第040話 とびだせ、冒険者の宿!
「あ? で、いででででで!!」
「離せ、とわたくしは申し上げました」
ナナが、俺の肩を掴んだ冒険者の腕を速攻で掴み返していた。
その次の瞬間にはもう、ライカンパワー全開の彼女の手によって、冒険者の腕は強制的に引っぺがされ締め上げられていた。
見事に捻りまで加えられており、このまま力を入れればあっさりと骨が折れてしまいそうだ。
「あばばばばばばばば!!」
「ヨシ君! てめぇ、何しやがる!」
「ヨシ君の腕が使い物にならなくなったらどうするんだ!」
抗議の声を上げる取り巻きたちに、しかし、ナナは毅然とした態度で言い返す。
「主様への無礼の代償、破壊をもって償っていただきたく思います」
嘘でしょこの子、目がマジですわ!?
絶対に報いを与えてやるという強い意志……漆黒の意思すら見える!
「はぁ!?」
「何言ってんだ!?」
「そいつがいったい何だってあいだだだだだだだ!!!」
「すぐに終わらせますね、主様っ」
なおも騒ぎ立てる冒険者たちには目もくれず、ナナは素敵な笑顔で俺に宣言すると、さらに掴む手に力を入れて冒険者の腕を――って、待て待て!
「おぎゃああああ、おがあちゃーーん!!」
「やべぇ! ヨシくーーーーん!!」
「ナナ! ステ――」
ダメだ、間に合わな――。
「……そこまでにしな」
「「!?」」
不意に店に響くダンディなバリトンボイスに、この場の誰もが動きを止めた。
声のした方を見れば、そこにはバーカウンターの向こうでグラスを磨く、ちょび髭のナイスミドルの姿があった。
※ ※ ※
ナイスミドルがおもむろに指を鳴らすと、酒場の隅にあるジュークボックスからムーディーなBGMが流れ始めた。
「ダル、ピッケ、ヨシヒサ……には聞こえねぇか。俺の前では新人のガキだろうが等しく客だ。暇なんだったらそこの討伐依頼のひとつでも受けて、ちゃっちゃと片付けてこい」
「うっ……」
まさしく鶴の一声ならぬダンディの一声。
怒りに任せて今にも殴りだしそうだった連中が、その一声でとたんに大人しくなる。
「ほら。ナナもとっとと手を離せ」
「よろしいのですか? 主様がお望みとあれば、わたくしがいくらでも天罰を代行いたしますよ?」
「せんでいい、せんでいい。そもそも頼んでないだろう」
「そ、そうでございましたか。わぅ……申し訳ございません」
うんうん、素直でよろしい。
でも天罰とかナチュラル狂信者ムーブは要注意だぞぅ。
それはきっと、ナナ自身が望む巫女像からは、ズレている。
「わっとあーゆーろーる?」
「あ、従者、従者でございます!」
「よーしよし」
場が静まっている内に、俺もナナの両脇を抱えて、気絶したヨシ君の腕から引っぺがす。
しょんぼりしながら持ち上げられる彼女の姿は、見た目だけは愛らしい生き物だった。
「主様にはとんだご迷惑をおかけいたしました、これでは、従者として失格でございますね」
「大丈夫だ。これから少しずつ学んでいけばいい。理想の振る舞いってのをな」
持論だが。
狂信ってのはつまり、理性に対して感情が強すぎる状態を指すんじゃないかと思う。
ナナがこれからもっと色々な知識を学んで、自分の中にある強い感情との向き合い方を知れば、いつかはそのバランスも取れるようになるんじゃなかろうか。
それを教え導くのも、ご主人様で救世の使徒に選ばれた、この俺の役割なんだろう。
たとえそれが嘘っぱちでも、だったら本物以上に本物らしくやるくらいでちょうどいい。
嘘から出た真って言葉だって……いや待て。
(なんだかそう考えると、ガチで救世の使徒様ルート入っちゃった気がしてくるな?)
