第084話 三者三心交差して!


(……これ、ワンチャンあるんじゃね?)


(ほう?)



 処刑を宣言した我を前にして、その只人種ヒューマの男は、自らの逆転を夢想したらしかった。

 ゆえに我は、彼の者からの思考の搾取を止めることとした。



(只人種が見せる最後の悪足搔き、是非とも余すところなく堪能したい!)



 何しろ今の我は自由の身である。

 そして同時に、我はあの山のあの場所に、己が身を封じることを決めている。


 他の六竜に比べれば圧倒的に……出会いが少ないのだ!!



(ゆえに! 一期一会はしゃぶり尽くすまで堪能する!!)




 100年前に出会った只人種のエンリケと紡いだ濃密な時間。

 彼の者もまた、只人種でありながら我の攻撃を掻い潜り、どころか、牙を突き立てんと何度も我に挑みかかってきた剛の者であった。


 ならば、目の前にいるこの者はどうだ?

 今となっては侵入の不作法も、宝漁りの無礼も、もはや不問にしたとて構わぬのだ。



(それほどに、我に可能性を見せたキミよ……!)



 我は我ゆえにお主を殺さんとすることをめはしない。


 しかるに!



(魅せてみよ! 我に手向かう、逆転生存の一手とやらを!!)



 至竜アルバーの名のもとに、その意気、平らげてくれようぞ!!




      ※      ※      ※




(おそらく世界最上級のドラゴンに、処刑を宣告されるってのは、まぁ……)



 絶体絶命、と言っていい状況だとは思う。

 俺の処刑をわざわざドラゴティップの村でやるってのは、“友達を招くための扉”で栄えてる、村の連中に対する見せしめの意味もあるんだろう。



「!?」


「……!」



 ドラゴン状態で地に伏す俺の首元には、何をどう弄ってそうしたのか、ナナとメリーの姿がある。



「あの嬢ちゃんたちは……」


「扉を越えていった冒険者のパーティーメンバーだ!」


「じゃああいつは、白布はどこに!?」



 おかげで、いち早く気づいた村人たちから声が上がっている。



「ああ、竜の巣をつついた罰が当たっちまったのか!」


「あいつら処刑されるのか! 離れろ離れろ! 巻き込まれちまうぞ!!」



 察しのいい連中はもうすでに、俺たちから距離を取り、道の端へと逃れようとしている。


 つまり。



(俺の策を通すには、迷っている時間はないってことだな!!)



 俺はドラゴンになった体の内側にある自分の本体を意識しながら、装備を変更する。



「《イクイップ》!!」



 呪文を唱えたその直後、再び手の平に『光のドラゴンオーブ』を掴めば。



「《フラッシュライト》!!」



 即座に次の魔法を詠唱!

 辺り一面を強力な閃光で、真っ白に染め上げる!!



「うわっ」


「ぎゃっ!」


「きゃあ!!」



 逃げようとしていた村人たちが、閃光に巻き込まれ足を止める。

 アルバーには……まぁ通じてようが通じてまいがどっちでもいい。


 必要なのは、村人たちギャラリーだ!




(そして俺も今の内に……とぅ!!)



 目くらましの閃光がほとばしる中、その隙を突いて俺は、ドラゴン状態を解除する。



「ナナ、メリー!」


「あるじさまっ?」


「白布?」


「こっちだ!」



 そして解除と共にすぐさま二人の手を取って、俺は逃げ遅れている人混みへと突っ込んでいく。




「……う、うう。目が」


「結局ど、どうなったんだ?」


「……あれ?」



 そうして《フラッシュライト》の閃光が収まり、人々が視力を取り戻したその時には。



「……あっ! もう一匹のドラゴンがいないぞ!」


「どこにいったんだ!?」



 たたずむアルバーの前にひれ伏していた、もう一匹の竜こと俺の、消失イリュージョンの完成である。




「ど、どうなっちまうんだ!?」


「これじゃ、アルバー様の怒りが鎮まらねぇんじゃねぇのか!?」


「そんなっ! まだ会いたいイケメンはいっぱいいるのに!!」


「オラ、死にたくねぇ!!」



 逃げ遅れてしまった村人や観光客たちから悲鳴が上がる。

 さらには逃げた者たちの中にも、激しい光に腰を抜かして動けなくなった者が多数いた。


 そんな混乱の果てに生まれた人混みの中に、俺たちも紛れているのだが……。



「………」



 わぁい、アルバーの視線が俺に熱烈集中してらぁ☆


 もう完全に「気づいておるよ、見ておるよ」って、ご覧あそばされておられる。



 これで終いなのか? って、問いかけられている。



(もちろん、これで終いなわけないぜ!! 至竜さんよぉ!!)



