第006話 ミリエラの真実!



 それは1か月ほど前のこと。

 孤児院の廊下で立ち話をする従業員たちの会話を、俺はたまたま耳にした。



「――でも、ミリエラちゃんも可哀想ね」


「!」



 なかなか聞き捨てならないフレーズに、俺は即座に物陰に隠れ聞き耳を立てる。



「不義の子、っていう奴でしょ? 立場のある者同士の間に生まれた子供なんて……」


「ええ。それもかなりの権力者同士の子だから、表沙汰にはできないとかで、ここに来る前はお屋敷の外にもほとんど出されたことがなかったそうよ」


「えぇ……そんなことあるの?」


(……不義の子、お屋敷から出されない。ねぇ?)



 センシティブな単語の数々に、俺は自然と眉根をひそめていた。



「それでも愛されてなかったわけじゃなくて、厳しく教育してたのも表沙汰になった時に堂々と振る舞えるようにってことだったらしいけど……」


「それだって大人の都合じゃない。いい子に育ったのは、悪いこととは言わないけどさ」


「まぁまぁ。そして今は、一人でも生きていけるように社会勉強としてここに預けられたってわけ」


「うげぇ、それって後々手放す気満々ってことじゃない」


「でも、そう悪いことではないと思うわよ、私はね。それに結構な額がここに入ってきたらしいし!」


「結局金かい! もぅー、そんなことより聞いてよ。この間ダンデさんが……」



 話題が切り替わったところで、俺はその場からこっそりと立ち去った。



(なんとも複雑な事情でここに来ていたようだな。ってか託児業までやってたのかここ)



 お偉方の秘密の子供を受け入れるあたり、思った以上にここはすごい場所なのかもしれない。

 あの底抜けに優しいマザーのことを思えば、それくらいの懐深さはありそうだが。


 だが今は、そんなことはどうでもいいんだ。重要なことじゃない。



(考えるべきは、ミリエラについてだ)



 彼女の人となりを知る上でとても価値のある情報を俺は得た。

 前提条件が変われば、人を見る目は変わる。見えてくる物も違ってくる。


 最初は意味不明だった言動も、後々回収された伏線を見たら理解できたりするものなのだ。



(改めて、あいつのことを観察してみるとしよう)



 こうして俺は、手に入れた情報をもとに再びミリエラを注視し始めた。

 すると案の定、見え方が変わったおかげで、新たな気づきを得る。



「ミリエラちゃん! 一緒にお人形遊びしよっ!」


「うん、いいよ」


「ちょっと、ミリエラは私と一緒に遊ぶのよ! ね、ミリエラ!」


「え、あ、その……」



 ミリエラは頼みごとを断らない。否、断れない。

 頼まれごとに優先順位をつけられず、頼まれた先から向き合っていく。

 だから今みたいにブッキングするとオロオロとしてしまう。 



「あ、手伝います」


「えぇ? いいのよこのくらい」


「いえ、手伝います。手伝いたいです」


「……そう? じゃあお願いね」



 大人の手伝いを積極的にするのも、そうするべきだからしているのであって、心から手伝いたくてやっているのではない。

 むしろ、手伝わないことのリスクの方を気にしている節すらある。

 


