第3章 冒険編

第051話 レッツプレイカジノ!



 青い空、白い雲。

 ……とは縁遠い濃い黒雲が空を覆う、雨の日の連環都市同盟第13の町、ガイザン。


 通りにいるのは急ぎで家から家へと駆ける者か、野晒しに耐え震える者か、死体だけ。

 こんな日は道を我が物顔で歩くならず者も屋内で騒ぐが常ならば、冒険者もまた同じ。


 そんなわけで冒険者“白布”こと、俺――センチョウ・クズリュウとその従者であるナナも、絶賛屋内活動中である。

 ただし滞在している場所は、高級宿屋でもなければ冒険者の宿でもない。



「がぁぁぁぁ! 俺様のメダルがぁぁぁぁ!!」


「ひゃっほーぅ! スリーSだ!! 発展こーい!!」


「黒の6黒の6黒の6黒の6……! 来て! こいこいこいこいこい!!」


「赤の9です」



 老若男女が阿鼻叫喚。



「きちゃぁぁぁぁ! U・N・K・OとC・H・I・N・K・Oのダブル!!」


「ご無礼、ロン。タンヤオ、ピンフ、赤ドラ込みのドラ4。跳満で」


「お客様に絶望を。こちら3と7とA、合わせて21でございます」


「「ぐあぁぁぁぁぁ!!」」



 一瞬の判断で明暗がわかたれる。



「行け! 私の緑ヌメリー!! 行くのよ!! ゴールまで滑り抜きなさ~~い!!」


「残念! 勝つのはアタシの賭けた黒ヌメリーでした!」


「も、もうこれ以上は毟らないでくれ! 俺の財産が……!」


「いいや、5000枚じゃ終わらねぇ……倍プッシュだ」


「ぐにゃぁぁ~~~……」



 勝った者が毟り取り、負けた者が蹂躙される。


 そう、ここは……!



「ようこそお客様! ガイザン都市長認可ブロンゾ商会主催のカジノ“底なし沼”へ!」



 遊戯の祭典、カジノだ!



「《イクイップ》上等! この世の天国と地獄、どうぞお楽しみくださいね!」


「ああ。存分に満喫させてもらうぜ。存分にな」



 俺は今、ガイザン三大歓楽スポットのひとつへと、遊びに来ていた。




      ※      ※      ※




「いいねぇ、どこもかしこもエネルギッシュだ」



 至る所から聞こえる悲喜交々の声たちに、俺は娯楽と破滅の町たるガイザンの神髄を見る。

 誰もが熱に浮かされ、狂気の沙汰を楽しんで、のめり込んで、命を削っている。


 俺の懐にも、そんな舞台に立つためのチケットはすでに握られている。

 来てすぐに金銭と交換した、カジノメダルが5万枚ほどストックされた『カジノカード』。


 今はとりあえず見に回ってじっくりと、ひとつひとつ卓を巡って観察し、そこで熱狂とともに繰り広げられる勝者と敗者の輪舞曲ロンドを、ただの野次馬感覚で楽しんでいた。



(いやほんと、ブルジョアな世界だな。転生しといてあれだが、普段の場所と違う異世界感があるぜ)



 こんな場所に足を踏み入れたのも、このあいだの依頼でガッポリと儲けが出たからである。


 ナナと二人で行なった、ヒュロイ大森林でのパラスラフレシア狩り。

 天敵だった獣人種ライカンたちがいなくなり、ヤバいくらいに大量発生していたところを狩って狩って狩りまくり、かっぱいできた高級食材で稼いだ額は200万ゴル



『くっくっく、度肝抜かれたろ? おやっさん』


『ったく、しょうがねぇなぁ。ほらよ』


『は? なんで即金あるの? 金づるなの?』


『誰が金づるだ、誰が。おい。言っておくがな、白布。これ、ポンと出してる額じゃねぇからな? 勘違いするんじゃないぞ?』



 物が換金されるまでそれなりに時間がかかると思っていたのだが、そこは俺の見込んだ冒険者の宿のおやっさん。なんと即金で支払ってくれた。ご立派ぁ!

 大量発生した高級食材なんて厄ネタでも、なんとなく上手に捌く伝手はありそうな雰囲気だったし、彼にはうまいこと自分の儲けを出してくれることを願ってやまない。


 価格破壊だとか販売数調整だとかぶつぶつ言ってたけど、なんのことかオイラわっかんない!




