第085話 至竜VS勇者!


 至竜アルバーVS勇者テトラ


 竜の頂きと人々の守護者の、世紀の大勝負が始まろうとしている。



「……で?」


「で? って?」


「つまりは何がどうしてこうなったってことよ。説明してくれるんでしょう?」



 両者の相対を群衆に紛れて見やったところで、メリーにせっつかれた。

 むむむっと不満顔で見つめる彼女の隣には、ナナが不安そうな表情でこっちを見上げている。



「主様。お手を煩わせて申し訳ございませんが、わたくしにもお教えいただけますでしょうか?」


「ふっふっふ。いいだろう。俺の打った逆転の一手、説明させてもらうぜ」



 得意げに笑みを作って、俺は二人にふんぞり返る。

 いや、ほんと、これはマジで土壇場にしてはいい手だったと思うんだ。


 ふんぞり返っても許される!



「いいからとっとと説明なさい!」


「はい」



 説明します。



「ドラゴンになった俺は、聴力、視力もべらぼうに強化されててな。だから、気づけたんだ」



 それは竜の巣で、アルバーが転移魔法レイシフトを唱えようとしていた時だ。

 ドラゴン状態の俺の聴覚に、あるノイズが紛れ込んできた。



「とっさに聞こえたその音に、反射的に耳を澄ませた俺が聞いたのが、今あそこで戦おうとしてる、勇者様の声だった」



 あの場で彼女……勇者テトラは、こう叫んでいた。



『待って! 争うのをやめて! 勇者テトラがそれを預かる!!』



 その姿を確かめることはできなかったが、俺はこの声に聞き覚えがあった。



「あの方は確か、酒場でお会いした方ですね」


「そう。火を吐くドラゴン亭で俺の隣の席にいた子が、財宝教が誇る秘密兵器――勇者だったんだよ」




      ※      ※      ※




 勇者。


 時に魔王と呼ばれる強大なモンスターを倒し、時に世を乱すレアアイテム事件を解決する。

 財宝教を構成する三派閥の一角、勇者派が有する、虎の子の武力存在。

 勇者装備適性を持ち、専用の装備を取り扱う選ばれし者たち。


 俗にいう、人類の希望。



「勇者が、あの場所にいたんだ」



 勇者テトラはあの時、俺たちの争いを止めようとしていた。

 だがしかし、彼女の叫びも虚しく、俺たちはアルバーの魔法で村まで転移してしまった。



「あの時は一瞬見えた希望が潰えて、絶望しかねぇと思ったんだが、ツキはまだこっちにあったんだ」



 転移魔法の対象に選ばれていなかったはずの勇者が、なぜか付いてきていた。

 おそらく何らかの絡め手を打ったんだろう、ドラゴンの視覚でその姿を捉えたとき、彼女は消耗して身動きが取れなくなっていた。



「だがそのおかげで、カードが揃った」



 突然のことに戸惑う群衆、遊ぶように相対する至竜、そして――勇者。



「そのとき、俺に稲妻が走った。この手なら、イケるかもしれない、と!」


「!?」


「……ごくり」



 俺のもとへと舞い降りた、悪魔的な閃き。


 それは――。



「あ、勇者俺より強い人に任せちゃおう……ってな」



 きゅぴーん!

 俺はいい笑顔で親指を立て、ウィンクを決めた。



「………」



 メリーが、めちゃくちゃ白けた目で俺を見ていた。



「……こほん」



 咳払いをひとつ。



「適材適所って、言うじゃん?」


「……それで、さっきみたいな一芝居打ったの? 呆れた。その雑さ加減でよくもまぁ上手くいったわね」


「ごふっ!」


「あるじさま!?」



 ガバガバな作戦だった自覚はあったが、そうストレートに言われると苦しいー!!



