第091話 その時、歴史が動いた!


 光の矢の雨が止んだとき、勝負は着いていた。



「……た、助かった、のか?」


「勇者様が、私たちをお守りくださっていたわ」


「そうだ。勇者様……!」


「勇者様はどうなった!?」



 ギャラリーたちが、視線を空から、勇者へと向ける。


 そこには――。



「………」


「「「え?」」」



 女の子座りで地面にへたり込む“全裸の”勇者テトラの姿があった。



「……ひ」


「「「ひ?」」」


「……ひにゃあああああああああああ!?!?!?!?!?」



 勇者の可愛い絶叫が、ドラゴティップの村に響き渡った。



「ゆ、勇者様が全裸だー!?」


「なんてこった! 健康的な褐色肌にまだまだ成長途中の女の子ボディが丸見えだ!」


「ボーイッシュ勇者ちゃんが恥じらう姿……わたし! 嫌いじゃないわ!」


「同意しますぞレディ!」


「なんっ、なんで!? なんでぇぇぇぇ!?!?!?」



 ギャラリーたちと、涙目になった勇者テトラが大騒ぎする。



「ちょ、やめて! ボクを見ないで! 見ないで見ないでーーーー!!」


「おあー! 誰か勇者様に着るもの持ってこーい!!」


「体操服があります!」


「スク水があります!」


「王立学園の制服しかねぇ!」


「ゴスロリならわたしが持ってるわ!」


「勇者様! 選んでください!」


「もー! どれでもいいから早く渡してくださーーーーい!!」




 その一方で、実は俺の方でも緊急事態が発生していた。


 何が起こったのか。


 それは――。



「ちょ、このっ! 離せ! 離しなさいってば!!」


「……Why?」



 俺の手の中に、どういうわけか勇者の相棒、妖精ラウナベルが握られていたのである。




      ※      ※      ※




「え、なに。どういうこと?」


「いや、俺にも何が何やら……」


「だーかーらー! はーなーせー!」



 俺の手の中でジタバタジタバタしている妖精を、軽くキュッとする。



「ぷぎゅる」



 取り扱い注意だ。




「……主様。主様のお力で、その妖精を捕らえたのではないのですか?」


「多分だが、そうなるな」



 勇者に向かって放った全力の《ストリップ》。

 俺は確かに、勇者テトラが身にまとう装備の、そのことごとくを奪い取った。



(『風精霊のブーツ』に、勇者の持ってた剣、服に、ローブに……下着。全部、『財宝図鑑』に収納した)



 その上で、俺の手にはこの、妖精ラウナベルが握られていたのだ。


 それってことは……。



「……つまり、そういうことなのか?」



 ラウナベルを観察していたメリーを見れば、彼女は静かに頷いて。



「……どうやら、そういうことみたいね」



 俺の考えが正しいことを認めた。



「マジかー」


「ちょ、それって《神の目》!? やだ、こっち見んなーー!!」


「あ、ごめんなさい。もう見てしまったわ……LRアイテムの『導きの妖精ラウナベル』さん」


「ふぐぅっ!!」



 メリーからの致命的な呼称に、俺の手の中で暴れていたラウナベルがへなへなになる。



「妖精とは、レアアイテムだったのでございますね」


「意外な事実って奴だな」


「もっと深く視たら知識も得られそうだけど……ちょっとこれ以上はまだ辛いわね」


「ありがとう、メリー。頑張りすぎなくていいぞ」



 《神の目》を使わなくても、せっかくしゃべれるんだから聞けばいい。


 だが、そんな俺の考えは見透かされていたようで。



「……言っとくけど、あんたたちに与える情報なんてひとっつもないんだからね!」



 お腹むにゅっとされたらピンチな状況にも関わらず、ラウナベルに強気な態度で宣言された。



「っていうか、あんたよあんた!」


「俺か?」


「そう! 白布だっけ? そうよそう! この『白布』! あんたのこれってゴもごごごご!」


「おおー、妖精の顔って赤ちゃんみたいにムニムニだぁ」


「ひょっほ! ひゃめひゃひゃいほひょ!」



 ぷにぷにむにむにの顔をこねくり回して黙らせる。



(あっぶねー! 今こいつ、間違いなく俺の『ゴルドバの神帯』を認識してGRアイテムだって言おうとしてたな!?)



 ちょっと、アデっさーん!? 隠蔽効果効いてませんよー!?



