第039話 いこうよ、冒険者の宿!



 冒険者。

 その名を聞いて、どんな姿を思い描くだろうか。


 王国を襲う邪竜から姫を守り、その功績をもって姫と結ばれ次代の王になる。


 古代の遺跡に挑み、迫りくる罠やモンスターを掻い潜り、想像を絶するお宝と出会う。


 あるいは町の何でも屋として平和に過ごしながら、小さな英雄として感謝される日々を送ったり、ギルドでランクを上げ、その実力に見合った刺激的な日々を重ねたりする。


 大なり小なり、そうした冒険を重ねて身を立てる者たちをイメージするんじゃないかと思う。


 じゃあ、モノワルドにおいてはどうだろうか。

 答えは、この両開きのウェスタンな扉の向こうにある。



「そのフード付きマントは、ちゃんと《イクイップ》してるな?」


「はい。従者として、言いつけはしかと守っております。主様」



 俺の言葉に、隣に立っていたナナが見せつけるようにくるりと一回転してみせる。

 ライカンである彼女の垂れ犬耳ともふもふしっぽを隠すために与えた『フード付きマント』は、俺の目から見てもその役割をしっかりと果たしてくれていた。



「よしよし、問題なさそうだ。ナナは立派な従者だな」


「わぅん。光栄です。主様。表で主様が救世の使徒と名乗られない以上、わたくしもそれに倣うだけでございます」


「うむうむ」



 従者。そう、従者である。

 ナナには俺の巫女ではなく、従者を名乗ってもらうことにした。


 ナナ的には救世の使徒と巫女御一行であると公言してはばからないつもりだったらしいが、それはさすがにリスクが高い。



(救世の使徒と巫女って、聖典に載ってる登場人物だろ? さすがに目を付けられちまうよな)



 良い意味でも悪い意味でも、その名で目立つにはまだ早い。

 だから俺は、ナナに“今はまだその時ではない”と言い含め、納得してもらったのだ。



「ふふ。今はまだ、世を忍ぶ仮の姿……ふふふふ」


「……ふぅ」



 結果として、ナナをさらに騙す形にはなったが致し方ない。

 そもそも俺が救世の使徒だってのが彼女に話を合わせた嘘っぱちなんだから、ナナを連れ歩く限り、これからも嘘をつき続ける必要があるだろう。


 それが手を出してしまった俺の、責任なんだから。

 言い訳、考えとこ。



「よーしよし。ならあとは、とっとと店に入って依頼を受けるだけだな」



 話を戻して、ウェスタンな扉の前。


 俺がここに来た目的は、お金集めの一環。

 とある“めちゃくちゃ報酬が美味い依頼”を受けるためである。



「それじゃ行こうか」


「はい、主様」



 準備は万端。

 扉を押して、俺たちはいざ、店の中へと入っていく。


 モノワルドの冒険者たちが集う宿付き酒場。


 通称、“冒険者の宿”へ!




      ※      ※      ※




「あ? なんだぁ?」


「若い二人組、ねぇ?」


「へっ。ガキが来るところじゃねぇぞ」



 店の中に入った俺たちを出迎えたのは、なんともガラの悪い連中の値踏みする声だった。

 見渡せば昼間っから酒をかっくらい、こうして店に来た客にとりあえずガン飛ばしてくるようないかにもなゴロツキたちが、そこかしこでくだを巻いていた。



(いかにも、冒険者の宿って感じだな)



 冒険者の宿は数回利用したが、この剣呑な雰囲気は、どこの宿も変わらないだろう。

 特にガイザンは治安がいい町ではないし、その雰囲気はより色濃く出ている気がする。


 あ、今ここでソードワー〇ドとか〇&Dとか思い出した人!

 そうそうそれそれ、正解!


 知らない人はググるかTRPGプレイ動画を見ようね! 再生数を稼ぐのだ。



「こっちだぞー、ナナ」


「あ、はい。主様」



 連中からの視線や言葉はとりあえずスルーして、店の奥へと向かって歩き出す。

 そもそも彼らと絡んだところで、俺に何の得もないしな。



(……こういうガラの悪い連中がたまり場にしているのが、モノワルドの冒険者の宿)



 この世界における冒険者とは、つまり彼らのようなゴロツキを指す言葉なのだ。


 様々な理由で職にあぶれたけど盗賊やらに身を落とさないで粘ってる奴とか、一攫千金やら大出世やらのやたら大きい夢を騙っては、好き勝手やってる無法者。

 強いてそこらの町のゴロツキと違う部分を挙げるなら、一丁前に得意な装備を携えて、そいつらを懲らしめる側にいるってところくらいしかない、紙一重で社会に居場所が用意されている連中。


 そんな社会のはみ出し者たちこそが、愛しき俺の“ご同業”である。



「ガキはのんびり、おウチで過ごしてな」


「いや、こんなところに来るんだ。家なんてないんだろ」


「違いないねぇ!」


「「はっはっはっはっ!!」」



 おーおーおーおー。

 さすがに昼間から酒を飲んでべろんべろんになる連中は違うぜ。


 こっちが体格的に劣っていると見るやこの態度。

 普段の素行もおおかた想像できるってもんだ。


 だが、こちとら初心者のナナがいるんだ。

 もうちょっとこう、手心ってものが欲しいところなんだけどな。



(ま、この手の手合いは相手するだけムダだから、とっとと用事を済ませよう)


「ふふふんふーん、あるじさま~♪」



 幸いナナの方はあいつらをガン無視してるっていうか俺しか見てないっていうかだし。



「あ・る・じ・さ・ま~♪」



 ……いや、ナナさんちょっと見すぎでない?

 お目目きらっきらですね。



「ほらほら、こっちきて酒注げよ。先輩がここでの作法を教えてやるぜぇ?」


「あん? 今度は無視ですかぁ? お上品でちゅねー?」


「おら、駆けつけ一杯付き合えよ、ガキ!」


「うおっ」



 とっとと用事を済まそうと足早に店の奥を目指したのがいけなかったか、俺は通りがかった席から急に立ち上がった冒険者に、不意打ち気味に肩を掴まれた。



(おっとぉ、これはあれだな。お約束イベント、新人歓迎会だな?)

 


 ちょっとした衝突を経て友情を育み、いずれは競い合う友として互いに成長し合う。


 これは、そんなサクセスストーリーに繋がる第一歩。



「その汚らわしい腕をお離しください、無礼なお方」


(ナナぁーーーー!?!?)



 そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました。


 気がついた時にはもう、俺の肩を掴んだ冒険者の腕を、ナナが凄い力で掴み返していた。


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