 ギリギリで、奇跡の様なタイミングで、俺が手にした切り札が、ある!


 それを、今、ここで使う!!




「すぅ……」



 息を吸って、スイッチオン。

 俺は今……“哀れな死を待つ子羊”だ!!



「……助けて!! 勇者様ーーーーーーーー!!!!」




      ※      ※      ※




「んうっ……!?」



 最初にその叫びを聞いた時、ボクは“しまった”って苦虫を噛んだ。

 至竜様の転移魔法に無理矢理潜り込んだ影響で、ボクたちはまだ、動けない。



「勇者様ー! このままでは俺たち、みんな死んじまうよーー!!」



 悲痛な叫びにどうにか声の方へと目を向ける、と。



「この村が生き残る最後の希望は、勇者様だけなのだーーーー!!」



 そこではボロボロのローブを着たみすぼらしい格好の青年が、天を仰いで叫んでいた。



(間違いなく……彼だ!)



 いったいいつ装備したのか、明らかに冒険用ではない装備で騒ぐ彼の正体に、他の人々は気づいていない。

 っていうか、彼が何をしようとしているのか、彼の仲間も分かってないのかポカーンとした顔をしちゃってる。




 そうこうしている内に状況は動いて。



「おいあんた! 勇者がいるのか!?」



 彼の肩を、一人の男が掴んだ。


 ボクは、彼がニヤリと笑ったのを見逃さなかった。 



「勇者は、いる! ここに!!」



 我が意を得たり。

 続く彼の動きは唐突で、そして淀みがなかった。



「おお! 怒れる至竜を鎮められるのは! あの方を置いてほかにはいない! 勇者! 勇者! 勇者よ!!」


「おい! てめぇ! その勇者様はどこにいるってんだ!」



 仰々しく両手を広げて空を仰ぐ彼の肩を揺さぶり、焦れた様子で男が叫ぶ。

 逃げ遅れた人たちの視線が彼らに集まって。


 そして。



「……あちらに」



 空を仰いでいた手の、その指先が……。



「あちらにおわすお方こそ、恐れ多くも財宝教に認められし人々の守護者! 勇者様にございますぅーーーー!!」



 ボクたちに向けられた。




「「………」」



 彼と目が合う。


 それは、心の底からボクたちに救いを求めている面をしながら。

 その奥で、ボクたちの次の動きを確信している、とっても意地の悪い笑みを浮かべていた。


 これ、なんていうんだっけ。

 必要な犠牲?



「……してやられたわね、テトラ」


「……してやられちゃったね、ラウナベル」



 小さい声でやり取りをしたボクたちの、その声を。



「勇者様ー!」


「勇者!! 勇者!!」


「俺たちを助けてくれー!!」


「私たちを救って!」


「アルバー様の怒りを鎮めてくれーー!!」



 守るべき人々ギャラリーたちの願いの声が、塗り潰す。



(善哉!!)



 そして、それすらも踏み潰す至竜の思念が、村を震わせた。



(ヒトの身でありながらヒトの守護者を名乗る者よ! 汝の挑戦を受けて立とう!!)


「……ッ!!」



 体は、動く。


 否応なしに、引きずり出される。


 不心得者の説得か、最悪竜と接触しての調停に向かったはずが、気づけばボクが竜と相対していた。




「……ねぇ、ラウナベル」


「なぁに、テトラ」


「至竜って、ボクらが全力出して勝てる相手なの?」


「あは☆ むっりー☆」


「だよねぇ……」



 そう口では言いながら、それでもボクは剣を抜く。

 精霊銀と司祭様たちの祝福で鍛え上げられた、『勇者の剣』を構える。



「ボクの名前は勇者、テトラ!」


「その相棒兼教導役、ラウナベル!」



 目まぐるしく変わる状況の中、ありがたいことに、やるべきことはシンプルだった。



(さぁ、来るがいい! 若き勇者よ!!)


「……はぁぁぁぁ!!!」



 ボクは、いつも通りに、勇者の使命を全うする。


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