第055話 厄ネタフラグは瓶底眼鏡と共に!



『私、レアアイテムの情報を持っているのよ!!』



 そう言ってきた、年の頃俺と同じかちょっと上くらいの、不審な魔法使い風装備の眼鏡女子。



「さ、そっちに座ってくれ。ナナは俺の隣な」


「ええ」


「はい、主様」



 俺は彼女の言葉にまんまと釣られ、ドバンの爺さんの店の奥にある、密談用の応接スペースまで彼女を招き入れていた。

 対面ソファ完備。壁には強力な音漏れ防止の魔法が付与されている特別な空間である。


 爺さんにナナを紹介したときに教えてもらった空間だが、数日と待たず活用させてもらう。



「なーんでワシがお前さんらのおもてなしをせにゃならんのじゃ」


「そこはお得意様を立ててくれよな。ま、タダじゃ借りないって……ほいこれ」


「おおお!? それは愛しの西大陸産ワイン!! ほっほ、ゆっ~くりしていくんじゃぞ~?」


(カジノメダルの端数をスッキリさせたくて交換した奴だったが、さっそく役に立ったな)



 嬉々として部屋を出て行く現金チョロ爺を見送れば、この場はもう俺の空間だ。



「さて……」



 俺の向かいのソファに腰かけている魔法使いちゃん。

 彼女を俺は改めて観察する。


 赤銅色のウェービーな髪に、金の刺繍が施された布を巻いた緑基調のつば広帽を被る彼女。

 身長は俺より少し低いくらい。いかにもな屋内純粋培養っぽさを感じる白い肌が、髪色の濃さと相まって洋風人形を俺にイメージさせる。シンプルに綺麗だ。

 服も彼女の美貌に見合った豪奢な作りで、帽子と同じく緑を基調としたドレス風のローブにはこれまた同じく金の刺繍が丁寧に施されており、旅装飾としての動きやすさを保証しつつも確かな高級感を演出している。



(そこまではいい)



 ソファにお行儀よく座っているから余計に目立つ、ある一点。

 それが彼女のこれまで説明した高級感を、上品さを、すべて台無しにしてしまっている。



(……なんだあのダッサい瓶底眼鏡は!)



 そう、眼鏡だ。

 魔法使いちゃんの綺麗にまとまった見目を蹂躙する、黒縁で透明度のない瓶底眼鏡。


 例に挙げるなら勉〇さんが付けてる奴みたいなそれ。


 それはまさに――。



(上等な料理にハチミツをブチまけるがごとき思想ファッション!!!)



 よっぽど目が悪いのか、はたまた適性が高くて役に立つレアアイテムなのか。

 そうでもなければまず装着しないだろうブツを、彼女は堂々と装備していらっしゃった。



(魔法使いイメージとしては悪くないかもしれないが、もっと似合う眼鏡はあると思う)



 まとめると、見た目(眼鏡を除く)は間違いなく、いいところの美人なお嬢様だった。




 そんな育ちの良さそうな魔法使いちゃんが、縁も所縁もない俺に用事があって、ここまで来たという状況。

 考えれば考えるほどに、厄介事の匂いを俺の鼻が嗅ぎ取っていて。



「……ええ」



 俺のガン見な視線に気づいた彼女は静かに頷いて、やや緊張した面持ちで口を開き――。



「わかってるわ。まずは自己紹介よね。身分を明か――」


「知っているレアアイテムについて教えてくれ」


「え?」



 そうして紡がれだした言葉を、俺は思いっきりカットした。




      ※      ※      ※




「知っているレアアイテムについて教えてくれ」


「あの、自己し――」


「知っているレアアイテムについて教えてくれ」


「ちょっ!?」


「知っているレアアイテムについて教えてくれ」


「待ちなさ……」


「知っているレアアイテムについて教えてくれ!」


「!?!?」



 度重なる会話カットに業を煮やして語気を強めた魔法使いちゃんの言葉を、もっと大きな声で俺は妨害する。



「あ、主様?」



 明らかに礼を失した振る舞いに、状況を理解できていないナナが困惑の表情を浮かべる。


 だがすまん、ナナ。

 この会話は成立させてはいけないのだ。



(前世で得た数多のサブカル摂取経験が、魂が、俺に告げている……!)



 呆気に取られ開いた口が塞がらない様子の魔法使いちゃんに向けて、俺は指差し声を張る!



「絶ぇ~~~~っ対! その自己紹介が罠だって、こっちはわかってんだからな!!」


「!?」



 出会いイベント!

 それは様々な成立の仕方をするフラグの中でも最も基礎的で、かつ強制力を持った存在!


 特に謎めいた存在との出会いともなれば、聞いてしまったが最後、その時点で何らかの不利益を被りかねない事態を招くのである!!



(今回だってそうだ。このパターンならどこかの令嬢やらがお遊びでなんか探してます~とか、試練を受けなきゃ~とか言ってきたり、あるいは何か連動する危機的状況があって、そのためにどうしても必要な物がある~とか、関わると面倒くさいフラグが立つ奴なんだ)



 ゆえに俺は、フラグを踏む前にカウンターを叩き込む!!



「俺が興味あるのはレアアイテムについてであってお前さんじゃない。わざわざこんなところまで俺を探して直接話をしようってんだから、どうせ碌な事情じゃないんだろ?」


「うぐっ」



 ほぅれい!

 明らかに図星突かれたって顔でビクッてなったぁ!



「面倒事はごめんなんだ。だからレアアイテムについてだけ情報提供してくれ。俺はその情報に見合うだけの報酬を払う。それ以上は踏み込まない。OK?」



 冒険者の宿のおやっさんにやってもらってるテンプレ対応を、俺も魔法使いちゃんにする。


 結局はこれが最大効率なんだ。

 とにかく今は、手広く色々な情報を集めて自由に動き回るのが最適解。


 面倒そうなイベントに挑むのは後で、でいいのである。




「………」


「じゃあ、それらを踏まえて話を聞こうか」


「………」



 ふぅ、あぶないあぶない。

 ここまで徹底すれば、さすがにフラグを回避できただろう。


 畳み掛けたせいか魔法使いちゃんがなんかプルプルしてて、叱られたチワワみたいになってるが、これも仕方のないこと。

 必要な犠牲、コラテラルダメージなのである。


 そう、コラテラルコラテラル。


 今回はタイミングが悪かったのだ。

 悪く思わないでくれよな、魔法使いちゃん?




「……わかったわ。それじゃ話をするから、ちゃんと聞きなさい?」


「もちろん! さぁ早くレアアイテム情報を聞かせてくれ」



 魔法使いちゃんが大きく深呼吸して頷いたのを見て、俺も話を促す。


 これでようやく本来の筋道に戻るだろうと、そう思った――。



「………」



 ――自分の浅はかさに気づいたのは、急に席を立った魔法使いちゃんが、瓶底眼鏡越しにも分かる涙目な雰囲気で浮かべた、覚悟完了済みのニタリ笑顔を見た、そのときだった。



「あっ」


「すぅ……」


「待て! 口を開く――」



 すでにフラグは立っていたのだと気づいた頃には、もう遅い。



「……私の名前はメリー・サウザンド! アリアンド王国にその家ありと言われた武門の名家サウザンド家の長女よ!」


「ぶぅーーっっっ!?!?」



 彼女の自己紹介フラグ立ては、始まってしまったのである。


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