「……とまぁそんなわけで、稼いだ金を有効活用するべく、カジノに来たのである」



 正確に言うと、金である程度まとまった数のメダルを買い、それを元手に増やして増やしてレアアイテムをゲットするのが目的だ。

 ちなみにガイザン統一規格で、メダルはゴル金貨と1:1交換である。



「あ、あるじさまぁ……」


「ん? どうした、ナナ?」



 不意に後ろから声をかけられて、俺は振り返る。

 そこに立っていたのは我が親愛なる従者にして救世の使徒に仕えし巫女(自称)のナナだ。


 さっきもちょっと名前を出したライカンの少女で、先日のモンスター狩りでは大いに活躍してくれた立役者でもある。


 そんな彼女は今――。



「こ、これは……わたくしが着るにはいささか攻めすぎではございませんか?」



 バニースーツを、着ていた。


 レザー素材のオフショルダーなハイレグスーツは、光を反射する彼女の白金の髪に負けない薄めの青色。

 そこに素肌が透けて見える薄い生地の黒い網タイツを穿かせ、首輪を模した白いチョーカーを取り付ける。

 うさ耳ヘアバンドや真ん丸白しっぽの代わりに自前の垂れ犬耳とふわふわしっぽをモロ出しにした姿は、バニーガールならぬわんこガール。


 今回のお出かけのために俺が防具屋(特殊)で買い揃えた、戦闘服である!!


 ……戦闘服である!!



「よく似合ってるぞ、ナナ」


「わ、わぅぅ……」



 恥ずかしがるナナに対し、俺は心の底から湧き上がる本音で彼女を褒め称えた。



「うう、わたくしだけが色々とその、小さいので……」


「何を言ってるんだ。そこがいいんだぞ」



 周りを見れば、スタイル抜群のお姉さんやムキムキお兄さんがそこら中にいる光景。

 そんなのを見せられてしまっては、彼女が不安がるのも最もではある。



(確かに、この手のボディラインを前面に出した衣装は、スタイルがいい人の方が映える)



 だがしかし、だがしかしである。


 ストンとした胸部からぷにぷに腹部へ至る体のラインもまた、そこから形の良い尻と健康的なむっちり太ももへと繋がるところも含め、この衣装はナナの魅力を引き立てている。


 あえてミスマッチとも言えるところを攻め、新たな価値を生み出すこともまた、ファッションの道のひとつであると俺は信じているのだ。


 その証拠に、こちらに注目している奴らの声に耳をすませば……。



「あの犬のライカンの真似してる子。ちょっとここらで見ないタイプだよな」


「なんだろ。普段見慣れてる衣装でも、ああやって違う体型の子が着るのを見ると新鮮に感じるわね」


「ロリぷにボディスーツはぁはぁ……!」


「うーむ、あれはもしや、本物のライカンではないかね?」


「それはない。このご時世で本物のライカンを連れ歩くとはさすがに正気を疑うだろう」


「ほっほ、そうですな」



 お聞きの通り、反応は上々。

 俺の考えはある程度世間に通じるものだとひと安心である。


 え? 俺の装備?

 そんなもん黒の燕尾服と正体隠し用の仮面つけてるだけだよ!

 身バレしそうな『ゴルドバの神帯』と『財宝図鑑』も見えないよう、服の中に縛りつけて偽装済みだ。


 そんなことより……。



「それはそれとして聞き捨てならん奴がいたから、ナナは俺の傍を離れないようになー?」


「は、はい。わたくしは、いつも主様のお傍に侍っております」



 このどちゃくそ可愛い子は俺のです。

 そしてこの子を着飾っているのはあくまで! 俺の! 趣味嗜好!!


 近づいてきたら《ストリップ》で一発全裸にするんで……オス! 夜露死苦!!



(それに、こうやって色々な経験をさせてやれば、なんかの拍子にナナの狂信が解けるかもしれないしな)



 いわゆるショック療法という奴である。

 俺から何かされるのを喜ぶナナの、性癖に合わせながらの治療行為!


 俺によし、ナナによしの一石二鳥の策。


 我ながら死角のない完璧な作戦である!!



「……主様のためでしたら、わたくしはどんな姿にもなってみせます。ですから、これからも色々な服を着せてくださいませ、ね? あるじさま?」


「はっはっは、任せろ! これからも着せ替えまくってやるからな!」


「はい。その時は、また……可愛がってくださいね?」


「………」



 ところで、ご存じですか?


 装備で補正が入るモノワルドじゃ、コスプレは一般性癖(艶人種サキュバス調べ)なんですって!



「……はい」


「わふ、ふへへ……」



 着々と、可愛い従者に骨を抜かれてしまっている俺であった。


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