「くっ、ナナ。俺はもうダメだ……」


「大丈夫です、主様。主様の策はお見事にございました。勇者様が回復できるか、至竜様がその流れに応えてくださるか、それらすべてを計算しきっておられたのですね!」


「フッ、そんなの全然考えてなかったぐはぁぁっ!」


「あるじさまーーー!!」


「……ほんと、羨ましいくらいの幸運ね」


「……へへっ」



 土壇場の悪あがきだったのは間違いない。

 それでも様々なものが味方して、今俺たちは無事ここにいる。




「ま、あとは勇者様が、何とかしてくれるさ!」



 聞くところによれば、勇者ってのもピンキリらしい。

 彼女がどれだけの強さを持った存在なのかは、正直俺にはわからない。


 だが竜の山を登り切って俺たちの仲裁をしようとする根性がある子だ。

 少なくとも雑魚じゃあないはず。


 だからこそ俺は。



「ナナ、メリー。俺たちにはまだやることがある。だから……」



 次なる作戦を、二人に告げた。




      ※      ※      ※




 片や、道を覆いつくさんとするほど巨大な至竜。

 片や、勇者とはいえ、若く、華奢な一人の少女。


 この場の誰が、人類の希望の背中に全幅の信頼を置くことができただろうか。



「勇者様、勝てるのか?」


「勝ってもらわなきゃ、俺たちの村はおしまいだ!」



 完全なギャラリーとなった村人たちの口から零れる不安の声。



(さぁ、来るがいい! 若き勇者よ!!)


「……はぁぁぁぁ!!!」



 戦いが始まる。


 そして。


 その決着は、一瞬だった。




「グルガゥォォォォー!!」



 竜が小手調べとばかりにその腕を振るい、勇者を爪先で叩き潰そうとして。



「―――《 》」



 何かの魔法とともに振るわれた勇者の剣が、迫りくる竜の爪と打ち合い。



(お、おぉ!?!?)



 竜の爪を、破壊した。



「テトラ! 至竜クラスにもなれば爪なんてすぐに再生するから、気を抜いちゃダメよ!」


「わかってる!!」



 戦いはまだ始まったばかり。

 そう信じて疑っていない勇者一行が、隙なく次の一打を考えている、そこに。



(……見事!! 我の一部を破壊せしめたその武威をもって、汝らの勝利を認める!!!)



 至竜から下される、突然の合格宣言。



「へ?」


「え?」


「あ?」


「えぇ?」



 これには勇者とその相棒のみならず、その場にいた観衆たちもみな度肝を抜かれた。



(善哉!! 勇者なる者の秘術、味わわせてもらったぞ!)



 事情も語らず、ただ己の満足だけを告げ、至竜は咆哮する。



(快なり! 楽しかった!! だが忘れることなかれ、かの扉を潜っていいのは『ドラゴンの鍵』を持ちし者のみであると!)



 すでに十全となった至竜からの忠言に、人々はただ頷きをもって返事とし。



(善哉! では、さらばだ!!)



 それに満足した至竜は翼をはためかせ、空へと飛びあがり、己が巣へと帰っていった。



「………」



 後に残ったのは静寂と、民衆と、そして勇者のみ。



「……ゆ、勇者様が勝った!」


「勇者様が勝ったーー!! 竜の怒りを鎮めてくださったーー!!」


「ばんざーい! 勇者ばんざーい! 勇者テトラ様、ばんざーい!!」



 誰の口が最初に開かれたか、沸き上がる歓声が一気に伝播し村中に響き渡る。


 大騒ぎの村人たちの中。



「……え?」


「どゆこと?」



 勇者テトラとその相棒ラウナベルだけが、何が起こったのかよくわからないままキョトンと突っ立っていた。


 周りの熱に反比例して冷静になっていく心。

 その心が、栄光よりも、名声よりも、最も気にするべき存在について思い起こさせた。



「「あっ」」



 二人は同時に気がついた。



「しまったー!!」


「逃げたー?!」



 センチョウ事の元凶たちの姿が、見当たらないことに。


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