第019話 迫る危機!悪党は一人とは限らない?
「……ふぅ。正直、かなりヤバかったな」
日常的にミリエラから受けていたラブコールも相当だが、このほんのわずかな時間の攻防は、俺の心の深い所まで刻みつけられただろう。
具体的には背中に押しつけられた柔らかい奴の感触とか。
(まぁ、それはそれとして。とっとと目的を果たして撤退だ)
俺はさっきのやり取りを思い出フォルダにしっかりとセーブしてから、改めて箱に手を伸ばす。
夫人が都市長に引っついてくれたおかげで、今度は楽に取ることができた。
「……へっへっへ。ビンゴぉ」
箱の中身は予想通り、都市長が指に嵌めていた指輪が綺麗に並べられていた。
その中から迷うことなく、紫色の石が填められた指輪を取ろうとして、ピタリと手を止める。
(……これ、全部持ってってもいいんじゃね?)
だって、ひとつだろうがそれ以上だろうが、勇者行為は勇者行為だ。
どうせなくなった事実には気づかれるんだから、全部取った方がお得に違いない。
(それに魅了対策の指輪だけを奪う、なんて。動機を疑われると足がつきかねないしな)
ここは少しでも情報のかく乱が必要だと判断し、俺はすべての指輪を根こそぎゲットする。
最低でもR以上は確定しているこれらの品々は、今後間違いなく俺の力になるだろう。
「……ククッ」
俺は青の石の指輪と紫の石の指輪を指に嵌め、一人ニヤニヤする。
これは決して目的の品に加えてSR装備ゲットだぜ! と喜んでいるわけではない。
俺の偉大なるアイテムコンプの道が遂に始まったことを、そのためにここまでのリスクを負って手に入れたその努力をこそSR装備ゲットだぜやっほぅー!
(さぁ、手に入れたからにはとんずらだ!)
空の箱をベッドの下に転がし、俺は来た時以上に慎重な足取りで都市長夫妻の部屋を出る。
再び道行く見回りメイドさんの目を盗み、廊下をコソコソ移動してカレーンたちのいる寝室へと……。
「なっ……!?」
「っと!?」
やべっ!
角を曲がったところで誰かとぶつかった!!
「……あなたは」
「うっ」
ぶつかった相手は、あろうことかカレーンを探して喉をからすまで声を張っていたメイドさん。
名前は確か、ノルド。
「こんな夜更けに、どうしてあなたが?」
「あ、いえ……その、トイレに……」
「へぇ、トイレ」
こちらを見下ろす視線が、少々キツい。
子供に対して、それもカレーンの恩人に対して向けるような目線じゃなくて、ブルリと背筋が震える。
明らかに、疑われている。
「トイレの場所は夕刻にお教えしましたよね? こちらとはほぼ真逆ですが」
「それは、その、暗くて……」
自分でも苦しい言い訳だと思うが、どうにか通れ! 通ってくれ!!
「……なるほど。そうでございましたか。でしたら私がご案内します。こちらですよ」
不審には思われたが、かといって子供が何かをするとも思えない。
そんな感じの反応を見せ、ノルドさんが俺に背を向けた。
「あ、ありがとう、ございます……」
俺はそんな彼女に怖々とお礼の言葉を告げながら。
(おおおおっし! 助かったぁぁぁ!!)
内心でガッツポーズをしていた。
「あまり、夜の屋敷をうろついてはいけませんよ。子供であってもここは政治に携わる者の家の中なのですから、疑いをかけられるのが常なのです」
「は、はい。気を付けます」
注意を受けて、これでおしまい。
あとはトイレに連れて行ってもらって、寝室に戻ってミッションコンプリートだ。
(ほっ。マジでやばかった。生きた心地がしなかった。まさか見回りメイドが複数人いたなんて……)
最初に躱したメイドさんが囮で、こっちが本命の見回りだったりするんだろうか。それを考えるくらいにはノルドさんに気配がなかった。
それともたまたま彼女には用事があって、鉢合わせになったとか。
ほら、よく見てみれば彼女の手には結構な量の書類が抱えられているし。
「………」
とある人物の、小さな愚痴を思い出した。
「……《イクイップ》」
まぁ、思いついても正直こういうのはスルーするのが大正解なんじゃないかと、俺は思う。
「ノルドさん」
「なんですか?」
これはあくまで自己保身。安全を確信するための、確認作業だ。
「その。その書類って、都市長さんたちが寝ているあいだに持ち出してもいい物なんですか?」
「……ええ、これは。ご主人様の指示で持ち出している物ですから」
「あ、そうなんですね」
「ええ」
中庭を望む一枚ガラスの大窓から、月の光が差し込んでいる。
「……ノルドさん」
「なんですか?」
「……どうしてトイレじゃなく、屋敷のもっと人気のない場所に、俺を案内してるんだ?」
装備した青い石の指輪が、俺に気づかせてくれた。
「……おっと、失礼」
先導する彼女が、その先で俺に何をしようとしているのかを。
「……ッ!?」
そして残念なことに俺はもう、ターゲットとしてロックオンされているってことを。
「子供の首を折る程度ならば一瞬のこと、場所を選ぶ必要はないのだった」
口調を変えたノルドさんが、いや、ノルドを名乗る何者かが笑顔で振り返る。
彼女の瞳は、俺に対する殺意で真っ黒に染まりきっていた。
「聡い子供は嫌いではないのだが、虎の尾を踏んでしまったな」
メイド衣装の殺意が、俺に向かって飛んでくる。
「作戦も仕上げの段階でな。ここで私と出会ってしまった不幸を、あの世で呪うがいい!」
「……!」
ノルドの両腕が構えを取り、宣言通りに俺の首に狙いをつけた……その瞬間だった。
「何っ!?」
「へっ!?」
突如として俺とノルドのあいだに光が生まれる。
予兆のない突然の出来事に、突進中のノルドはブレーキをかけ、俺は光の中に何かの影を見る。
「……財宝、図鑑?」
それは『神の布』に包まれた、俺の『財宝図鑑』だった。
ベッドの上に置いておいたはずの物が、どういうわけだか俺の目の前に現れていた。
「なんで……うお!?!?」
疑問に思う暇もなく、財宝図鑑からさらなる光が放たれて、俺の目を潰す。
耐えきれないで目を閉じた俺は、なんだか温かいものに全身を包まれた感覚を得て――。
「……チョウ様。千兆様」
「…………え?」
次に目を開けたとき、俺は見知らぬ場所で、見知らぬ女性に声をかけられていた。
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