第026話 自由なる、旅立ち!



「セーン!」


「あーい。今行くー」



 すっかり落ち着いた大人の女性になったリザに呼ばれて、俺は数年過ごした一人部屋を出る。

 次に使う奴のためにいくつかの家財道具を残して、他の荷は全部、リュックに入れた。


 今日は、成人した俺の出発の日だ。



「セン。あなたの行く道に善き輝きと出会いがありますように」


「ありがとさん。マザー」


「こらっ! 最後くらいちゃんと敬語を使いなさい!」


「あいあいリザさん。……お世話になりました。ありがとうございます、マザー・マドレーヌ」


「えぇ、えぇ……あなたも、ミリエラも。立派に育ってくれましたね」


「はい、マザー」



 旅立つ俺の隣には、ミリエラがいる。



「ありがとうございます。マザーも、お体には気を付けて」


「ウフフ。仲良くするのですよ?」


「はいっ、もちろんです!」



 マザーの言葉にミリエラは迷いなく俺の腕を掴んで、笑みを浮かべる。


 結局成人するまでミリエラに心変わりはなく、彼女はずっと俺のそばにくっついていた。

 超絶美少女に成長した彼女に言い寄られ続ける日々は、魅了対策できずにいたら、きっと今頃骨抜きにされていたに違いない。



(だが、俺は耐えた。今日まで耐え抜いた!!)



 ここからは自由だ。

 俺の目的はもちろんアイテムコンプリート!

 そのためにどういう道筋を辿るかの見当もしっかりつけてきた。


 ミリエラは俺の夢を応援してくれると言っていた。

 現に今もこうやって、俺の旅についてくる気満々の様子だ。

 彼女の魅了能力と数多の装備適性の力を借りれれば、俺の行く道の大きな助けになってくれること請け合いである。


 それに――。



(それに、そういう関係になるって意味でも、彼女は最高、だしな)



 大人になるまで我慢した。

 俺自身、彼女に対して好意がある。嬉しいことに両思いだ。恋人だし。



(ハーフサキュバス美少女とのイチャイチャ道中……控えめに言っても最高最上だろ!)



 こんな俺の下心だって、彼女は受け止めてくれる。

 アイテムでしっかり対策して、節度を守りながら最高にイチャイチャしまくる!


 我が覇道に、美しき花あり!




「それじゃそろそろ行こっか、セン君!」


「ああ、出発だ」



 こうして俺たちは、世話になった孤児院から旅立つ。

 ここからはもう、俺を守ってくれる家はない。自分の力が頼りの人生だ。


 だがこの俺に、センチョウに不安はまったくない。

 神のチートがあり、心強い仲間があり、そして今日まで繰り返した修練の日々が俺を鼓舞する。



「ミリエラ。今日から俺は、センチョウ・クズリュウを名乗る」


「あ、苗字! それじゃあわたしも、ミリエラ・クズリュウって名乗っていいかしら?」


「えっ」


「えっ」



 えっ?



「……ダメ?」


「いや、ダメじゃない」



 モノワルドの苗字は自称できるし、別姓やら同姓やらに意味が出るのはそれこそお貴族様の領分と……夫婦間くらいのものだ。

 ギャング的なファミリーネームとして、気軽に名乗ったっていいものだから問題はない、はず。



「ダメじゃない。俺たちは、クズリュウファミリーだ」


「うん! 旗揚げだぜ、親分! なんちゃって?」


「おう!」



 どうやらミリエラもそういう意味で言ってくれたみたいだし、無問題だな!

 いやまぁ、いざってときは覚悟してるさ。いざってときは。



「それじゃセン君、最初はパルパラに寄るんだよね」


「ああ。カレーンにも挨拶しときたいしな」


「うんうん。それじゃ行こうー!」



 青い空、白い雲。

 町へと続く道を俺とミリエラ、二人で歩く。

 他の旅人一行と比べれば、ぴったりべったり、仲間以上の距離の近さで。


 恵まれた旅立ちに、世界が祝福してくれている。


 俺のアイテムコンプリートは、ここから始まる!




