第065話 ボスバトル!



 ランダムダンジョンのラストフロア。

 大仰な造りの財宝部屋は、最後の番人を偽装するための仕掛けだった。



「ゲヒャヒャヒャヒャ!!」



 依頼主にして旅の仲間でもあったメリーをパクリとひと呑みにしたそいつ――ミミックは、自らを飾る台座から飛び出し、俺たちに向かい下卑た笑い声をあげる。



「ナナ!」


「お任せを!!」



 俺がナナに声を掛けると、彼女はこちらの意図を察して前に飛び出す。



「わたくしが相手です!」



 超強化されたフットワークで左右に揺さぶりをかけながら距離を詰め、ここぞのタイミングで殴り掛かる。



「はぁー!!」


「ゲヒャ!!」



 放たれるこぶし、時待たず響く金属音。


 ナナの必殺のこぶしは、再びミミックの疑似手が握る銀白の大盾によって阻まれる。



(だが、それでいい!)



 ナナの攻撃にミミックが対応している、その隙に俺は自らを強化する。



「《マテリアップ》! 《レジアップ》! 《マッソー》《テクニカ》《カソーク》そして《オールゲイン》!!」



 手にした補助杖の力を借りながら唱える強化魔法の数々。

 ナナをスーパーナナへと変える必勝の支援を自分にも掛ければ、準備は万端だ。



「ゲヒャ!」


「ふぅっ!」



 横薙ぎに放たれた業物の一撃を蜘蛛のような姿勢で身を屈めて躱したナナが、その反動を利用して大きく後ろに跳び退り、俺の元へと戻ってくる。



「よくやった!」


「わぅっ、光栄です」



 役割を果たしたナナを誉めつつ、俺は武器を補助杖から持ち替え――。



「主様!!」


「うぉ!?」



 突如俺にタックルをくらわすナナと一緒に、俺は台座の陰に転がる。


 直後。




 ドゴォッ!!!




 強烈な破砕音とともに目の前の台座が半壊。石つぶてが飛び散る。


 その瞬間、俺は確かに目の当たりにしていた。



「槍の、投擲だと!?」



 身を起こし、まだ残っている台座の足部分から、ひょっこりと顔を出し確かめる。



「ゲヒャヒャヒャ!!」



 愉しそうに笑うミミックが新たに伸ばした疑似手に向かい、箱の中からにゅるりと槍が伸びてきて、その手に握られる。


 その様子を見ている俺の眉間に目掛けて狙いをつけると、次の瞬間――。



「主様!」


「わかってる! っでぇぇぇ!!」



 とっさに二人、別れて飛び出すその直後。



 ドゴォッ!!!



 再び投擲……否、強烈に射出された剛槍が、今度こそ台座を完膚なきまでに粉砕した。



「盾に剣に、おまけに槍だと!? どんだけやりたい放題しやがるんだ?!」



 色々使えるのは俺の特権だったのに!

 ちょっと親近感覚えちゃったじゃないか、こいつ!



「あるじさま!!」


「大丈夫だ! だが、どうやら一筋縄じゃ行かないぞ!」



 そう言ってるあいだにも、ミミックは新たな疑似手を伸ばし、その手に武器を持つ。


 弓と矢。

 より早く、より鋭く相手を刺し穿つことを相手は狙ったらしい。



「はっ、だが一本でどこまで……」


「ゲヒャ!」



 瞬間、ずらりと並ぶ弓と矢。その数10セット。

 しかもひとつの弓に番えられてる矢の数が、5本くらいある。


 この雑な武器の取り出し方! カートゥーンアニメかよ!! ハハッ!



「ハハッ! じゃねぇ!! か、躱せーーーー!!!」


「わぅーーーー!!」



 たった一匹のモンスターから放たれる、矢の雨。


 天井ギリギリに飛び上がり、障害物を無視して飛来する攻撃に、俺とナナは全力で逃げ惑う。



「め、メリーを助けるどころじゃねぇ!」



 かろうじて矢の雨から逃れたところで、俺の脳内に選択肢が浮かぶ。

 その問いかけは、シンプルだ。



(逃げるか。戦うか)



 こんな一人軍隊みたいな奴を相手にして、どれだけ俺に得があるか。

 勝ったところで報酬はない。どころか依頼主はもう奴の胃袋の中だ。


 幸い戦いが始まっても、出口のうねうね銀河ゲートは開いたままで、逃げるのは難しくない。

 このまま戦闘を続けてナナや自分が怪我をするリスクを考えると、お世辞にも戦闘続行は賢い選択だとは思えなかった。



「ナナー!」


「はい! 主様!!」



 離れてしまったナナに、声を張る。

 出口に近いのはあっちだから、とりあえず「先に脱出しろ」と言うのがど安定だろう。



「絶対あいつぶっ壊してメリー助けてレアアイテムも手に入れるぞ!」


「仰せのままに!」



 ま、しないけどね!!



「ざっけんなよ?! 非破壊オブジェクト状態からの不意打ち強制とかいうハードモード仕掛けてくれたんだ、その分いい奴手に入らなかったらぜってぇ許さねぇからな!!」



 叫ぶあいだに再び放たれた矢の雨を、今度の俺は真正面から受け止める。


 面攻撃だろうが、俺にはこれがある!



「起きろぉーー! 『ぎんの手』ぇぇぇぇ!!」



 カァンッ!!


 と、甲高い音がする。



(っしゃぁ!)



