第033話 俺、落札する!



「……ひぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」


「おお……!」



 服を裂かれ、顔を真っ赤にして叫ぶ少女。


 実にいい物だと思ったんだが、そう思えたのはどうやらこの場で俺一人だけだったらしい。



「うわぁ、やめやめろ! 俺はそんなの見て喜ぶ変態じゃないぞ!」


「それはサービスじゃねぇ! 罰ゲームだ!!」


「ふざけんなミッチィ! どうせならエルフの姉ちゃんの服を破け!」


「あなたが脱いでもいいのよ! ミッチィ!」



 喜ぶどころか非難轟々。

 今度はミッチィに口撃が集中すれば、彼も慌てて少女に布をかけて露出を抑え、事態の収束を図る。



(……ミッチィ。俺だけはお前の頑張りを認めているぜ)



 混沌とするオークション会場でただ一人、俺だけはミッチィを温かい目で見守っている。



(少女奴隷の服ビリシチュ、心のスチルにしっかり保管させてもらったからな!)



 っていうか、見世物じゃねぇと客がキレてるのを見て、それはそれで犬耳少女がショック受けてるな。

 完全な脱ぎ損だもんなぁ。かわいそうに。



 あ、目が合った。

 あ、逸らされた。



 そうこうしているうちに、オークションの時間がやってきた。




      ※      ※      ※




「……えー、こほん! ではライカンの少女奴隷! 最初は5……いえ、1万ゴルから始めます!」



 埒が明かないと判断してか、ミッチィが安値を付けて競りを始めた。

 この場で何としてでも売り抜きたい思いが透けて見えるのは、売る側もこれがヤバい品だと十分に分かっているからだろう。



「1万g! 1万gですよ! どなたかいらっしゃいませんか!?」



 これまで取り扱われたSR以上のアイテムに比べて、あまりにも安い値段設定。

 それほどまでにモノワルドでは命の値段が安く、もっと言えば、彼女たちライカンは今ことさらに安いのだ。


 ちらっと後ろを見れば、ライカン兄貴が何とも言えない顔でステージを見守っていた。



「お前買うか?」


「冗談はよせって」


「いじめるにしても、ライカンは装備なしでも強い身体能力があるのでしょう? 万が一にも逆襲されるのが怖いわよねぇ?」


「ええ、ええ。野蛮ですわ。それに、屋敷を獣臭くされては困りますわぁ」



 それでも、彼女に買い手はつかない。

 誰も彼もが彼女を好き勝手に値踏みしながら、金を払う価値などないと言っている。



「………」



 少女はぎゅっと被った布を握り、震え続けている。


 ここで売れ残ったら、その命に価値がないと切り捨てられたらどうなるのか。

 そも買い取られたとして、その先に光などあるのだろうか。


 きっと、そんな風なことを考えているのだろう。

 時折辺りを見回す少女の表情は、今まさに死んでしまいそうなくらい絶望に染まっていた。




「……1万g! 1万gですよ! どなかたいらっしゃいませんか!? はぁ……だからこんなの扱いたくなかったんですよぉ」



 誰も手を上げないまま数分が経ち、ついにミッチィが音を上げる。

 彼からの叱責の視線を受けて、少女はますます縮こまり、怖れに震え上がった。



 ……どうやら本当に、誰一人として手を上げる気はないみたいだな?


 なら、遠慮はいらないな!!




「はい!」


「え?」


「1万g!!」




 俺は元気よく声を張りながら、番号棒を持ち上げた。

 ミッチィがめっちゃいい笑顔を向けてきて、その隣の少女もびくりと震えながらこちらを見た。



 彼女の薄紫色の瞳と、再び目が合う。

 じっとこっちを値踏みし返すような、そして祈りと哀願が目一杯に込められた視線が、俺に向けられていた。


 俺はそんな彼女に満面の笑みで応えて、もう一度声を張り上げる。



「1万g!!」


「はい! 1万g出ました! それ以上はありませんね? あなたも心変わりないですね!?」



 オークションは番号棒上げたら最後なのに確認されてしまった。



「ありません!」



 でもせっかくだから、はっきりと答えてやる。

 ミッチィがすっごいいい笑顔を浮かべて、ハンマーを振り下ろす。


 木と木がはじける乾いた音が、会場に響き渡った。



「ではこちらのライカンの少女奴隷! 1万gで落札です!!」


「「………」」



 落札確定の拍手は、前の商品たちとは比べ物にならないくらい、小さかった。



「……あんた、マジで買うのか?」



 隣の男性にまで、心配されるように尋ねられる。



「もちろん!」



 だが俺には、何の後悔もない。


 なぜならば!



(もしも奴隷を《イクイップ》できるなら、その効果は絶対に確かめておきたいからな!!)



 ここで奴隷の存在を知ったその瞬間から、ずっと考えていた可能性。

 俺はそんな夢みたいなことを確かめたくて確かめたくて、ワクワクしていたからだ。


 それに理由はひとつじゃない。



「あの子、とっても可愛いだろ?」


「えぇ……」



 ドン引きされてしまったが、それだって後悔はない。

 俺にライカンの見た目への忌避感はないし、外を出歩かせるのだって手はいくらでもある。



(俺自身が強いんだ。女の子の奴隷一人扱えなくてレアアイテムコンプなんて夢のまた夢よ!)



 まぁ、それもこれも、奴隷が《イクイップ》できればの話だがな!

 ダメだったときは、どっかにあるだろうライカンの領分まで連れてって放流すればよし!


 キャッチ&リリース。

 そんな一時の連れ立ちって意味でも、そばに可憐な花があるのは悪い気はしない。



「ありがとう! ありがとう! 売れた! 売れた! こっちで手続きしますので、どうぞ!」



 喜ぶミッチィに手を振ってから、俺に怯えた視線を向ける垂れ犬耳少女へ向き直り、改めて笑顔を作る。

 彼女どれいを装備したときに起こる科学反応に、今から期待が止まらない。



「……だいじょーぶだいじょーぶ。悪いようにはしない。本当さ……っと、じゅるり」



 おっと、いけないいけない。あんまり興奮しすぎてよだれが出た。

 ふきふき。フフフ。



「ひっ……」



 ざわついていたオークション会場が、再び静寂に包まれていた。

 そしてどういうわけか、さっきまで見るのも忌避していた客たちが、ステージ奥へと連れていかれるライカンの少女へと目を向けていて。



「いや、競り落としたのは俺だからな? 今さら競おうとかはなしだぞ?」



 今更惜しみだしたかと、ちょっと危機感を感じてそう言えば。



「「いい夜を!!!!」」



 これまたどういうわけだか、客たちの息の合った掛け声で見送られてしまうのだった。


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