第088話 VS勇者!


「わっっっしょーーーーい!!!」


「!?」



 勇者テトラの刃が振り下ろされるのと同時に、俺は身を翻して回し蹴りを放つ。



「くっ」


「っとーーーーーい!!」



 体移動で剣の軌道から逃れ、その勢いのままに彼女の横っ腹に右脚を叩き込もうとすれば、そこはさすがの勇者様。即座に守りの構えをとって俺の一撃を受け止め、足の振り抜きに合わせて距離を取って威力を相殺する。


 いやこれ、『竜変化の腕輪』で半竜化してた俺の足の一撃だぜ?



「主様! ご無事ですか!?」


「大丈夫だ、ナナ。だが、変身はさせてもらえないってことだな」



 完全なドラゴンになるまでにかかるのは僅かな時間だが、おそらく本気で放つ勇者の一撃ならそのロスタイムがあれば十分に俺をぶっ飛ばせるだろう。



「……ボクの提案、受けて欲しかったな」



 本当に、本当に悲しそうに勇者テトラが呟く。

 わずかに俯いていた顔が再び持ち上げられると、そこには強い意志を持った瞳が煌いていた。



「財宝教所属の勇者として、キミのレアアイテム蒐集癖は看過できない。大人しく同行願うよ」



 そう言って彼女が剣を持たない手に取り出したのは……『咎人の腕輪』。



「キミの生き方を否定する気はないけれど、財宝教は、ボクは、その生き方を阻む!」



 交渉は決裂。

 ならばもう、あとは思いと覚悟をぶつけ合うだけだ。



「それは困る。困るから……俺もあんたは嫌いじゃないが、押し通させてもらうぜ!」



 避けられない戦いを前に、俺もまた、啖呵を切って向き合った。




      ※      ※      ※




「おいおい、こりゃどういう状況だ?」


「勇者様がまた誰かと戦ってる……って、あいつは!」


「白布だ、レアアイテムハンター名乗って開かずの扉を抜けてった白布だぞ!」


「なんであいつが勇者様と?」



 こっちの騒ぎに気づいてやってきた村人たちも続々集まって、いよいよ逃げ場がなくなった。



「ナナとメリーは手を出すなよ! 色々な意味で、アウトだから!」


「そんな、主様! わたくしは……!」


「りょーかいしたわ! ほら、あなたはこっち!」


「ふわぅっ、あるじさまぁぁぁぁーーー……!!」



 メリーがナナを引っ張ってってくれたおかげで広々と空間が使えるようになる。

 さすがのさすがに、人々の守護者にして世界を牛耳る宗教の庇護下にある勇者様とことを構えろとは、口が裂けても言えやしない。

 これだけのギャラリーを前にしてとなれば、なおのことだ。



(長居は無用、それでもやり合うしかないってんなら、俺一人で挑む方がいい)



 なぜならば、そう!



(一発で決める! 対人必殺の初見殺し!!)



 俺には、コレがある!!



「《ストリッ》……い!?」



 開始のゴング代わりに魔法を使用。勇者を視界に捉えようとして――驚愕に言葉を失う。



「テトラ! 対魔法戦士タイプで行くわよ!!」


「了解!」



 それは耳に入ってきた、事前に取り決めてあったのだろう作戦実行の合図と。


 そして――!



「『風精霊のブーツ』よ! 力を貸して!!」



 アイテムの力を引き出した勇者テトラが見せた、奇っ怪な初動への驚きだった。




「――フゥッ!!」


 うねんうねん、ぐねんうねん。


(な、なんだぁこりゃぁ!?!?)




 それはおそらく……特殊な歩法のようなもの。

 酔拳のようにゆらゆらと捉えどころなく、けれど追い風を受けて舞うその速度は残像すら伴うほどの加速を持っていて。



「はぁぁぁっ!」


「くっ!!」



 気づけば俺の目の前に迫り、流れるような動作で斬撃を放ってくる。



「……このっ! なんだぁそのキモい動きはぁ!?」


「キ、キモくないよっ! ちゃんとした勇者流暴徒鎮圧術のひとつだよ! っていうか、遅いっ!!」


「ぬぁっ!?」



 反撃が、目が、追いつかない!!

 まるで俺からの視線が分かっているかのような不定形な歩法で勇者テトラが近づいてきて、そして離れていく。


 そのぬめらかな動きをたとえるならば、スライムだ。

 時に自らの形を変えてでも速度を保ち続け、疲労という概念などないかのように動き続ける。


 人がおよそやっていい動きではないそれを、勇者テトラは装備と己の技量でやってのけている!



(いやまぁ! モノワルドの装備があればそのくらいの動きをやってのける奴もいるだろうがな!?)



 実際に人の身でそれをやる奴なんて初めて見たぞおい!

 あの日見たスパイメイドのノルンさんより身のこなしすごいんじゃね!?




「これで、キミはボクに魔法を当てられないね!」


「くっ……!!」



 対魔法戦士って、そういうことか!!



(これじゃ《ストリップ》どころか、弱体デバフ系の魔法も叩き込めねぇ!?)