      ※      ※      ※




 一週間ほどの記憶が、ない。



「ん、んぅ……」


「………」



 意識を取り戻した俺がいたのは、どこぞの幅広でいかにも高級なベッドの上。

 そしてその隣では、裸のミリエラが幸せそうに眠っている。


 床に散らばる空のポーションの瓶。乱雑に脱ぎ捨てられた色とりどりの衣服。



「……えーっと」



 とりあえず、覚えている状況を思い出そうと頭を捻り、記憶を探れば。



「……そう、確かここはパルパラの高級ホテル。カレーンに挨拶しに行ったあと、何事も経験だからってミリエラと一緒に入って……」




 成人して、旅に出て初めての外泊。


 チェックインはミリエラに任せて、俺は代金だけ先払いした。

 それなりの値段はしたが、そこは都市長さんが餞別代わりにくれたあの時の謝礼金(俺が見つけたからノルドが逃げたことになった)があったから問題はなかった。


 そして。



「セン君セン君。お風呂よかったねぇ」


「マジで最高だったな」


「混浴じゃなかったのは惜しかったかなー」


「やめろ。お前が混浴とかテロ行為だ」



 こんな風に軽口を叩きながらベッドに腰かけて、そう、あの時はぽかぽかが気持ちよくて。



「それでね、セン君」


「うん?」



 気がつけば、ミリエラが自分のベッドではなく俺の隣にやってきていて。



「……今なら、指輪は装備できないよね?」


「え?」



 そう。

 あの時、『財宝図鑑』は絶妙に《イクイップ》できないくらい俺の手から遠い場所に置いてあった。

 それはつまり、宝物庫が使えない……イコール、中の装備を取り出せないということで。



「ずっと、ずっと準備してきたの。この瞬間を……」


「あ」



 気づいた時には、詰んでいた。



「約束、果たそうね。セン君」



 目にハート、言葉の端々にもハートを飛ばしながら、ミリエラが俺を押し倒す。

 はだけたバスローブの下には、いつ手に入れたのか高級そうな、そしてめちゃくちゃにエッチなデザインの下着を身に着けて。


 ミリエラが本気なのだと理解した時にはもう、俺に逃げ場はなかった。



「……す、《ストんぐっ!」


「ん、んっ、んんぅ……ぷぁっ、えへへ。残念でした」


「な、あ……ぁっ」



 唇を奪われて、何かを飲まされた。

 そこで俺の意識はぐんにゃりとし始めて。あとは……理性がほどけて……。




「……Oh」



 こうなった。


 一週間。

 この部屋から一歩も出ることなく、俺はミリエラと――。



「えへへ。おはよ、セン君」


「あっ! ミリエラ!?」



 目を覚ましたミリエラが、うつぶせのまま上目遣いで俺を見ていた。



「……しちゃったねぇ?」


「!?」



 一気に顔が熱くなる。


 言われた瞬間に蘇る、この一週間で俺が彼女としたこと全部。

 甘く、そして激しく……それこそ獣のように彼女を求めて、記憶の中の俺は猛り盛っていた。



「セン君。自分から好き勝手やるのが好きなんだねー? お薬使ったり服で攻めたり、最初こそわたしのペースだったけど、どんどん主導権奪われちゃった」


「う、ぐ……」


「それに、最後は一枚一枚わたしの装備を外して裸にして……ドキドキしちゃったなー?」


「勘弁してくれぇ」



 冷静になったところで赤裸々に語られるとクるものがある。

 勘弁してくれと顔を覆ったら、ミリエラが「あはは」と笑う声がした。



「……うん。でもこれで、約束は達成したかな」


「これ以上ないくらいに搾り取っただろ」


「えへへ。セン君にとって、絶対忘れられない思い出にして欲しかったから」



 シーツで大事なところを隠しながら、ミリエラがゆっくりと身を起こす。

 改めて見ても、成人した彼女の体は最高に綺麗で、魅力的で。


 俺を見つめる瞳は潤んでいて、けれど口元には確かな自信を窺わせる笑みをたたえて。



(……っておい! 鎮まれ! さすがに節操なさすぎる!!)



 そんな彼女をものにしたのが自分だと思うと、ご覧の有り様である。



「……する?」


「しません!」


「ざんねーん」



 そもそもお互い体力切れだっつーの。



「まったく……」


「ふふ、でもこれで、セン君の初めての人になったから……」



 その直後だった。




「それじゃあわたし、セン君とお別れするね」



「え?」



「町デビューした日。最初にカレーンちゃんの家にお泊りしたとき、セン君が命の危機だったのに気づかないどころか何もできなかったの、悔しくて」



「え?」



「だから、もっともーっとセン君の役に立つ存在になって戻ってくるから、楽しみにしててね!」



「え?」




 かくしてミリエラは、俺のもとを離れ、一人旅立っていった。


 それはそれは、夢と希望に満ちた笑顔を浮かべての出発だった。



「……やり逃げダイナミック!?!?」




 バッドエンドは回避出来た。うん。だが。



「どうしてこうなった???」



 俺の本格的な大冒険は、物の見事にソロスタートとなったのであった。


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