第035話 いざ実験!



「あとは好きに壊すなりいたぶるなり慰み者にするなりご自由に。本日はよい取引をありがとうございました」



 そんなミッチィの言葉を最後に、俺の初めての闇オークション体験は終わりを告げた。



「………」



 不夜の町の明かりに影を深める路地裏で、俺は自分の戦利品と二人きり。

 垂れ犬耳でワンピースを着たこの美少女こそが、今日俺が手に入れた、奴隷という名の所有物だ。



「……ナナ」


「っ!」



 俺がその名を呼ぶと、獣人種ライカンの少女がビクリと身を震わせた。

 そしてもう何度だって見た、絶望に染まりハイライトの失せた瞳を俺へと向けてくる。



(うーむ。可愛い。可愛いが、なぁ)



 個人的にはこれはこれで嫌いじゃないが、やはりどこかこう、良心が疼く面もある。

 これから行なう実験の結果如何で処遇を変えるつもりでいるが、どう扱うにしても、せめて笑ってもらえるように配慮することにする。


 これはそう、実験に協力してもらったお礼ってことで。



「宿に行く。付いてきてくれ」


「……はい」



 命令を与えると『奴隷の首輪』が効力を発揮して、彼女を無理矢理に操作する。

 効果発動に条件達成を求めるエンチャントアイテムの力だと思えば、納得の威力だ。


 こんな調子で今後の人生を過ごさなきゃいけないとなれば、俺なら発狂ものである。

 奴隷になんてなるもんじゃないなと、俺は彼女を見ながら自分の肝に銘じた。



「っと、そうだ。こいつを着といてくれ」


「?」



 路地を出る前に、俺は彼女の全身をすっぽりと覆うローブを貸し与えた。


 獣人狩りなんてのが流行りの今時分、ライカンの少女に街中を堂々と歩かせるわけにもいかない。

 今後もし連れ歩くことになるなら、その辺りの対策はしっかりと取っておく必要があるだろう。



「……新しいおもちゃだと、晒し者にするのではないのですか?」


「んな物騒な真似するか」


「ひっ。申し訳、ございません……」


「あ、あー」



 しまった。

 せっかく声をかけてくれたのに、ミリエラにするみたいなストレートを返してしまった。


 まだ出会ってすぐの彼女に幼馴染のノリを持ってきてしまった。反省。



「今はあまり目立つ必要はないだろう。俺のそばを離れるなよ?」


「? ……はい」



 こんなところにいたんじゃおちおち実験もできやしないしな。


 そんなわけで、俺はナナを連れ、そそくさと自分の宿へと帰還するのだった。



「………」



 ちなみに。

 はぐれないようにと移動中、小柄な彼女の手を握っていたのだが。



「………」



 握り返しもしないでされるがままのナナの顔は、何か不思議なものでも見ているかのように、困惑した表情を浮かべていた。




      ※      ※      ※




 拠点にしている高級宿に戻った俺は、ナナを連れて自室に入った。



「ふぅー、ようやっと気が抜ける」



 初めての闇オークションは刺激がいっぱいだった。

 数々のレアアイテムに合言葉……ああ、ドバンの奴は明日しばこう。


 初めて尽くしの経験に思った以上の疲労を感じていた俺は、ナナが見ているのも気にしないで部屋のベッドにダイブした。



「ああ~~~~……」



 羽毛の感触~~~~!!

 やっぱ高級宿よ。旅に出て最初に高い店の味を知ってて本当によかったよかった。



「あ゛~~……んよし!」



 このまま寝てもいいんじゃね? と、俺の中の怠惰な心が訴えてくるが、我慢我慢。

 ようやく安全地帯まで戻ってきたんだから、目的を果たすのだ。


 即ち!



(スーパー実験ターイム!!)



 Q、『奴隷』は装備できますか?


 レアアイテムコレクターとしてチェックしておきたい問題を、ここで解決する!



