第014話 フラストレーションオブマイン!



 鑑定を受けた、その後。


 ルーナルーナの鑑定屋を後にした俺とミリエラは、タイムリミットの鐘がまだ鳴ってないのを理由に、もうしばらくのあいだ商業区画のウィンドウショッピングを続けることにした。


 だが、店に並ぶ珍しい商品を見ても、さっきほどには俺の心はときめかない。

 それもそのはず、今の俺は鑑定屋で知った事実について、深く考え込んでいたのだから。



「それにしても、さっきのセン君すごかったね。全部だよ、全部!」


「ああ、そこはすごいよな」


「うんうん! セン君ならこの世界、本当に何でもできちゃうね!」


「そう、だな……」



 自分のこと以上に俺の才能を喜んでくれているミリエラの隣で、しかし俺の表情は渋い。



(全部に装備適性有り、か……)



 装備適性、全部C。

 あらゆる装備をいい感じに使える。不足なく道具が扱え、その効果を必要十分に発揮する。


 素晴らしい力だ。類稀なる才能だ。

 だけど。



(C、なんだよなぁ~~~!!)



 その適性ランクに対して、俺は大いに不満を抱いていた。




(なぜだ、どうしてなんだゴルドバ爺! どうしてB以上じゃないんだ……!!)



 モノワルドにおける装備適性CとBには、実を言うと結構な隔たりがある。

 ルーナルーナの『鑑定眼鏡』なんかがまさにそれで、あれを眼鏡適性B未満の奴が装備したところで肝心要の鑑定魔法アプライは使えない。


 他にも絵本や歴史書で学んだ事実として、LRに分類される伝説の武具などは使用者に高い装備適性を求めるらしく、装備できるを越えてその伝説的な力を振るえる最低ラインがB、大体はA以上を要求するらしいのだ。



(つまり、Cじゃそれらが、装備はできても使えない!!)



 装備適性Cは確かに万能だが、それは一般人レベルでの話だ。

 レアアイテムをゴリゴリ使いこなすには、B以上の適性が必要不可欠なのである。


 いい感じでは、足りない領域がここにはある。




「セン君、ずっと難しい顔してるよ?」


「むー」



 ミリエラに指摘されても、寄った眉根は離れない。

 一応最低限通りすがりの人や物にぶつからないようにしつつも、俺は考え事を続ける。



(このままじゃ、ミリエラ攻略すら夢のまた夢だぞ)



 ミリエラが持っていた装備適性こそ、とんでもないものだった。

 複数の適性Bに、Aがふたつ。ハーフサキュバスの持つ適性傾向を超えた天才児だ。



「んっふっふー」


「ぐぬぬ」



 無邪気に俺の腕へとしがみついて甘えているこの美少女が、未来の俺の貞操を狙っている。

 俺より高い適性を持つ鞭や、鎖や、お薬や、エッチな下着で追い詰められたら、いよいよもって最初の村の宿屋でハッピーバッドエンドを迎える未来しか見えない!


 だが、だがである。



(今の俺に、それらをひっくり返す武器も、腹案も、存在しない……!)



 適性CをBへとひとつ上げるのに、モノワルドの人々は普通、数十年の時を費やす。

 成人するまでに残された時間は、あと7年。

 そして当然、俺が成長するあいだにミリエラだって成長する。



「……つ、詰んだ?」


「んうー?」



 俺の心に満ちていく、脱力感と絶望感。

 リセットボタンのないこの世界で、俺のたった一度の人生の未来が閉じようとしていた。




(……ああ)




 夕方時刻の、けれど赤味が遠い空の下。




(……目が、眩みそうだ)




 どうしようもない無力を感じて、俺は何か、気だるげな感情に絡め取られていく。

 前世を自覚してから3年。あれやこれやと実験を重ねて色々な道具を使い慣れようとしてきたが、それでも変わらずオールC。


 それはつまり、成長チートなんてものはなく、俺も例外なくこの世界の住人と同じ規格だということで。



(ゴルドバ爺、この才能設定したの多分あんただよなぁ?)



 さすがにここまで極端な才能を用意されたなら、俺だって察する。

 あの神様は俺に、この世界で何かをさせようとしている。



(だったら、だったらせめて、もっと派手な能力チートくらいよこせやぁぁぁぁ!!)



 拳を強く握り、心の中で叫ぶ。

 だがそんなことじゃ、俺の胸の内に沸いたモヤモヤしたものは全然晴れやしなかった。



「……はぁ、ん?」



 深いため息を零しながら見た、滲んだ視界の奥で。



「ふむ……」



 小さく路地へと入っていく複数の人影を見た。



「あれ、セン君どこ行くの?」



 なんだか妙にそれが気になって、戸惑うミリエラを放り出し、俺の足は自然とふらふら、路地へと向かい歩き始めるのだった。




      ※      ※      ※




 果たして、人影を追って入った路地の奥では、30代くらいのガラの悪そうなヒュームの男が3人、何か小さいものを囲んでいちゃもんをつけていた。


 絵に描いたような治安わるわる路地裏イベントである。



「おうおう、オレの装備に変な目向けてただろ。ああん?」


「兄貴の装備バカにしてっと、ガキだろうが容赦しねぇぞ、おおん?」


「そうだそうだ!」



 どうやら小さい何かが兄貴という人の装備を見てたから、それを理由に絡んでいるらしい。

 背後からは頭巾を被りマントを羽織った兄貴らしき人物の、詳しい装備は分からない。


 だが変な目で見られているって文句が出るということは、それなりにみすぼらしいか面白い装備をしているのだろう。

 頭巾の時点でそうだって? バカ野郎頭巾さんはヒーローだって装備してんだぞ! 時代劇とかで!!


 あれは面白いじゃなくカッコいいに分類される装備なんだ、オーケイ?



「あ、あの。見てたのはすいません。その、どうか許してくださ……」


「お前の視線でオレの心は傷ついたんだよぉ!」


「ひぅぅっ」



 まぁ、その頭巾被ってる奴の人柄は、ヒーローとはおよそ縁遠い感じっぽいが。



(……どうあれ、ちょうどいい存在であることに違いはないな)



 今の俺は、生憎と心がとてもムシャクシャしている。

 行き場のないモヤモヤとした感情が、俺の体にバリバリに影響を及ぼしているのだ。


 この無限に湧き出す感情をどうにかぶちまけてしまいたい。


 そこに来て現れた、一見するといかにもなカツアゲ現場である。



(俺の目から見てあいつらは悪。それでよし!)



 自分がこの路地に吸い込まれるように足を向けた理由を自覚する。


 相手の事情とか真実とか、どーでもいい。


 今の俺はただ、暴力を振るいたいだけだった。


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