第067話 決着!!



「………」



 ボスモンスターのミミックが、口から煙を吐いて動きを止めていた。



「いったい何が起こったんだ……?」



 突然の出来事に呆然としていたのも束の間。



「主様、メリー様が!」


「そうだ、メリー!」



 ナナに促され、おそらくこの状況を作った張本人であるメリーを助けるべく、俺は動き出す。


 彼女の命綱でもある『魔術師のローブ』は、その9割9分が損壊していた。

 本来なら傷ひとつ付けること許さぬその機能でも賄いきれなかったか、倒れ伏すメリーのところどころに軽いやけど傷が見られた。



(あ。眼鏡してない)



 中で揉みくちゃにされてる時にぶっ壊れたか? ってかまつ毛長っ!? 


 じゃなかった! ええと、呼吸は……よしっ。



「大丈夫、息はあるぞ!」


「それはようございました。メリー様はわたくしにお任せを」


「ああ、頼んだ!」



 宝物庫から予備のマントを取り出してナナに渡し、俺はミミックの警戒をする。

 俺たちがこそこそと物陰に隠れるまでのあいだ、敵に大きな動きはなかった。



「ふぅ……」



 どうにか一息つけたが、状況は芳しくない。

 ミミックは部屋の隅、今も動きを止めて口からもうもうと黒煙を上げているが、倒しただなんてとても思えない。



(あれがこのくらいで終わるタマかよ……!)



 希望を言えばここで終わってて欲しい。が、どだい無理な話だろう。



「ケ……ケフッ!」



 ほぅら、無事だった。



「ゲフッゲフッ! グギャアアア!!」



 数度の咳を繰り返したところで、ミミックが調子を取り戻す。

 いちいち動きがコミカルだが、それを可愛いなぁとか思っている余裕は俺にはない。


 あれはトゥーンはトゥーンでも、ハッピーでツリーなフレンズだ。

 え、知らない? オタクなお父さんかお母さんに聞こうね!

 グロ耐性がなかったら見ちゃダメだよ!


 つまりグロだよ!



「ったく、タフ過ぎるだろあいつ……!」



 幸いメリーは自力で脱出したし、《ノロリー》が効いた分だけ相手の動きは鈍っている。

 そこを突いて俺が全力で挑めばワンチャンいけそうな気がしなくもない。


 いけるか? いけそう? いくならいかねば!



(そうだ……死ぬ気でやれば、出来なくはない!!)



 心がピリピリしてくるのを感じる。

 これはあれだ、明らかな格上がいるフィールドへ低レベルで出向いてレベリングする時のひやひやした感覚に近い。


 ちょっとでも操作を間違えば待っているのはゲームオーバー。

 だがそれを乗り越えた先に待っている、重なるレベルアップ音の心地よさたるや、筆舌に尽くしがたし!



「……やれる!」



 この時の俺は、目まぐるしく変わる状況に混乱し、明らかに冷静じゃなくなっていた。



「待ちな、さいっ!」



 そんな俺を引き止めたのは、カッと目を見開き薄紫の瞳を煌めかせた、メリーだった。




      ※      ※      ※




「あれは、私たちでどうこうできるような相手じゃ、ないのよ!」



 俺の服の裾を掴んだメリーから、想像以上に強い口調で咎められた。



「メリー様、どういうことにございますか?」


「いい、あいつは通常のモンスターとは違う存在なの!」


「そりゃボスモンスターだもんな」


「そういうことじゃなくって!!」



 さっきまで丸呑みにされていたとは思えない気迫で、メリーが声を張る。



「あいつは……!」


「メリー、とりあえずその話は後だ!」


「なん……むぐ!?」



 さらに声を張り上げようとしたメリーの口をナナが塞ぐ。が、もう遅い。



「ナナ!」


「はい、主様!!」



 メリーを抱えてナナが跳ぶ。

 俺も床を踏み締め飛び退けば。



 ガガガガッ!!



