第034話 強制装備魔法《エンチャント》!
「ここだ」
「ん」
ライカン兄貴の案内を受けて通されたのは、オークション会場を出てすぐのところにある個室のひとつだった。
ここに案内された理由は言わずもがな。
オークションで競り勝った品……ライカンの垂れ犬耳美少女奴隷を受け取るためである。
華美な装飾で彩られていたオークション会場とは打って変わって、地下らしいじめっとした空気を感じる石壁の部屋の中では、ミッチィと、俺が競り勝った件の垂れ犬耳っ娘が待っていた。
オークション会場で服ビリされた彼女は、今はシンプルなデザインのワンピースを着せられていた。
(おお。尻尾が見えてるってことはそのワンピちゃんとライカン用なんだな)
いい仕事するな、と視線を送ったら、ミッチィもにやりと口元に笑みを作る。
俺、この人嫌いじゃないよ。やべぇ人なのは間違いないけど。
「んっふっふ、いらっしゃいませお客様。良いお買い物をなさいましたね」
「………」
ニッコリ笑顔で心にもない言葉を話すミッチィと、その隣で目のハイライトを消してうなだれている垂れ犬耳っ娘。
いかにも裏社会での明暗分かれたやり取りっぽさのある場面に、俺も闇に生きる人スイッチを入れて対応する。
「世辞はいい。とっとと手続きを済ませよう」
「望むところにございますよぉ」
テーブルを挟んで向かい合って椅子に腰かければ、目の前でさっそくテキパキと書類を仕上げていくミッチィ。
こんなところでつまらない真似はしないだろうと彼から視線を外し、俺はこれから自分の物になる予定の垂れ犬耳っ娘の方へと目を向けた。
そういえば、名前をまだ知らない。
「……名前を教えてくれるか?」
「!?」
急に俺から声をかけられ、垂れ犬耳っ娘がびくりと背筋を震わせ顔を上げる。
目が合うと、特にこちらが威嚇しているわけでもないのに怯え、戸惑い、胸のところでぎゅっと拳を握って身を震わせる。
質問には、答えてくれなかった。
「ああ、そうだ。お客様、お金の方は――」
「はい」
「即金ですかっ? んんんん! 話が早くて助かりますねぇ!」
ノールックでミッチィに1万gを取り分けた金袋を渡しつつ、俺は垂れ犬耳っ娘を見つめ続ける。
「………」
「………」
改めて上から下まで観察してみるが、可愛い。
垂れ犬耳はもちろん、尻尾のモフモフも中々のものだ。
こんな可愛い女の子を汚らわしいだのと忌み嫌う、そいつらの感性の方を疑うね、俺は。
「……ナナでございます」
「え?」
「………」
不意に口を開いた垂れ犬耳っ娘に思わず情けない返事をしたが、再び彼女は口をつぐんだ。
言葉を思い返してみれば、なるほど名乗ってくれたんだと理解する。
(ナナ、ナナか……なるほどな)
モフモフ獣っ娘ってこういう同じ音を繰り返す名前の子が多いよな。ミミとかククとか。
それにしても“ございます”とは、教育が行き届いている感じだ。
ここで仕込まれたのか、はたまた元々育ちが良かったのか。
実験の後にでも聞いてみよう。
(『奴隷』は装備できるのかどうか。それを確認するための彼女だからな!)
ふふふ、今から楽しみだ。
「ひっ……」
「おやおや、今からどう可愛がるかを考えていらっしゃるようで。本当に良いご趣味ですねぇ」
「いや、そこまで可愛がるかどうかは考えてないが?」
実験結果次第じゃそのままリリースだしな。
「……!」
「……おお、怖い怖い」
何やら意味深に頷いて、ミッチィが書き終えた書類を俺へと差し出す。
サインを書く場所を示されれば、一通り書面に目を通した俺は、迷うことなく筆を走らせた。
「これで彼女は俺の物か?」
「いいえ、あとひと手間ございますよ」
そう言ってミッチィはナナに目を向けると、中指でちょいちょいと彼女を手招きする。
すると事前に合図の内容を説明されていたのか、彼女はミッチィではなく俺の前へと移動した。
手を伸ばせば届く距離にモフモフがやってきて、俺はより近くなった彼女の顔をじっと観察する。
やはりというか変わらず絶望に染まっちゃっててまぁ。
さすがにちょっと気の毒になってきたな。
「最後は、彼女の首に取り付けてある『奴隷の首輪』へ《エンチャント》してください。条件はもう整っておりますので」
「エンチャント?」
何とかこの子を明るくしてやれないものかと考えていたところで、俺は聞き慣れない単語を耳にした。
いや、プレイしてきたゲーム的に知らないわけじゃないが、このタイミングで? って感じだ。
「……おや、ご存じないですか? でしたらご説明させていただきましょう」
俺が疑問符を浮かべているのに気がついて、ミッチィが親切にも説明してくれる。
「《エンチャント》は、他者に強制的にアイテムを装備させる魔法なんですよ」
「……へぇ!」
エンチャント!!
