第007話 世界はこんなに美しい!



 全裸である。

 太陽の光に照らされ影になっているが、俺の目の前にはミリエラの全裸があった。



「……え?」



 下着も、パジャマも、モノワルドに住む5才以上のヒト種は基本的に装備している。

 装備とはつまり《イクイップ》であり、そうすることで着心地や眠りの質が向上するからである。


 ゆえに、俺の全力の《ストリップ》でミリエラの服はすべて剥ぎ取られ、裸になった。



(……恨んでくれていいぜ、ミリエラ。俺はコンプのため、悪魔に魂を売った男なんだからな)



 俺は、俺の望む形で孤児院を変えたい。

 ゆえに、ここでミリエラに寄り添い俺が折れることは……ない!



(俺が望むのは悪徳がはびこる環境であり、いたずらが日々横行する世界だ)



 それを成立させるには孤児院の根っこ、根底から前の悪ガキどもの世界へと戻す必要がある。



(そのためにはふんわりとした関係を作るより、明確なマウントをとることが必須!)



 だから俺は、ギャルゲーを拒絶する!

 今の俺に必要なのは、他者を蹴落としてでも自らの領土を広げる、国盗りゲーなのだ!



(最高のシチュエーションで全裸にされるという最悪の出来事は、ミリエラのトラウマになる)



 そんな最悪のことをした存在を彼女は恐れ、その者の行いを恐怖から許容するようになる。

 取り繕っただけの善は意志を持った悪の前に無力。抑止力にもならなくなる。


 ウェルカムバックトゥいたずらワールド。


 そして世界は再び、いつ誰にいたずらされてもおかしくない戦乱の世となるのだ。



(さぁ、泣け。叫べ。最悪の絶望を前に恐怖の汚声をあげろ!!)



 たとえどれだけ嫌われようとも、俺は俺の道を行くことを止めはしない!!




 そうして覚悟ガンギマリの俺は、ミリエラを見る。


 すべてを剥ぎ取られ生まれたままの姿になった彼女は、太陽を背に立ち尽くし――



「……は」


「は?」






「はぁぁぁぁぅうううううあううんんんんんんんん!!!」






 叫びと共に全身をびくんびくんさせて、その場に膝をついて崩れ落ちた。



「……は?」


「あ、あひぇ……あひへぇ…………」



 草っぱらの上で仰向けに倒れるミリエラの表情は恍惚に染まり、蕩けきっている。

 頭と腰にそれぞれ蝙蝠のような1対の羽が飛び出て、それもまたビクビクと震えている。



「……え?」



 今もなお、びくんっ、びくんっ、と全身震わせる彼女を見下ろし。



「……ホワッツ?」



 何が起こったのか分からない俺は、ただ目の前の出来事に戦慄するしかなかった。 




      ※      ※      ※




 わたしにとって世界のすべては、2階建てのお屋敷のことだった。

 生まれた時から一度たりとも、両親にお屋敷の外へ連れ出して貰ったことはなかった。


 そもそもパパとママにとって、わたしは予定にない子供だった。



「………」



 この世界で避妊することは容易い。

 様々な避妊具が開発されているし、避妊魔法も避妊薬だってある。


 だから楽しむための交わりに対するハードルは低いし、奔放な人もそれなりの数がいる。


 だからきっと、わたしを作った時の両親は、気の迷いでも起こしたんだろう。

 それは酔狂だったのか、はたまたどちらかがどちらかを化かしたのか。


 いずれにせよわたしは生まれ、公にできないからと屋敷に閉じ込められた。

 両親ともによく顔を見せてくれたけど、家族3人で団らんする時間なんてほとんどなかった。


 不義の子。

 それがわたしに貼りつけられたレッテルだった。




「ミリエラ、この本を読みなさい」


「ミリエラ、お稽古の先生がいらっしゃったわよ」



 パパはわたしに読み書きを教え、ママはわたしに色々な習い事を経験させた。

 よくできたなら褒められて、できなかったら何もなし。


 何もないまま終わるのが、そのままお別れみたいに感じて、わたしは必死に練習した。

 練習していい子になるたび、両親はホッとした顔を浮かべていた。




 一度、外に出たいと駄々を捏ねたことがある。

 読んだ本の中に、キレイな景色を描いた絵があったからだ。


 この風景を見に行きたいとおねだりしたら、パパもママも、悲しそうな顔をした。

 そしてわたしの頭を撫でて「ごめんね」とだけ口にした。



(ああ、わたしはきっと。ずっとこのお屋敷から出られないんだ)



