第024話 プロフェッショナル・スパイの流儀~そして解決へ!~



 俺の自己保身満載の要求は、無事ノルドの承諾を得た。



「要求は、それだけか?」



 俺を警戒してかゆっくりとした動作で起き上がると、彼女は月明かり差す窓を背にして影を作る。

 表情を気取られないための工夫なのは理解したが、成熟した女性のスレンダーな体が月の光を浴びる様は、なかなかに煽情的だった。


 もちろんこれも心のアルバムに保存した。

 あと数年したら思い出して活用します。



「しかし7年、か」


「ん?」


「いや……これで、私は見逃してもらえるということで、いいのだな?」


「それはもちろん」



 ここでもっと装備を剥いでしまうことも考えはしたが、いよいよ全裸じゃ逃げようにも逃げられないと思うし、彼女が捕まってしまったらせっかくのメッセンジャーにもなってくれない。



(これまで情報を奪われてきた都市長や利用されたカレーンには悪いと思うが、あくまで俺の未来を優先する)



 ただし奪ったメイド服は返さない。絶対にだ。

 初めての死線を潜り抜けた俺の思い出の品として、大切に保管しておく。



「……ひとつ、聞きたい」



 後ろ手で窓に何か細工をしながら、ノルドが暇のついでにと口を開いた。



「少年。キミは本当にカレーンお嬢様と同じ8才なのか?」


「もちろん。ぴっちぴちの8才児だぜ」


「フッ」



 鼻で笑われた。

 まぁ、疑いの視線を向けられるのも分かるけどな!



「まったく、末恐ろしい子供がいたものだ」


「俺より怖い子、知ってるよ」



 あ、目が点になった。



「……ははっ。これ以上の冗談は勘弁してくれ。心臓がもたない」


「ははは」



 ミリエラの装備適性を聞いたらどんな顔するか、ちょっと見てみたかったが黙っておいた。




 カチャリ、とノルドの背後で音がしたのを合図に、雑談タイムも終わりを告げる。



「さて、それじゃあここでお別れだ。見逃してくれることに感謝する」


「俺には俺の都合があるだけだから、大丈夫」


「……本当に、賢い子だ。祖国のためにここで身命賭しても潰す力が私にないことが、これほどまでに恐ろしいとは」


「………」



 こっっっっっっっわ!!!



「早く帰ってください」


「ははっ、いまさら人の子供のような態度をとっても遅い。絶対に忘れはしないぞ、その脅威」


「監視してるのに気づいたら、マジで怒るからな?」


「おお怖い。ならばこれを担保に私だけでも命乞いさせてもらおう」


「命乞いって何を……!?」



 次の瞬間、俺の顔面に薄緑の布がふわりと飛んできた。


 ノルドのパンツだった。



「ばっ……!?」



 《ストリップ》ではそれをどうすることもできない。

 俺は相手からの不意打ちを警戒し、視界を取り戻すために即座にパンツを掴む。


 だから、気づくのが遅れた。



「セン君?」


「あ」



 声がした方を見れば、そこには可愛い寝間着姿の、ミリエラがいた。

 彼女はフルフルと震えながらゆっくりと口元に手を添え、――次の瞬間。



「せ、セン君が大人のお姉さんを脱がしてねんごろしてるーーーーーーー!!!???」


「し、してねーーーーーー!!!」



 あんまりな叫びに、俺も全力でツッコミを入れていた。



「うわーーーー! セン君のドーテーがどこの馬の骨かわからない人に奪われたーーーー!!」


「奪われてねぇぇ!!! あんたも否定……って、いねぇぇぇぇ!!」


「やり逃げダイナミックされたーーーー!!」



 気づけば窓は開いていて、ノルドの姿はどこにもなかった。

 間違いなく全裸だったにもかかわらず、見事な逃げの妙技だった。


 とりあえずパンツは保管庫に片づけておく。



「セン君がいつも持ってた本が光って飛んでったから、何かあったと思って探してたのに……こんな、こんなの寝取られだよーーーー!!」


「でぇぇぇい! とりあえずお前は口をふさげミリエラーー!!」



 気づけば俺たちの騒ぎを聞きつけ続々と人が集まってきて、廊下は大混乱。

 おまけに、足元に機密資料が散らばってるもんだから、余計に騒ぎは大きくなって。



「いったい何が起こったんだね!?」


「あらあら、まぁまぁ!」



 気づけば都市長夫婦も目を覚まし、騒ぎはついに最高潮。

 ってやっべ。指輪隠せ隠せ!



「セン君のバカー! わたしのバカー!!」


「この資料、町の機密文書じゃないか!! これはどういう……!」


「ああ! 旦那様、奥様! 大窓のカギが壊されています!」


「なんですって! センチョウ君、何かご存じかしら?」



 夜中もいい時間に巻き起こる大騒動の渦中にいる俺。

 現場にいた人間として注目を浴びながら、ミリエラに背中をポカポカと叩かれ続ける。



(……ああ、なんかドッと疲れた)



 冷静に考えて、死線を潜ったあとなんだから、今晩くらいはもうそっとしておいて欲しい。

 そう、明日に命が繋がった今くらいは。



「セン君! 大人になったらセン君の初めて絶対に頂戴ね! すぐにね!」


「すまないが詳しく話を聞かせてくれんかね、センチョウ君」


「ノルドの姿がないの。もしかして……そういうことなのかしら、センチョウ君?」


「……もう寝たい」



 こうして、センチョウとして歩み始めた第二の人生その子供時代において、とてつもなく濃い一日が終わりを告げる。

 結果だけ見れば『財宝図鑑』の解放と『ゴルドバの神帯』の本領発揮に加え、魅了対策をゲットした最高の一日ではあったが、それ以上にピンチの連続で疲労感が半端ない日だった。



「ところでセンチョウ君。私の交渉道具が見当たらないのだが何か心当たりは……」


「ノルドです」


「やはりか! くぅ、また買い揃えなければならんな」


「………」



 俺の勇者行為は、幸いなことにもっと怪しい奴がいたおかげでバレることはなかった。

 これもコラテラルコラテラル。恨まないでくれよスパイさん。


 とっとと寝よ寝よ。



「――ハックション!」


「大丈夫ですか?」


「ん。ああ、大丈夫だ。それよりも早く祖国へ戻るぞ。報告すべきことが多すぎる」


「ハッ!」


「……少年。7年であれば平和は保証する。なぜなら、我らが姫が成人するまで、あと7年なのだからな」




 ……ちなみに。



「すぴょぴょぴょぴょ……」



 カレーンはこの騒動の中でもまったく起きずに寝息を立て続け。



「まぁ、そういうこともありますわね」



 泣くかと思っていたノルドの裏切りについて知っても、思った以上にシビアな反応を返した。


 こりゃあ、将来大物になるな。


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