前世じゃ付与魔法って意味合いでよく使われていたその言葉は、モノワルドでは似て非なる効果を発揮する魔法の言葉として存在していたのだった。
※ ※ ※
知らん知識は聞けるときに聞け。
ということで、俺はミッチィに《エンチャント》についての詳しい説明をお願いした。
「《エンチャント》は《イクイップ》に類する装備魔法として知られている魔法でして、主に私たちのような契約を取り扱う職責の者や……そうですねぇ、財宝教などの司祭クラス以上の者がよく利用しています」
「ふむふむ」
「アイテムの中には《エンチャント》で他者に装備“させる”ことで効果を発揮する物……エンチャントアイテムという物があり、アイテムごとに決められた条件を満たすことで《エンチャント》が可能になり、その力を振るうのです」
そう言うミッチィが視線を向けるのは、ナナの首に取り付けられたパンクな黒い鉄首輪。
レアリティHRのアイテム、『奴隷の首輪』だ。
「たとえば『奴隷の首輪』であれば、装着者と主従関係を結ぶ旨を記した契約書を作成することで、主となる者が《エンチャント》を唱えられるようになります」
「なるほど」
装備する魔法と装備解除する魔法があるなら、当然、装備させる魔法もあるわけだ。
一般的に使われる《イクイップ》と、神様チートの《ストリップ》、そして条件整えてから使うのがこの《エンチャント》。
このいかにもバランス調整されてそうな感じ、ゴルドバ爺のデザインセンスを感じるぜ。
「世間的に有名なのはやはりこの『奴隷の首輪』と、財宝教の神罰代行が使う『咎人の腕輪』になるのでしょうねぇ。おかげで一般的にエンチャントアイテムにはいい印象がなく、あまり話題に上りません。なのでお客様のように知らないまま過ごしていらっしゃる方がいるわけですね」
「なるほどなぁ」
「まぁー……ここに来るような方でその手の話に疎いというのは中々に珍しいですがねぇ?」
「……んんっ!」
ポーカーフェイス、オン!
探られるような視線に仮面装備の力を借りて抵抗する。
っぶねぇ。心を開き過ぎてた。
必要なことは聞けたと思うし、あれこれ詮索される前にとっとと話を進めてしまおう。
「……つまり、先ほどの書類を書いたことで条件は達成され、ナナの首に取り付けてある『奴隷の首輪』に《エンチャント》できるようになった、と」
「その通りにございます!」
待ってましたとばかりにミッチィが手を叩き、席を立つ。
それからナナの背後へと回れば彼女の背中を押し、俺の手が『奴隷の首輪』に届くところまで距離を詰めさせた。
どうやら話を進めたいのは向こうも同じだったらしい。
なら、こっちもそれに応えよう。
「………」
(いよいよこの世の終わりみたいな顔をしてるなぁ)
覚悟はすれども嫌なものは嫌。助けてください。
そんな気持ちがとてもよくわかる蒼白い顔のナナに、けれど今は何もしない。
(何か手を尽くしてやるにしても、それは俺の物にしてからだ)
そうでなければ場が収まらないし、何より今は、彼女に対して実験がしたい。
っていうかぶっちゃけ、《エンチャント》してみたい。したくない?
準備はいいかい? 俺はできてる。
(クックック。これも、俺という存在に出会った不幸だと思って諦めてくれ)
はぁー、コラテラルコラテラル。
「……ふぅ」
一呼吸置いてから、俺はナナの『奴隷の首輪』へ手を向ける。
そして、一切の躊躇なく、その言葉を口にした。
「《エンチャント》」
「!? ぁ、ぅぅんっ!」
瞬間、鉄首輪がぽぉっと薄緑色の光を放ち、熱を出したのか少女の体を震わせる。
それは《イクイップ》をしたときと同じように、すんなりと心で理解できた。
(彼女に装備させた『奴隷の首輪』が、“コレ”はあなたの物です。と、俺に言っている)
得られた実感に、俺がゆっくりとかざした手を引けば。
「契約完了です。これで彼女は、あなたの物ですよ」
そんなミッチィの言葉も加わり、この場の全員がその結末を見届ける。
「……これよりわたくし、ナナは。センチョウ・クズリュウさまの、あなたさまの奴隷として、生涯を、捧げます」
『奴隷の首輪』の力で言わされているのだろう、彼女の誓いの言葉をもって、契約は果たされた。
こうして俺は、前世はもちろん今世でも初の、リアル奴隷を手に入れたのだった。
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