第005話 魔性の女、ミリエラ!?



 前世で読みかじったそれっぽい本に曰く。



「敵を知り己を知れば、百戦危うからず。だ!」



 いっぱい知ってる奴は強い。だから勝つ。という意味に違いない。

 勝利を確実なものにするためにはまず、相手の情報を集めるところからということだ。


 というわけで俺は、ミリエラについて観察することにした。



「……んっ、しょっと」



 マザーに頼まれ庭の野菜畑を世話するミリエラを、木の陰から覗き見る。



(……っかー。じっくり見るとやっぱり美少女だな)



 サキュバス族。

 あらゆるヒト種と子を成す力を持った女性のみの種族だと、本には書いてあった。

 それはハーフも同じであり、例外としてつがい側の血が濃く出た異種族の純種としてでなければ、男性は生まれないそうだ。


 またサキュバス族はそのいずれもが、何かしら魅惑的な力を持っているらしい。


 目を惹きつける美貌。

 フェティシズムをくすぐる肉体。

 人心を弄ぶ小悪魔的精神性。

 蕩けるような甘く囁きかける声。などなど……。


 あまねくヒト種を魅了して、絡めとり、精を吸い上げる耽美の化身。

 それがサキュバス族であり、そのハーフである。



「……とはいえ、本の知識と現実は違うよなぁ」



 本に書いてあったサキュバス情報は、俺の前世知識のどスケベ種族様とそう遠くない内容だった。


 じゃあ、今ここで畑に水をやっているミリエラはどうだといえば、半分正解くらいじゃなかろうか。


 全体的にピンク色で、毛先あたりだけがクリーム色に染まった髪。髪型はポニテ。

 やや垂れ気味の目には5才という幼さにして色気を感じるまつ毛があり、瞳は金色。

 小顔めに整った美貌はヒューム族における美人ど真ん中を行くもので、将来性も抜群。

 細く華奢な肢体は、栄養不足というよりも肉が締まっている印象を受ける。


 この完璧な顔で愛らしく微笑んだり小首を傾げたりすれば、まぁまず男はノックアウトだ。

 実際たまに見せてるその顔で、我が孤児院の男子どもは骨抜きにされている。



(見た目的には間違いなく、サキュバスオブサキュバスだよなぁ)



 だが、だがである。

 総じて末恐ろしさを感じるその見た目に反して、その心根は純粋無垢としか思えない。


 その美貌で他者をコントロールする様子もなければ、露出の激しい服を好む感じでもない。

 従順で、善良で、まさしく優等生然とした振る舞いは、お色気キャラとは程遠い。



(サキュバスとしての血が薄めのハーフだから、ってことか?)



 いっそ今やっているすべてが計算ずくで、オタサーの姫的に動いていると疑ってみるか。

 だがそれにしたってミリエラの普段の動きは利他的に過ぎる。


 孤児院すべてに伝播するレベルの可愛く真面目なスーパーいい子ちゃん。

 それが俺の目から見えているミリエラだった。



「……あっれぇ? 俺、勝ち目なくねぇ?」



 現状のいい子ちゃんブームを巻き起こしているその当人が、完全無欠のいい子ちゃんである。

 すでに主導権は奪われ、しかもおそらく奪った当人にその自覚がない。


 本人はこれからも変わらずいい子であり続け、それに影響を受けたみんなもいい子になる。

 みんないい子で手間いらず、大人もハッピー、子供もハッピー。万々歳。



(この俺を除いてな!!)



 ガキ大将的ムーブで孤児院を手にしていた俺とは真逆のベクトルである。



(何かに秀でてかつ利益を生む存在は、人望を集めやすい)



 俺よりスター性に富みかつ大人の覚えもいいミリエラがいる限り、俺の天下がないのは明白。

 しかし今だからこそできる鍛錬の機会を、俺は奪われるわけにはいかない。


 序盤の効率的な熟練度稼ぎが後々のプレイを左右するなんてのは、ゲーム攻略の王道である。



(たとえ今、勝ち目がなくても……)



 俺はふわふわ揺れるピンクのポニーテールを見つめながら決意する。



(近いうちに必ずお前を追い落とし、俺の天下を取り戻してみせる!)



 こうして俺は、孤児院にいたずらという悪徳を再び栄えさせるべく、さらなる知恵を絞り始めるのだった。




      ※      ※      ※




 ミリエラが孤児院に来てから2か月が経った。

 孤児院はもうすっかりいい子ちゃんの巣窟となってしまい、ほのぼのした空気が毎日を彩る。



「ぐぉらぁぁぁぁ!! セーーーーーーン!!!」


「はーっはっはっは! これで80連勝だぁぁぁぁ!!」



 だがそんな日常に俺は迎合することなく、変わらず練習と研究の日々を続けていた。

 いい子ちゃんブームのせいで仕掛け時が難しくなったが、それもまた修行と割り切っている。


 最近気がついたこととして、神様からパクった布(孤児院に拾われたとき守り布として俺を包んでいた)を《イクイップ》してると、色々と調子が良くなるってのがあった。

 なんかのチートが働いているんじゃないかと思うが、この手のパワーアップアイテムは最初期から装備してもあんまりいいことがないので今は封印している。

 ステータスアップは能力値が低い状態の方が伸びがいい、というのも定石だからだ。



「センの奴、まーたやってるよ」


「学ばないなぁあいつも」


「まったく、ちょっとはミリエラを見習っていい子にすればいいのに。ねぇ、ミリエラ?」


「え? あ、うん……」



 モブたちが何を騒ごうが知ったことではない。

 俺は来たるべき未来に向けて、今のうちから必要行動を満たしているのだ。



(そう、必ずこの状況を打開してみせる! 見てろよ、ミリエラ!!)


「……?」



 目が合ったミリエラが不思議そうに小首を傾げる。可愛い。

 っていうかちょくちょく目が合うんだよな。俺のことを見てくれてる?


 え、マジ? 俺の溢れる魅力に気づいてる? ヤバいな、これは照れちまうぜ。



「…………ハッ! ぬおおおおおお、負けるかぁぁぁ!!」



 天然(ミリエラ)、恐るべし。



「はぁ、はぁ、ヤバかった。だが、笑ってられるのも今のうちだぞ」



 強烈な精神攻撃から全速力で撤退しつつ、俺は近々実行する作戦を思いほくそ笑む。



(クックック、もはや勝利は目前だ。情報は、集まったのだから!)



 ミリエラ攻略大作戦。

 勝利の鍵は、大人たちの会話の中にあった。 


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