「……というか、そもそもだ」



 言葉遣いだってキッチリしすぎているし、振る舞いも大人びすぎている。

 5才児なんてケツ出してダンス踊ったり、嫌いなものペッて吐き出したりがデフォルトだ。


 もっとわがままで、自由で、良いも悪いも知ったこっちゃない年頃のはずなんだ。



「真面目ないい子のミリエラちゃん、ね」



 第二の人生を送っていても、人の心の機微を理解するのは難しい。


 だが少なくとも、こんなバカな俺でも分かることはある。



「……窮屈そうな生き方してんだよなぁ」



 親の教育のたまもので、実際それに力があって機能して、孤児院は変わった。

 だが、変えた本人が過ごしやすい場所じゃないのなら、それに価値はあるのだろうか。



「へっ。純粋培養のいい子ちゃん、上等だ」



 こうして俺はミリエラ攻略の糸口を発見し、打開計画を練り上げていったのである。




      ※      ※      ※




 そして、作戦決行の日。



「ミリエラ。おい、起きろ、ミリエラ……」


「ん、んん? ……だぁれ?」


「俺だ。センチョウ、センだ」


「……ふぇ?」



 俺は空に星が瞬いている時間に、ミリエラのいる寝室に侵入し、彼女を目覚めさせた。



「お前に俺のとっておきを見せてやる。来い」


「え? え?」



 戸惑うミリエラの手を掴み、寝間着姿のまま外へと連れ出す。

 薄手の生地で出来たパジャマが月明かりに照らされて透き通り、華奢なラインを影に映した。



「あぇ、ちょ、待って……」


「待たない。ほら行くぞ!」



 俺はろくに事情も説明せずに、孤児院の敷地からもミリエラを攫っていく。



「だ、だめ……!」



 悪ガキである俺は何度となく繰り返してきた行為だが、善良な子供であるミリエラにとっては信じがたい出来事のようで、彼女はいざ脱出する段階でわずかな抵抗をみせる。



(だが、わずかだ)



 俺は自分の読みが正しいことを確信し、彼女の手をより力強く引っ張る。



「いいからいいから、そら!」


「ひゃあ!」



 するとあっさりミリエラも敷居を跨ぎ、孤児院の外へと飛び出した。



「行くぞ!」


「あ、ぅ……」



 何が起こっているのか分からない。

 だがそうやって困惑しながらも、これ以降、俺が握った手を振り解こうとはしなかった。




(……計画通りだ!!)



 俺は自分の立てた作戦の完璧さに内心で自画自賛しまくっていた。


 真面目でいい子、だけど窮屈そうな女の子にするべきことは、決まっている。



(ちょっとロマンチックで悪いことをする。これ以上の作戦は、ない!)



 俺が前世でプレイしまくったギャルゲーに登場してきた真面目系ヒロインとちょい悪主人公のカップリングなんて、あげだしたら枚挙にいとまがないほどの王道である。


 生真面目に生きてきた子がちょい悪シチュエーションを体験し角が取れる、あるいは肩の力が抜ける。

 そうすれば潔癖な世界に余裕が生まれ、濁りが混じってもそれを受け入れるようになる!



(いける、いけるぞ……!)



 俺はこの計画を完璧に遂行するための完璧なプランを用意した。


 これからミリエラを、今の俺が用意することのできる最高のロマンチック空間へ連れていく。

 そしていざその景色を目の当たりにさせたところで、明確に上下関係を確立させる。


 そうすればもう、俺がいたずらしようがそれをミリエラが目こぼしし、その弛緩した空気が再び悪を許容する世界へと孤児院を舞い戻らせる!!



「どこ、行くの?」


「もうすぐだ!」



 ミリエラの手を引き俺が向かったのは、孤児院の近くにある一番背の高い丘の上。



(時間も完璧だ。もう、夜が明ける……!)



 星が、その姿を隠し始める。

 空が、白みがかって世界を塗り替えていく。



「ほら、ミリエラ。あれを見ろ!」


「え? ……わぁ!」



 指さした方向に、それはある。



「あれが世界の、朝の産声だ!」



 視界の先に広がっているのは遠い山並み。

 そしてその隙間から顔を覗かせる、輝きに満ちた朝日である。



「……キレイ」



 俺の用意したとっておきの景色に、ミリエラの瞳に輝きが満ちる。

 今、彼女はおそらく人生初の絶景に、その心が感動の渦に包まれていることだろう。


 ――だからこそ、それをトラウマに変える!!



「悪いな。俺の人生のために、犠牲になってくれ」


「え?」



 俺のつぶやきにミリエラが振り返った、その瞬間。



「――――《ストリーーーーーップ》!!」



 俺は呪文を発動し、ミリエラの着ていた装備を“すべて”剥ぎ取ったのだった。


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