第011話 町デビュー、俺!



 自然豊かな環境に建てられた孤児院から荷馬車でのんびり1時間。

 そこに、ここ3年のあいだ俺が望みを抱き続けた場所がある。



「おお……!!」



 石畳の道の先、レンガ造りの家が立ち並ぶ、どことなくヨーロッパ的な何かを思わせる建物たち。



「はーい、今日はみんな大好き、コーンが安いよー!」


「あの有名ブランド、ライラサンカンパニーの新商品だよ! そこのお姉さん、寄っといで!」


「見てくれこの輝き! 若くて腕のいい剣職人が作った未来のプレミア品、初放出だ!」



 居並ぶ出店通りから響く、商人たちの声。



「ねぇねぇ、私お腹すいたー」


「広場で昨日見た吟遊詩人のエルフが超美人で……」


「へぇ、いい剣だ。支払いは……これくらいでどうだ?」


「わんわん!」


「これ試着してみても? じゃあ《イクイップ》! ……へぇ、いいじゃない!」



 この町に住む人々が作り出す、賑やかな喧噪。



(海外旅行とか行ったことないが、まさか今世で似た体験をできるなんてなぁ!)



 孤児院最寄りの、俺にとって初めての町。



「連環都市同盟第5の町……パルパラ!」



 待ちに待った町デビューに、俺は荷馬車の上で揺られながら、瞳を輝かせていた。





      ※      ※      ※




「セン、それ重くないか?」



 到着後、みんなでぱっぱと孤児院の買い物を終えたところで、ダンデに声をかけられた。

 彼が指さす先にあるのは『神の布』で腰にグルグル巻きつけてある俺の『財宝図鑑』だった。



「重い。でも、これを手放すわけにはいかないんだ」


「ふぅん。まぁ、形見の品だもんな」


「そうそう」



 センって意外とおセンチだな、なんて言いながらもダンデは納得して、全員を呼び集める。

 俺を含めた子供たちは「待ってました」と彼のそばへと集まった。



(いよいよだ!)



 そう。頼まれたお買い物が終わればさぁ帰ろう。というわけではないのだ。


 むしろここからが本番。勝負の時、フリータイムである!




「……じゃあ、ここからは自由時間だ。遅くとも広場の大鐘が鳴ったら、戻ってくるんだぞ」


「「はーい」」



 引率のダンデから色々と街歩きについての注意を受けてから、俺たちは自由を与えられた。

 8才以上ともなれば、自分で考え自分で動くことを期待され始めるのがこの世界だ。


 勝手に動いて勝手に学んで来いというこのスタンスは、今の俺にはありがたい。



「ねぇねぇ、お手伝いのお小遣い何に使う?」


「カフェ行きたい」


「お菓子買い貯めようぜ!」



 12歳以上組は手慣れたもので、さっそく目的地を定め動き出す。

 今回が町デビューとなる俺とミリエラは、荷馬車の前で残される形となった。



「ねぇねぇ、セン君。セン君はどこか行きたいところある?」


「そうだな……」



 ダンデに温かく見守られながら、俺は事前に大人たちから聞いていた情報を思い出す。


 考えるのは当然、レアアイテムについてだ。



(行政機関があるのはここの北側、そっちへ行けばいわゆる貴族街だ。必然価値の高いもの、レアアイテムとの遭遇率も高くなるだろう。物の多さが欲しければ東側の商業区画、南側の居住区にも掘り出し物があるかもしれない。俺たちが入ってきたのは南西門。子供の足でうろつくのに効率的なのは……)



 事前に立てていたプランを、実際に目に入れた景色と照らし合わせて修正していく。

 アイテムコレクターとしては、効率のいいアイテム回収はマストだ。



「セーンーくーんっ!」


「おわっ!?」



 そんな思考の高速回転を、ミリエラに抱き着かれて止められた。

 ぷにっと柔らかい腕のお肉の感触と、鼻にふわっと香るいい匂いが、俺をダメにする。


 今日はすっきりレモンの香り。

 どういう仕組みでミリエラは、自分の匂いをコントロールしているのだろうか。



「ここでボーっとしてても始まらないし、まずは近くをお散歩しよ?」


「あ、ああ。そうだな」



 結局、ミリエラに押し切られる形で彼女の散歩に付き合うことになった。


 年々彼女に押し負けることに慣れてきているせいか、割と腹の底に危機感が沸いている。



(ダメだ。このままだとバッドエンドまっしぐらなのに、ミリエラに逆らえん……!)



 ああでもこの将来有望ボディが! 甘い声が! 好き好きアタックが!



「セン君とデート、セン君とデートっ」


「……くぅぅ」



 純粋無垢に嬉しそうな笑顔が、俺を惑わすんだ!!




