第010話 町へ行こう!(切実)



 どうも。

 九頭龍千兆くずりゅうせんちょう改め、センチョウです。


 3か月ほど前に無事8才になりました。




 今は春の始まり。

 桜に似た花が咲き始め、裏庭のコッコハウスで元気に卵が量産されています。


 暖かな空気に誰の心にも余裕が生まれ、新しい何かが始まりそうな予感に胸をときめかせていることでしょう。

 俺も孤児院では節目の年を迎え、近々最寄りの町へ連れて行って貰えるということで、今からワクワクが止まりません。



「………」


「セン君セン君。はい、あーん」


「あーん」



 可愛い彼女の作ってくれるサンドイッチが、今日も美味しいです。



「あ、パン屑ついてるよ。ちゅっ」


「っ!?」


「えへへ。食べちゃった」



 彼女のこのパーフェクトな愛嬌はほぼ俺にだけ振る舞われており、目を合わせればその美貌にため息が零れるほどです。

 5才で恋人になった日から3年。彼女の、ミリエラの成長は圧倒的でした。



「………」


「んー、ひっついちゃお」


「………」


「んっふっふ。ドキドキしてる」


「………」


「セン君、セン君」


「………」


「………………大好きっ」


「う……がぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!」



 俺はミリエラを力づくで振り払い、距離を取る。



「魅了禁止! 魅了禁止つってるだろぉ!?」


「あっはっは。やーだもーん」



 ふざけてペロッと舌を出すミリエラに、俺は改めて警戒しつつ荒く息を吐く。



(3年。3年は気合で耐えた……が、そろそろヤバい!)



 この3年間を思い出すだけで、俺は自分の精神力を褒め称えたい。


 好き好きちゅっちゅ攻勢はまだ序の口で、一緒にお風呂や一緒に添い寝は週5以上。

 食事は必ず隣の席で、隙ありゃさっきのように「はい、あーん」が実行される。


 昼寝してると耳元で、優しく「好き」と囁かれたり。

 人気のないところに俺が一人で行こうものなら、こっそり付いてきて二人きりの淫靡な空気を作り始める。


 あの孤児院治安リトマス紙であるリンダをして――。



「ミリエラは大人すぎて参考にならない」



 と、言わしめたセクシャル攻撃に、俺は3年ものあいだ耐え続けたのである。




(いっそ、骨抜きにされて全部ミリエラに委ねられたらどんだけ幸せだって話だ!)



 超絶美少女ハーフサキュバス幼馴染といちゃらぶ生活。

 はい最高。はい幸せ!



(うおおおお! 正気になれ俺ぇぇぇぇぇぇ!!)



 人生の目標であるレアアイテムコンプリートにおいてそれは、バッドエンドだ!



(圧倒的なミリエラアタックに対して、俺は未だに苦戦を強いられている)



 この3年で、何も俺は耐えるばかりではなかった。

 俺なりにできることはないかと孤児院内の資料を読みふけり、対策を練ったのだ!


 これは、大いなる壁に挑み続けた一人の勇者の物語である!