 もはや見慣れた矢の雨が、俺たちの元居た場所を打ち抜いた。



「ギャギギ! ギギギギギーーーー!!」



 いったいどこをどうすりゃそんな音が出るのか。

 歯ぎしりしてるみたいな音を立て、ミミックが全身を使って怒りを表現している。


 どうやらこの状況が相当気に食わないらしい。

 そいつは距離を取った俺たちに対して、ぴょんこぴょんこその場で飛び跳ねていた。



「白布、ナナさん。聞いて! あいつは私たちじゃ勝てないのよ!」


「メリー、さっきから何言ってるんだ?」


「どうして勝てないのでございましょう?」


「あいつは、そんじょそこらのモンスターとは格が違う。いいえ、ボスモンスターとしても格が違うモンスターなのよ!」



 つまりどういうことだってばよ。



「っていうか、見てわからないの?」


「見てって、どこが?」


「あいつ! 私たちと同じように武器使ってるでしょ?!」


「そうでございますね。おかげで攻撃を防がれ、遠近使い分けた反撃に手を焼いております」


「そう! それなのよ!」



 だからどういうことだってばよ。



「つまりメリーは何が言いた――」


「主様! あれを!」


「ん?」



 会話を遮ったナナの指さす方向には、ミミックがいた。

 攻撃してくる気配があれば気づいたはずだが、奴は動かず、どころか蓋も閉じ、元の宝箱みたいになっていた。


 だが、そこから感じるのは強烈な、悪寒。

 何か嫌なことが起こりそうだという、確信めいた寒気が俺の背筋を凍らせる。



「……ゲヒッ」



 直後。



「ゲボヒャアアアアアーーーー!!」



 突如として震えだしたミミックが、おそらくすべての、持っている武器を解放した。



「なんじゃこりゃあーーー!?」


「これは、なんとも」


「ああ……」



 剣に盾、槍、弓、斧はもちろん、マイク、大鎌、ナイフに魔杖、ノコギリや釣り竿、グローブに至るまで、様々なアイテムがよりどりみどり、大集合!


 全部が全部、俺たちを殺すために使われちゃうんだZE☆

 マジでヤバい!!



「主様! メリー様! 来ます!!」


「「!?」」



 ナナが叫んだ、その直後。



「ゲヒャーーーーーー!!!!」



 《ノロリー》が効いているとは思えないスピードで、ミミックがぶちかましてきた。

 力任せに武器を振り回し、途中にあるすべての物を薙ぎ倒し、俺たちのもとへと迫り来る!



「止めろぉぉ! 『ぎんの手』ぇぇーー!!」



 俺は迷わず3回目の『ぎんの手』を開放し、突っ込んでくるミミックを受け止める!

 不可視の障壁がその無茶苦茶な面攻撃と衝突し、すぐに不快な破砕音を立て削られ始める。



「白布!」


「主様!」


「ぐ、ぉ……これ、ぜってぇ長くはもたない奴、だ!」



 冗談みたいな攻撃に、しかし確実な死の気配が迫ってくる。

 障壁に掛かる圧に踏ん張り、耐え凌ぎながら、俺は打開策を考える。



(障壁解除とともに俺が攻撃? いや、攻撃に転じる前に押し潰される。じゃあ撤退? それこそ背を向けたところで押し込まれて終わりだろ。ならナナに回り込ませるか? 敵の攻撃に巻き込まれたらひとたまりもないから却下。それするくらいならメリー掴んで逃げてもらう)



 死の淵に立って高速回転する思考は、しかし空回り気味でこれという閃きがない。


 っていうか冗談抜きで、ガチ撤退しようとしても厳しくないかこれ!?

 なんか障壁がギシギシ言い出してるぞヤバいヤバいヤバい!!



(ぐぅぅ、メリーの大火力なら、いけるか? 魔杖は俺のを貸せば――)



 そんな俺の思考を、メリーの言葉が遮った。



「ごめんなさい。私の不幸にあなたたちを巻き込んでしまった」



 それは、どこまでも自分を呪う、怨嗟の言葉だった。



「アームドモンスター」


「え?」


「あいつは、このモノワルドで最も恐ろしいモンスター。およそヒトが挑んじゃいけない、ヒトを超えた存在……」



 メリーの方を見れば、彼女は涙を浮かべていた。

 そして彼女の右目の星が、淡い光を放っていた。


 そんなメリーの必死の叫びが、俺に告げる。



「……あいつは私たちと同じ! モンスターでありながらアイテムを《イクイップ》できる、恐ろしい存在なのよ!!」


「!?」




 俺の、勝ちだと。




「こうなったからには私が時間を稼ぐ! だからあな――」


「《ストリップ》」


「――たたちは逃げへぇ?」



 あとはトドメだ。



「ナナ、やっちまえ!!」


「はい! 主様!!」



 俺の指示にナナが跳ぶ!



「ギ?」



 何が起こったのか、まったくわかっていない様子のミミックに。



「お覚悟を! たぁぁぁぁ!!」



 裂帛の気合とともに放たれるナナの必殺ナナパンチ。

 それはこれまでと違い精彩を欠いた動きを見せる、ミミックのど真ん中にブチ込まれ――。



「主様を傷つけたその罪、その死をもって償っていただきます」


「ギィィッ! ギボギャアアアアーーーーーー…………!!」



 その体を、一切の容赦なく、粉みじんに破砕した。


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