 《ストリップ》の効果を十全に発揮するには、相手の位置を正確に把握することが必須だ。

 場所さえしっかりと分かっていれば、目を閉じて発動させても効果を発揮することができる。


 そのために俺は幼少のころからパンツを……もとい、見えない場所にあるものを意識する訓練だってしてきたんだ。

 だがこんなに動き回られたら、それこそ範囲魔法で全部ドカンっとやるくらいじゃねぇと巻き込めねぇ!!



(あれだ、TCGで対象を取るって指定されてる魔法カードに対抗する、対象に取られないってキャラカード効果持ってる奴!!)



 《ストリップ》は単体から複数の対象を取って発動させる魔法だ。

 ワンチャンあるかもだが、闇雲に発動させて、しくじりでもしたらもう次はない!



(くっそ、そんなんありかよ……!!)


「――そこ! はぁぁぁっ!!」


「しまった、ぐぁっ!!」



 振り上げられた一撃を受け、『増魔の剣』を握っていた俺の手が跳ね上がる。

 相手の動きに惑わされていたせいで、大きなスキが生まれた。



「やばっ!」


「ったぁぁぁ!!」



 ぐるんっと一回転してからの、全力の横薙ぎの一撃。

 おそらく魔法かアイテム効果で加速されている動きについていけず、俺はそれをまともに食らってしまった。



「ごぁ――っ!?」



 吹っ飛ぶ。

 空中で螺旋軌道を描きながらぶっ飛ばされて、俺は地面に衝突する。



「げっ、んがっ、ほぎゃっ!?」



 そのまま水切り石みたいに地面を跳ねて、転がって、最後はズササーっとうつ伏せに大地を滑った。

 装備適性Aが引き出した防具たちの力で被害が抑えられはしたが、特に守られてない鼻とかからブーっと血が飛び出した。



「お、おい。大丈夫かにいちゃん?」


「っていうかなんで勇者様と対立を……」


「《イクイップ》」



 悪いが答えてる暇はないんだ皆の衆。


 立ち上がるために装備を補助杖に。

 すぐさま身を起こして俺は続けざまに魔法を使った。


 使用した魔法は二つ。



「《カソーク》! 《オールゲイン》!!」


「うおっ!?」



 速度重視のバフを掛け、迫りくる追撃に対応する!



「ぜぇい!!」


「なんのぉ……って、ああっ!?」



 バキッ!!


 補助杖が真っ二つに折れたーーーー!

 それなりに愛着持って使ってたのにーーーー!!



「手荒にいくよ!」


「ごめん被る!!」



 即座に刺突してきた勇者の刃をバフ掛かった体で無理矢理に避け、ダッシュで逃げる。



「待て!」


「待たぬぅぅ!! 《イクイップ》!!」



 またあのぬるぬる移動で追撃してくる勇者と距離を保ちつつ、新たに装備変更!



(『ぎんの手』! これなら相手の一撃を無理矢理受け止めて、その隙に《ストリップ》をぶち込める!!)



 手に入れてから活躍しまくりの俺の頼れる相棒!

 今日の使用回数は1回。まだあと2回使える!



(さすがに発生させた障壁が、バターみたいにサックリ切られるってことは、ないはず! ないよね!? 信じてるぜ相棒!)



 安心と信頼の実績を持つ籠手を装備し方向転換!



(勇者様ご自慢の一撃。真っ向から受け止めてビックリさせてやる!)



 相手の動きをほんの少し止めるだけでいい。

 たった一発の魔法で、俺はこの勝負に決着をつけられるのだから!




      ※      ※      ※




 逃げるのをやめた俺の動きに気づき、勇者テトラが一定の距離を保って声をかけてきた。



「!? 諦めたのかなっ?」


「まさか! 勇者様との力比べがしたくなった、だけだ!」


「それ嘘だって、バレバレだからね!?」


「うっひょーい!」



 こういう打てば響くタイプの子、俺好きー!

 さっきから割と真面目に大ピンチなはずなのに、心にめっちゃ余裕がある~!



「主様……先ほどから何かご様子がおかしい気が」


「あいつ、至竜様とやり合ったあとだもの。心のブレーキぶっ壊れてるんじゃないかしら」


「!? そうです。主様にはすでに至竜様との戦いで蓄積された疲労が……!」



 ハッハッハ、聞こえな~い! 

 どっちかっていうと今の俺、最高にハイってやつだからなぁ~~!!




「罠だろうが何だろうが、チャンスよテトラ! アレを使いなさい!」


「わかった!」


「来るか!」



 どんな大技だろうがその攻撃の瞬間に隙ができる!


 迫りくる勇者に向かい俺は『ぎんの手』を構え、起動する!!



「守ってくれ! 『ぎんの手』ーーーー!!」


「はぁぁぁぁぁぁ!!」



 ここが勝負の決め所!

 振り下ろされた勇者の刃を、『ぎんの手』から展開した障壁で受け止め――!!





「勇者魔法! 《ブレイク》!!!」


「へぁ?」





 突如として蒼白に輝いた刀身が、攻撃を受け止める障壁を“すり抜け”、『ぎんの手』に触れる。


 次の瞬間。



 バキーーーーーンッ!!



「えっ」



 まるでガラスが砕けるかのような音が響くと同時に。



「えっ?」



 俺の手に装備されていた『ぎんの手』が、粉々にはじけ飛んで消失した。


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