      ※      ※      ※




 まず、魔法。

 モノワルドには魔法がある。ならば抵抗力を上げる魔法とかあるんじゃないかと調べ、俺は答えを探し当てた。



「木の枝を削って作った杖を《イクイップ》! そして《レジアップ》!!」



 幸い俺には魔法系アイテムの装備適性があったらしい。

 マザーの部屋にあった杖を装備したとき、ふんわりと魔法が使えそうな感じを覚えたのだ。


 その後は耐性アップの魔法を学び、練習に練習を重ねて技術を磨き、ついに使いこなせるまでに至る。



「はっはっは! ミリエラの天然魅了ナチュラルチャーム、何するものぞーー!!」



 こうして魔法の力で耐性を得た俺は、満を持してミリエラに立ち向かったのだが――。



「見て見てセン君。わたしも魔法を覚えたよ!」


「は?」


「《ファシネイト》!!」


「ぐわぁぁぁぁぁー! ラブリーーーー!!」



 新たに魅了魔法を習得したミリエラに耐性をぶち抜かれ、あえなくメロメロにされた。




 次に、防具。

 装備は重ねることができる。そこに抵抗力向上の鍵があるに違いないと確信した。



「パンツを《イクイップ》! シャツを《イクイップ》! ズボンを、上着を、靴下を手袋を、ついでに腕輪とベルトとバッヂと帽子と耳飾りを《イクイーーップ》!!」



 今の俺に装備できるすべてを装備し、その上で。



「視界攻撃防御力が上がるという、目隠しを《イクイップ》だぁぁぁぁ!!」



 タオルを頭に巻きつけ目隠しとして装備し、パーフェクト俺を作り上げた。


 が。



「……隙だらけだよ、セン君」


「んひぅっ」


「もしかして、誘ってる? 誘ってるよね? ね? 好きって言っていいよね。言うよ。好き、好き、好き、好き」


「あっ、あっ、あっ、あっ……」


「大好き。好き。大好き。大大大大大大大好き、セン君。ちゅっ」


「ぐわぁぁぁぁぁー!!」



 圧倒的手練手管を持ったミリエラに、突破されてしまったのだ。




 最後に、説得。

 なりふり構ってなどいられない。誠心誠意想いを伝えれば、きっと理解して貰える。



「ふぅん、好きって言ったらダメなんだ? なんで?」


「なんでって、あんなに年がら年中言われ続けたら、頭がおかしくなるだろ?」


「ふぅーん?」


「それにああいうのは言うタイミングが大事で、ここぞという時に言わないと効力が……」


「やだ」


「え?」



 ハッキリとした拒絶の言葉に、俺が改めてミリエラを見た――次の瞬間。



「えいっ」



 俺はミリエラに、押し倒されていた。

 上からのしかかる彼女の体の、育ち始めた柔らかな部分が俺の胸板を押していた。



「うおあっ!? ミ、ミリエラ!?」


「ここぞっていつ? わたしはずっとここぞだよ?」


「っ!?」


「セン君のことが大好きで、大好きが止まらなくて、溢れてるから口にしてるだけ。今だって言いたい。隙あれば言いたい。聞いてくれるならずっと言いたい。好き、好き。セン君大好き」


「ばっ、ほら、また!」


「セン君はわたしを自由にしてくれたの。自由を教えてくれたの。だからわたしは自由にするの。絶対、絶対にセン君とわたしは添い遂げるんだから。縛る。縛る。好きで縛る。初めてできた大好きなもの、逃げないように……逃がさないように……ね?」



 その時に見せたミリエラの笑みが、子供と思えないくらいに蠱惑的で。



「だから、これからもずーっと、好きって言うよ。わたしはセン君が、好き」



 そう言ってまた強引に唇を奪われて。


 俺は、ミリエラへの言葉による説得を断念した。




      ※      ※      ※



「………」



 ほらね。俺、頑張ったよ?

 今もまだ、一線は越えてませんよ? 越えられるほど育ってないのもあるけど。



「んっふっふー」



 今は俺の膝枕に寝転がり、ご満悦のミリエラである。

 彼女に対してはむしろ、下手に刺激しないで普通にイチャイチャしている方が安全、という説もある。



(とにかく、今日まで俺は耐え抜いてきた。すべては明日の勝利のために!)



 もはやミリエラの攻勢の前に狩られる時を待つだけだった俺だが、光明があった。

 それは、孤児院で8才を迎えた子供に与えられる、新たな使命。



(……町へのお使い、お手伝い任務!!)



 保護者一名と12歳以上の子供三名。そして、8才以上のお手伝い二名による買い出し。

 町デビューにして買い物デビュー。


 つまり。



(町をうろついて、ミリエラ対策用のアイテムを探すことができる!!)



 希望の光がそこにある。

 魅了に負けない賢者の日々よ、ようこそおいでくださいました!!



「んんー、むにゃむにゃ」


「よしよし……」



 気持ちよくて寝てしまったミリエラの艶々の髪を撫でながら、俺は決意を新たにする。



「……町に行けるようになったら、全力で対抗できるアイテムを探す」



 ミリエラの魅了魔法にもぶち抜かれない、超強力な抵抗アイテムを。

 最悪、あくどい手を使おうが、俺は俺の身を守れるようになる!



(すべては、レアアイテムコンプリートのために!!)




 そして。

 決戦の地へと向かう日は、すぐにやって来た。



「みんな、荷馬車に乗ったかー?」


「「はーい」」



 保護者のダンデと年上組のモブ三人。そして8才以上枠は俺と――。



「……えへへ。お買い物楽しみだね、セン君!」



 当然のように、ミリエラだった。


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