「さぁて、それじゃあ奴隷のお仕事を果たしてもらうぞ、ナナ――」



 ベッドから身を起こし、ナナを見た俺の目に入ったのは。



「……ぁ」



 半脱ぎになって下着をさらす、どう見ても齢10とちょっとボディの垂れ犬耳っ娘の姿であった。



「おあー!?」


「ひっ!?」


「何してんだぁ!?」



 思わず大声を上げた俺にびくびくおどおどしながらも、半裸のロリ獣耳っ娘が質問に答える。



「ど、奴隷としての役割を、果たすためにございます……」


「えぇ、それって……」


「よ、夜伽を……」



 質問に答えながら、パサッとワンピースを脱ぎ捨てるナナ。


 って。



「答えながら脱ぐんじゃない!!」


「ひぅっ、も、申し訳ございません。着衣のままがよろしかったのですね……」


「ちっがーーーーう!」



 ワンピース姿も今の下着姿もどっちも魅力的です! でも違う!



「申し訳ございません。ベッドに寝転ばれたので、てっきり……」


「あー、あーあーあーあー……それは申し訳ない。が、そういう意図はないから安心してくれ」


「は、はい……」



 どうにかお互い落ち着いて、ナナには改めてワンピースを着てもらう。



(今のも、『奴隷の首輪』による強制力なんだろうか)



 恐るべし、エンチャントアイテム。




「俺が君を競り落としたのは、ある実験をしてみたかったからだ」


「実験、でございますか……」


「ああ」



 いい加減ちゃんと説明しないのもアレかと思い、ナナに告げる。



「奴隷って存在に対して試してみたいことがあってな。危険はまずないと思うから、協力してくれ」


「……我が主の望むがままに」



 あ、今のは強制された言葉だ。

 その証拠に何されてもいいように待機モードっぽくジッとし始めたし。


 っていうか、無抵抗のロリにあれこれするって絵面、背徳感パナイの!



(――好都合だからそのまま利用させてもらうけどな!)



 準備は万端。

 あとは実践あるのみ!



「いざ、行くぞ!」


「……!」



 手を振りかざした俺に、首輪の効果で抵抗できないナナが目を見開いて身を強張らせる。



(あ、具体的に何をするのかちゃんと言ってなかった)



 だがしかし! 俺の探求心は、止められねぇんだ!



「うおおおおお! 《イクイップ》!!」


「!?」



 ………



「………」


「…………?」


「……だよなー」



 Q、『奴隷』は装備できますか?


 A、できません。



「実験、完了……!」



 結果はやはりというか、呪文を唱えても効果はなかった。


 残念だが、奴隷はアイテムではなかったのである。




      ※      ※      ※




「あーい、おしまーい」



 俺はベッドに大の字になって背を預ける。


 大実験終了のお知らせ。

 っていうか、奴隷が装備できないとか冷静に考えれば当たり前な気がしてきた。



(1万g支払ってまで実際に確かめる必要があったのか)



 図書館とか、それこそドバンの爺さんに聞いてみりゃよかっただけなのでは?