まだ世間様に名乗ったりはしてないし、入ってないよな? 救世の使徒様ルート。
「ずいぶんと、やんちゃな従者を連れてるじゃねぇか……白布」
「!?」
うおっ。いきなりのダンディバリトン。
ってか、あれ?
「あんた、俺のことを?」
「ドバンの爺さんとは顔見知りだ。お前もそこらの半端者を躾ける暇があったら、とっとと要件を言うんだな」
「……あ、ああ」
「フッ。時は待っちゃくれねぇんだ。いちいち小さなしがらみに惑わされねぇで、やるべきことをやれ」
「………」
し、シッブ~~~~~い!!
手短に、自分の仕事をこなしながら、言葉だけで場を支配する。
前に別の町で立ち寄った冒険者の宿にいたおっさんとは、立ち振る舞いの何もかもが違う!
「主様、あの方が……」
「ああ。あの人こそが、こういったガラの悪い連中の首をしっかり絞めてくれている、町の実力者の一人……冒険者の宿の、おやっさんだ」
モノワルドの冒険者に、社会的地位なんてものはない。
だがそんなゴロツキまがいの連中が、それでもゴロツキまがいでいられるのは、こういう人がいるからだ。
「フン……」
治安の悪い場所に住むゴロツキたちの支配者にして、保護者。
ただ者じゃないその存在感に、俺は思わず息を飲んだ。
(ここなら、安心して仕事を受けられそうだ)
そんな確信をもって、俺はおやっさんのいるカウンター席へと歩みを進める。
「……で?」
何の用だ? と鋭くこちらを見つめる瞳には、俺も真っ直ぐに視線を返し。
「金になる依頼を受けたい。できれば討伐系で、レアアイテム絡みの物がいい。具体的には、あれとかな」
最大限のリスペクトを込めて、要件を手短に伝える。
受ける依頼は、最初から決めてあるのだから。
※ ※ ※
「……パラスラフレシアの討伐か?」
「それそれ。その不人気依頼、俺が貰い受ける」
張り出された紙がボロボロになっても残っている討伐依頼。
何度も吊り上げられた討伐報酬はかなりの額になっているのに、未だに売れ残っている焦げ付き依頼。
俺も情報を仕入れた時点では、割に合わないと思ってスルーした奴ではあるが。
(今の俺には、ボーナスだ)
そんな忌み嫌われる討伐対象モンスターがいる場所の名は――ヒュロイ大森林。
「いいのか? こいつが不人気な理由は……」
「知ってる。問題はない。俺には強ーい味方がいるからな」
俺はそう力強くおやっさんに言いながら、隣で可愛く首をかしげている従者を見る。
「……ふぅん。ま、やってくれるなら期待してるぜ」
「これまでされてこなかった分、討伐しまくってやるから、きっちりと報酬用意しといてくれ」
俺の目線の意味を理解したかは定かではないが、ダンディから中々に熱い言葉をいただいた。
もっとも、その期待に応えるだけの手札は既に手の中にあるから、大船に乗った気でいてもらって問題ない。
(ふっふっふ。噂に聞いたこの依頼、相手が噂通りのモンスターなら、俺はかなーり楽できる)
さらに都合のいいことに、このモンスターはさっきも大暴れだったナナの、真の実力を理解するのにもちょうどいい相手ときたもんだ。
このタイミングでは間違いなく、俺にプラスに働くミッションである。
「ナナ、この依頼の鍵を握るのはお前だ。奮戦を期待する」
「! そういうことでございましたら、このナナの、全身全霊をもって頑張ります」
やる気に満ち溢れた瞳を向けるナナを見て、俺も気合を入れ直す。
「さぁ、クエスト開始だ!」
盗賊殺しはいったん休憩。
今回はこの“めちゃくちゃ報酬が美味い依頼”を、攻略するぜ!
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