「主様、主様。妖精がぐったりしていらっしゃいます」


「おっと」


「ぷにゃぁ……ううう」



 指の動きを止めれば、ラウナベルが肩で息をしながら恨めしそうにこちらを見ていた。


 ……おやおや、これはこれは。



「白布。変なこと考えないの」


「はい」



 変なこと考えません。だから魔杖を俺のほっぺにぐりぐりしないでくれ、メリー。




      ※      ※      ※




「勇者様を宿にお連れしろー!」


「どれがいいか選んでもらうんだー!」


「運べ運べー!」


「え、ちょ、待って。ここで《イクイップ》すればいいだけじゃ、わぁぁぁぁ!! ラウナベル! ラウナベル~~!!」



 なんか勇者が運ばれている一方で、俺たちとラウナベルとの対話は続――。



「うおー! は・な・せ! テトラが! テトラがピンチなのよー!!」


「まだ話は終わってねぇぇぇ!!」



 小さい割にパワーがあるラウナベルと加減しなきゃいけない俺の、謎の力比べが発生していた。



「だーかーらー! 敵のあんたたちに話すことなんてないの! 財宝教を、勇者を相手にした意味、ぜっっっったい、わからせてやるんだか、らぁぁーー!!」


「そっちがいちゃもん付けて喧嘩吹っ掛けてきただけだろうが、正当防衛だ!」


「至竜の相手、押しつけてきたくせにー!」



 むにむに、ぐぐぐ。

 互いに譲れないモノのために行なう、エンドレス・バトゥル。



「っていうか、私は勇者専用! あんたらはどうせ装備できないんだから、諦めなさい!」


「あ、そうか。《イクイップ》」


「へぇ?」



 アイテムなら装備できるんだ。

 俺の装備適性は、すべてに適用される。それに『ゴルドバの神帯』効果で、適性はAだ。


 つまり俺の勇者装備適性は、Aなのだ。




「え? あ? はぁぁぁぁぁん!?」


「おお!?」



 俺の手の中で、ラウナベルがビクンビクンと悶え、甘い声を上げる。

 それと同時に俺の中で、色々な能力に強化バフが掛かったのを自覚した。



「え? え? なんで? あ、なに。居心地がいい……そんな、そんなこと」


「どうやら、装備できたみたいだな」


「なんで、あんたが……いえ、あなたは……」



 俺に装備されたラウナベルの瞳が、段々とトロンとした物になっていく。



「あ、ダメ。そんな、私は導きの妖精なのに……あ、この勇者の才能は……ふにゃああ!」



 手の中で、もう一度ビクンっと身を震わせたラウナベルが、再び俺を見る。


 その瞳には、ハートマークが浮かんでいた。



「あなた、あなた、勇者の素質が大有りよ! ねぇ、私の導きを受けて、勇者になりましょう? ね? ねっ!」


「お、おう」



 ついさっきまでと180度違う態度に、ドン引きである。



「は? 白布が勇者?」


「さすがは主様。勇者としての素質も当然のようにお持ちだったのですね」


「あー、あー、まぁ?」



 あいまいに返事を濁していれば、指先にゾワリとした感触。

 ラウナベルが、愛おしげに俺の指へと頬を擦りつけていた。



「あなたの才能、絶対に私が開花させてみせるわ。あなたなら勇者装備適性Sも夢じゃない!」


「うおいっ、さすがに変わり身がやばいだろ。テトラちゃんはどうするんだテトラちゃんは」


「あの子の才能も本物よ。間違いなく大成する。でも、こんなの知っちゃったら体が……」


「うそ……」


「「!?」」



 勇者テトラが、戻ってきていた。


 体操服だった。




      ※      ※      ※




「うそだよね……ラウナベル?」


「………」


「うそだって言ってよ!」


「……ごめんなさい、テトラ。私は今、この人の装備なの!!」


「そんな、うそ、うそだ……うそだーーーーー!!」


「いや、さすがに返すわ」


「「へっ」」



 装備を解除し、ラウナベルをポイっとテトラへ投げ渡す。



(『財宝図鑑』への登録は完了してるし、なんかめっちゃ面倒くさそうだったからな)



 LRアイテムを惜しむ気持ちはあるが、持ち主がハッキリしてるならすぐまた見つけられる。

 っていうか、せっかく回避した財宝教傘下ルートに無理矢理ねじ込まれそうだし、ゲットするにしてもあとの方がいいよな。



「えっ、そんな! うそよ! 私に夢を見せるだけ見せて捨てるっていうの!?」


「ラウナベル!?」



 昼ドラ展開続くのぉ!?



「そんな! 最高の勇者が! 奇跡の人ができるかもしれないのに!!」


「それはそこの勇者様でもできるだろ。才能あるらしいし」


「それは……でも!」


「ってことで、勇者テトラ。それは、お前さんのそばに置いといてやる」


「!?」


「だが、お前さんが身に着けてた勇者装備は、俺が預かる。こっちは色々と役に立ちそうだしな」


「えっ」


「えっ」


「えっ」


「ん?」



 なんかテトラだけじゃなく、ナナとメリーからも刺す視線がきた?

 え、なに? なんでモジモジしてんの?



「こほんっ! あー、つまり。この場は俺の勝ちってことだ。おーけい?」


「………」



 気を取り直して本筋を語れば、テトラのこっちを見る目が鋭くなる。

 ……が、俺の言葉を否定することは遂になかった。



「……勇者様が、負けた?」


「白布が、勝った?」


「……マジかよ。勇者が負けただって!? 大ニュースだ!!」


「至竜アルバーの怒りを鎮めた勇者テトラ! その勇者テトラに勝った、レアアイテムハンター!」



 やり取りを見ていたギャラリーが、口々にその事実を口にする。



「勇者が、敗れた!!」



 それはモノワルドの近代史における、大きな歴史の始動点だと、のちの世に語られる。


 曰く、この時から……世界は群雄割拠の時代を迎えたのだ、と。



「よし、ズラかるぞ! ナナ、メリー!」


「はい。主様……!」


「これ以上目立ったら動けなくなるわ、急ぎましょう」



 逃げる俺たちを追う人はいない。

 誰もが目の前で起こった信じがたい出来事を前に、騒ぎ続けていた。



 ドラゴティップの村を外れた森の中から、一匹のドラゴンが飛び去って行く。

 それを正しい瞳で見つめているのは、勇者テトラと妖精ラウナベル。



「レアアイテムハンターの、白布。ボクが絶対に、止めてみせる……!」


「あぁ……白布、様」


「……絶対、絶対。リベンジするんだからーーーー!!」



 深い絆で結ばれた二人に、食い込むような傷跡を残して。


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