 あー、なんか考えれば考えるほどドツボだなこりゃ。

 思考放棄思考放棄。



「あ゛あ゛~~い゛」



 今はこのふっかふかのベッドに身を預けて、今日の疲労を溶かし出したい。



「あの……」


「あー、そうだったそうだった。協力ありがとうな」



 声をかけられて、俺は蕩け落ちそうだった意識を無理矢理に引き戻す。

 どうあれ、実験に協力してもらった彼女には、その分だけは報いておきたい。



「今のが実験、だったのでしょうか? わたくしを装備なさろうとしているように思いましたが……」


「そうそう。それが気になったからキミを購入したんだよ」


「そんな……ことのため、に。でございますか?」



 呆れているのか、驚いているのか。

 微睡みかけの耳に聞こえるナナの声は、どことなくさっきまでとは違う風に聞こえた。


 ってか、ねむ。



「……センチョウさま」


「あー、悪い。明日にしてくれるか。さすがに眠くて……ああ」



 寝間着に着替えて《イクイップ》。


 っと、そうだ。装備できないならこの子が奴隷である必要もないんだったな。


 首輪は外しといてやろっと。



「《ストリップ》」


「え?」


「そんじゃ、おやすみ。あとは自由にしていいから、な……」



 あいあい、それじゃお疲れさん。



(今日はいっぱい楽しんだ。明日はもーっといっぱい楽しもうな。へけへけ)



 こうして俺は、大満足のうちにその日を終えたのですやぁ……。



 ………



 そして翌朝。



「ん、んん~~~~~よく寝たぁ!!」



 さすがの寝間着装備適性Aの力。今日も朝からバリバリ最強No.1だ。



「……っふぅ。しかし昨日は楽しかったなぁ」



 闇オークションで見た様々なレアアイテムの数々。

 いずれはあのすべてを手に入れ、俺のコレクションに加えてやると気合も入った。



「ふっふっふ、この経験を生かして俺は世界を……を?」



 不意に、ベッドのフカフカを押したはずの手が、むにゅりと柔らかなものを押した。



「……んぅ。主様ぁ」



 そこには、全裸のナナがいた。


 俺の手は、ナナの可愛いふくらみかけのお山の片方を、しっかりと揉みしだいていた。



「……は?」



 Q、事案ですか?


 A、異世界なのでセーフ。(希望的観測)



「ん、んぅ……あ。申し訳ございません、主様。従者が主よりあとに目を覚ますなど……」



 思考停止している俺に、目を覚ましたナナがゆっくりと身を起こして向き合う。



「昨夜はよくお眠りでしたね。わたくしの耳を何度も撫でてくださりありがとうございます」


「……うん。いや、ちょっと待ってくれ」



 ちょっと事態が呑み込めない。


 俺は改めてナナを見……おっと、肌色のところは見ない肌色のところは見ない。



「……主様。お話ししたいことがございます」



 中々確かめたい部分を確かめられないでいる俺に、ナナが改まってベッドの上で向き直る。


 見れば彼女はしっかりと正座をし、俺に向かってゆっくりと頭を下げた。



「わたくしナナは、これよりは巫女として、救世の使徒であるセンチョウ様に生涯の忠誠を誓いたく思います」



 その様は、それはそれは綺麗な臣下の礼であり。



「病める時も健やかなる時も、おはようからおやすみまで、あなた様を唯一の主とし、誠心誠意ご奉仕することを誓います」



 その様は、それはそれは見事な全裸土下座であった。



「お望みとあればこの身命を捧げることにためらいはなく、無上の喜びとして役目を果たしましょう……」



 そう言って顔を上げたナナの表情は、昨日あれだけ絶望色に染まっていたのに、今は一切の迷いなくキラキラと瞳を輝かせていて、頬も赤らみ、口元にははにかむ笑みを浮かべていた。

 彼女の犬耳はパタパタとせわしなく動き、尻尾は左右に艶めかしく揺れている。



「わたくしは、これよりはずっと……主様のおそばに寄り添いたく思います」



 一言でいえば、ナナは恍惚に染まり切っていた。

 夢見る乙女だとか、そんな言葉では表しきれないくらいなんかこう、すごい顔だった。



(そ、そう来たか~~~~!!)



 そこでようやく確認できた彼女の首元には、やはり『奴隷の首輪』はなく。


 つまりはこれが、ナナが素の状態でやっているのだという何よりの証拠というわけで。



「……Oh」



 拝啓、ゴルドバの爺さん。

 可愛い垂れ犬耳の少女奴隷を開放したら、翌朝ガチ目に生涯の忠誠を誓われました。


 そんで、質問なんですが。


 救世の使徒って、なんですか?


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