 叫びと共に、俺の眼前にまで迫っていた矢が、透明な障壁に受け止められていた。



「《イクイップ》! っでりゃあああ!!」



 矢をはじく間に適当な手槍を装備。

 全力投球でミミックにぶん投げる!!



「ギギィィィ!!!」



 それを盾で受け止めたミミックの体が、衝撃で跳ねる。

 すかさず追撃を仕掛けようと次の槍を手に取ったが、その時には触手が踏ん張りを利かせて姿勢の乱れを整えていた。



「ちぃ!」



 即座に俺狙いで放たれる矢の雨に、持っててもしょうがない槍を牽制に放り投げながら、俺は移動する。


 決定打を与えるには、やっぱ接近戦しかないか!



「今お助けします!」



 放っておけば間断なく続く攻撃を止めるべく、ナナが突撃する。

 ライカンの身体能力+ゴリゴリ盛った支援魔法の効果で電光のように駆け抜ける彼女が狙うのは、武器を持っている疑似手だ。



「ったぁ!!」



 横薙ぎの手刀。

 そんじょそこらの刃物より鋭いそれが、ミミックの疑似手の幾本かを断つ。


 だが。



「なっ!?」



 手応えに満足していたナナの、その目の前で。



「再生!?」



 断ち切られたはずの疑似手が、千切れた水滴が再び集まるかのように接着、元通り。


 その手に持っていた剣を、ナナへと真っ直ぐに振り下ろす!!



「ナナーー!!」 



 ナナの動きに合わせて側面から攻撃を仕掛けようとしていた俺の、予定変更!

 とっさの判断でナナを庇い、先ほどやられたお返しのようにその小さな体にタックルを決める。


 当然、剣に切られるなんてヘマもしない!

 俺は振り下ろされる刃を躱し――。



「ゲヒャッ」


「……嘘だろ?」



 その後ろから放たれた、ミミックの矢の餌食になった。




      ※      ※      ※




「……さま! 主様!」


「ぉ?」



 気がつくと、俺の体は俺の意思とは関係なく動いていた。

 正確には、走るナナに担がれ振り回すように取り扱われ、揺れ動いていた。


 ……っべ! 意識トんでた!!



「ナナ! 何分トんでた!?」


「数秒です、主様。よかった、意識が戻られて……!」


「悪い、すぐに離れ……ぐぁっ」



 動こうと身を強張らせると、背中に猛烈な痛みが走る。



「主様、今主様の背中には、3本ほど矢が刺さっております」


「Oh……」



 サラッと言われたが、結構グロい奴じゃないそれ?


 矢ガモ……もとい、矢センチョウ。

 どっちかっていうとマ〇クラのイメージか。



「その様子なら、内臓がやられたわけではなさそうですね」


「え?」


「吐血など、されておられないようですので!」


「………」



 ヤダヤダ、想像したくない!


 不幸中の幸いか、嫌な想像したことで、急速に頭が回転してきた。

 だから。



「!? 主様、投げます!」



 唐突なナナの言葉にも、俺は即座に対応できた。



「やれ!」



 半ば負ぶさるように抱えられていた俺の体が、ナナの急カーブする動きに合わせて勢いよく放られる。

 ぶっ飛んだ俺はそのまま近くの柱に身を隠し、放ったナナも別の柱に転がり込んだ。



 カカカカンッ!!



 直後、金属の床をノックする大量の矢の音が響き渡る。


 背中の痛みに耐えながら、その矢の飛んできた方を見れば――奴がいた。



「ゲヒャヒャヒャ!!」



 触手で柱に絡みつき、高所を取ったミミックが、勝ち誇ったように笑っていた。



(あいつ、やべぇな……!)



 未だ勝ち筋が見えない敵に対して、俺はどうするべきなのか。



(メリーの声が聞こえなくなった。少なくとも状況は間違いなく悪化している)



 刻一刻と迫るメリー救出へのタイムリミット。

 背中の痛みと相まって、俺の心に焦りが積もっていく。



(チィッ……これまで出会ったどのモンスターより、あいつは強い!)



 こちらをおちょくるあの腹立たしい笑い声も、自分の強さに自信がある証拠だ。

 っていうか、色んな武器を臨機応変に使い分ける奴って、こんなに面倒くさいんだな!?



(明確に格上だと思う相手と向き合うのは、ノルドの時以来か)



 あのスパイメイドさん。

 今頃なにやってんだろう。どっかの本国に戻って悠々自適に過ごしてるかね。


 あなたの装備は今も大事に宝物庫に保管されています。



「主様」


「メイド服に興味はあるか?」


「えっ?」


「あっ、なんでもない」



 現実逃避してたら傍まで来ていたナナに変なこと言ってしまった。


 あ。待って、待って! そんな真剣に「主様がお望みなら」って顔しないで!



「ナナ、今はあいつの攻略が先だ」


「ハッ! そうでございました」


「時間がない。メリーを助けるためにも、速攻であいつをぶちのめす必要がある」


「はい。一刻も早く、メリー様をお助けしなくては」



 結構追い込まれているが、ナナの戦意はまったくと言っていいほど削られていない。

 奴隷に身を落とし絶望していた彼女はもはや、過去の存在だ。


 その強さ、こうした鉄火場において頼もしいことこの上ない。

 ゆえに、困ったときはこういう有能な仲間を頼るに限る。



「ナナ。ここまでの状況、どう思う?」



 そんなわけで俺は、恥も外聞もなく、堂々とナナに意見を求めるのだった。

 すべては、勝利という結果を手に入れるために。


 今も間違いなく諦めてないだろう、あの気持ちのいい貴族令嬢のように。


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