 その時わたしは、自由という言葉と、不自由という言葉の意味を知った。




 5才の誕生日を迎えた時、メイドがわたしに近々孤児院へ連れて行くのだと言った。

 そこは屋敷の外なのかと尋ねたら、くしゃりと顔を歪ませてから「そうですよ」と答えた。


 窓の黒い馬車に乗せられて、わたしは長いこと揺られたと思う。


 到着した場所にあったのは知らない顔たちと、新しい不自由だった。




 新しいお屋敷は、前よりも少しだけ自由で、前よりももっと不自由だった。

 家の外に出られるようになって、でも、たくさんの人の前でいい子でなければならなかった。


 ちょっと年上の女の子と一緒にお裁縫をしたり。

 とっても年上の人のお仕事のお手伝いをしたり。

 優しそうなお婆さんの号令の後にいただきますをしたり。


 寝る時も一人じゃなくて、ずっといい子じゃないといけなくて。



(……疲れる)



 正直言って最悪だった。



(もう帰りたい。おうちに帰りたい)



 そんなことを思いながら眠りについた、夜のことだった。




「ミリエラ。おい、起きろ、ミリエラ……」


「ん、んん? ……だぁれ?」


「俺だ。センチョウ、センだ」


「……ふぇ?」



 わたしはこの場所で一番のいたずらっ子に無理矢理揺すり起こされた。

 とっておきを見せるとか言って、着替える間もなくわたしを外へと連れ出していく。


 いけないことだ。悪いことだ。

 そんなことをしたら、パパとママがいなくなる、ここに迎えに来てくれなくなる。


 怖いって、そう思ってたはずなのに。



「いいからいいから、そら!」


「ひゃあ!」



 気がついたらあっさりと、わたしはお屋敷から飛び出していた。




 連れてかれたのは丘の上。

 なんにもない、ただちょっとだけ他よりも高いところ。


 何を考えているのか分からない男の子の隣で、わたしは彼の言うままに待たされた。

 どうしてだかずっとドキドキしていて、ちょっとだけワクワクもしていた。


 そんな彼が、突然騒いで指をさす。



「ほら、ミリエラ。あれを見ろ!」


「え? ……わぁ!」



 男の子の見せたかった、とっておき。

 それは、お山の向こうから顔を出す、朝の太陽のことだった。


 キラキラで、真っ白で。



「あれが世界の、朝の産声だ!」



 男の子の言う通り、世界がおはようって言ってるみたいで。



「……キレイ」



 わたしの中のドキドキが、いつか見た本の景色に憧れたときみたいなわくわくが。


 世界が、自由が、ここにある気がして。



「悪いな。俺の人生のために、犠牲になってくれ」


「え?」



 突然の声に振り返った、その直後。





 わたしは裸になった。





「……え?」



 着ていた服が、男の子の手に剥ぎ取られていた。



「……は」



 何にも身に纏ってない体に、太陽の光がピリピリと突き立って。

 素足で踏みつけた草が、土が、なんだかとってもくすぐったくて。

 吹き抜ける風が冷たいような温かいような、とにかく不思議な気持ちがして。


 そして何より、目の前でわたしを見る男の子の目が、あまりにも真剣で、鋭くて。






「はぁぁぁぁぅうううううあううんんんんんんんん!!!」






 その気持ちよさに耐えられなくて、崩れ落ちながら。





(…………あ、そっかぁ)





 わたしはこれが、自由なんだなって理解した。





「あ、あひぇ……あひへぇ…………」





 そして彼に。



 セン君に。



 生まれて初めての恋をした。




(……パパ、ママ。ありがとう)



 わたし、運命の出会い、しちゃったよ。




      ※      ※      ※




 時間にして1分くらい後。

 戦慄のフリーズから復帰した俺は、慌ててミリエラを抱きかかえ声をかける。



「おい、おい。大丈夫か!?」



 頭や腰から羽が生えたり、びくんびくんしてたり、明らかな異常が発生している。

 羽生えてサキュバスっぽさが増したとか言ってる場合じゃないのは明らかで。


 過度なストレスに対し、彼女の身に何か良くないことが起こった可能性があった。



(トラウマになれとは言ったが、ぶっ壊れられちゃ困るんだよ!!)



 俺は何度も何度もミリエラに声をかけ続ける。

 すると焦点が合ってなかった彼女の目が次第に整い、ゆっくりと俺の顔に目線を合わせた。



「大丈夫か、ミリエラ?」


「………」


「なんだ、どうした? どこか痛むのか?」



 無言で俺を見つめるミリエラにまた声をかけるも、相手はどこか上の空で。



「大丈夫なのか? ミリエラ?」



 かなりヤバいと思えてきた、その時。


 ミリエラが口を開く。



「……セン君」


「なんだ!?」


「世界って」


「え?」


「……世界って、こんなに美しいんだね」


「は?」



 意・味・不・明!


 ミリエラの言葉の意味を考える、そんな間すらなかった。



「セン君っ!!」


「うおぁっ!?!?」



 突如として起き上がったミリエラに押し倒され、そして。



「んー!」


「んぐーーーーーー!?!?」



 俺は第二の人生初のキスを、彼女に奪われた。


 ファーストキスは朝日の下で、ハーフサキュバスな全裸の幼女に蹂躙されるキスだった。


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