 超ハイリスク・超ハイリターンの依頼というわけだ。


「分かりました。では、この依頼はどうでしょうか」


 セフィラの場所からはどんな依頼かは見えないが、相当な難依頼だろう。それなのに、ろくに読みもせずに依頼受諾のサインを書くアネスト。


「あと、運搬員ポーターの斡旋って出来るか?」


 ザザーっという幻聴が聞こえそうなほどの勢いで、セフィラに向かって冒険者ギルド中の視線が集中する。『気の毒そうに』『死んだな』『祈るくらいはしてやるか』と言いたげな視線をチクチクと感じる。

 受付嬢もセフィラに視線を向ける。


「現在、冒険者ギルドで依頼を受けていない運搬員は、そこの彼女だけです。それでも良ければ直接、彼女にご依頼ください。ただし、素行は悪いですが」


 事務的に死刑宣告をしてくる受付嬢。


 ――余計な一言はいりません。それに素行が悪いというわけでもありません、あの噂は私のせいじゃないです。


 受付を後にしたアネストが、眼の前にやってくる。遠目で見ていた以上に背が高い。けれど、威圧感はあまり感じない。人の良さそうと言うか、軽薄そうな雰囲気がそう感じさせるのか。


「よっ」

「ど、どうも」


 椅子から立ち上がり、ペコリと挨拶をする。どんな依頼を受けたのか分からないが、禄でもない依頼なのは確かだろう。じわりと背中が湿ってくるのを感じる。


「ちょっと二級ダンジョンのキマイラをぶっ殺しにいくんだけど、荷物持ち頼めるか?」


 ちょっとお茶のみに行かない? くらいのノリで何て言いました? キマイラ?

 キマイラは特異級に位置する魔獣だ。最高位の等級ではないが、冒険者が相手を出来る魔獣では実質、最高の等級といっても過言ではない。

 断ろうかな……と本気で考えていると、


「セフィラさんは、今月はまだ一回も仕事を受けていませんね。このままでは解雇されますよ」


 先程の受付嬢がまた余計なことを言い放ってた。

 にんまりと笑顔になるアネストが「そうか、そうか」と、ぶん殴りたくなるほどの笑顔で頷いている。さすがにお客を殴るのはまずいので、我慢はするけれど。


「報酬は、成果の五%でどうだ」


 思ってもない高額の報酬に、ついつい喉がなってしまった。セフィラにしても、固定給だけで一月を乗り切るのはかなりつらい。高難易度の塩漬け依頼から得られる成果の五%がどれだけになるか。


「報酬は嬉しいんですけど、生きて帰れますか?」


 そう、重要なことは聞いておかないといけない。安心安全にダンジョンに潜るには運搬員が一番なのだ。だが、無謀な冒険者たちをお客にとってしまえば、とたんに危険度は跳ね上がる。


「おう、任せとけ」


 信頼するには心許ない、爽やかな笑顔を向けられるが、断る選択肢は断たれてしまっている。

 他に運搬員を雇いたそうな冒険者がいないかギルド内を見回すが、誰もがセフィラから不自然に顔を背けていた。

 ――終わった。


「オレの名前はアネスト=ゲイル。地帝竜ゴーンの国で一級冒険者をやってたんだぜ。どんとこいだ」


 嘘くさ。

 セフィラは口から出そうになった声を無理矢理飲み込み、引きつった笑顔を作りながら自己紹介した。


「運搬員のセフィラ=アーウィンです。死なない程度によろしくお願いします」


 こういうことは何度も念を押しておくものだ。

 全く正反対の笑顔を浮かべながら、セフィラとアネストは握手を交わした。

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