 俺とミリエラは町の東側、商業区へと足を運んだ。



「ふおおおおお……!」



 南西門の先にあった屋台市よりもより本格的な店の並びに、俺はまたもや瞳を輝かす。



「ガラス製品に時計やらの精密機械。マジですごいな」



 食器はもちろん、店の窓がそもそも透明ガラスで店内が見えるとかいうヤバさ。


 喫茶店なんかも複数あるし、思わず心がぴょんぴょんしそうなおシャレなお店ばかりだ。

 ってかあれ、コーヒーと紅茶両方あるの? 食文化も豊かすぎない?



「見て見て、セン君。こっちの魔法堂、個室用の魔法冷蔵庫とか売ってる!」



 下手すりゃ自分が生きてた時代より先に行ってそうな、そんなとんでも便利家具まで平然と並ぶそこは、まさしく異世界。

 一応一般に広く出回るアイテムは大体がコモンUCアンコモンレアHRハイレアの4種類らしいが、何がレアで何がレアじゃないのか、モノワルド歴8年の俺じゃまだ、さっぱり分からない。


 ただただ今は、興味のままに見て回る。


 この思いだけは、止められねぇ!!



「セン君、こっちこっち! 記録水晶が機動飛行船の宣伝映像流してる!」


「ヴぉおおお、すげぇぇぇぇ!!」


「セン君、あれあれ! 最新型の魔法水洗トイレだよ!」


「ヴぉおおお、すげぇぇぇぇ!!」


「セン君、見て見て! 1/1エルフ族伝説の勇者、ソマリソンの裸像! 股間も完全再現!」


「ヴぉおおお、すげぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! ……いや、ソコはそんなすごくないな?」



 ミリエラに導かれながらのウィンドウショッピングは、モノワルド驚異の技術力ファンタジーを前に驚き通しの時間だった。



「はぁ、はぁ、すごすぎる……」



 異世界のなんかよくわからない技術発展、俺好き。



「あはは。はい、これ」


「お、ありがとう」



 ミリエラから屋台売りされてた氷入りのジュースを受け取り、喉を潤す。

 遠くから見ていたが、店主のおじさんが自然な動作で杖を振って氷を出していた。



「……装備適性と《イクイップ》か」



 改めて、自分の前世にはなかった要素がこの世界に息づいているのを感じる。


 正直な話、今日はゾクゾクしっぱなしだ。



(ああ、早く俺も世界をめぐって、もっともっと色々なものを見て回りたい)



 見上げれば青い空、白い雲。

 前世と同じ見た目の空の下、まったく違う世界に今、俺は立っている。



「あ、鑑定屋さんだ」


「えっ?」



 未来ロマンにうっとりしていたところで耳に入ってきた、ミリエラの言葉。

 彼女の視線を追って目を向ければ、そこにはいかにも占いの館ですよ風の家が建っていて。



「……鑑定屋、ルーナルーナ?」


「行ってみよう、セン君!」



 店の看板に書かれた文字を読むころには、すっかり興味を惹かれた様子のミリエラに腕を掴まれ、ずりずりと移動を開始させられていて。



「ごめんくださーい!」


「っさーい」



 あれよあれよという間に俺は、鑑定屋の中へと足を踏み込んでいた。




      ※      ※      ※




 鑑定屋。

 それは、モノワルドにおいては欠かすことのできない役職である。


 彼らは総じてある装備の適性をB以上保持し、またあるアイテムを所有している。



「はーい、いらっしゃーい」



 俺たちの挨拶に返ってきたのは、若い女性の声だった。



「ルーナルーナさんの鑑定屋へようこそー。ちっちゃなカップルさん?」



 その声の主は、人懐っこそうな笑顔で俺たちを迎えてくれた。


 魔法使いっぽい格好をした、美少女ドワーフだった。



「初めて見る顔だねー? 旅の商隊の子かな? それとも……孤児院の子かなぁ?」


「!?」


「お、後者かぁ~。だったら今後ともご贔屓にね~……っとと」



 ドワーフの鑑定屋ルーナルーナは、俺たちの素性をあっさりと看破し、へらへらと笑った。

 その拍子に彼女が掛けていた大きな丸メガネがずるりとズレて、慌てて元の位置に戻す。



「あれが……」



 そんな彼女の愛らしい動作に目もくれず、俺の視線はルーナルーナの童顔に乗っかっている丸メガネへと向いていた。


 まぁそれも、仕方のないことである。



「あれが……!!」



 何を隠そうあの装備こそが、彼女を鑑定屋足らしめているレアアイテム!



 そう――――レアアイテム!!!




SRスーパーレアアイテムの……鑑定眼鏡!!)




 穴が開くほど確認した『財宝図鑑』にも名前が掲載されているレアアイテムとの出会いに、俺の体が熱を持つ。



(やっと、やっと出会ったぞ! モノワルドのお宝!!)



 わくわくの興奮で、鼻の穴が開きっぱなしになる。



「? どったの?」


「セン君?」



 急に黙った俺を不思議そうに見つめる二人をよそに、俺は震える拳を握り締め、吼えた。



「いよっしゃああああああ!!」



 俺は齢8才にしてついに、ついに、人生初のレアアイテムと巡り会ったのである。


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