第004話 侵略者はハーフサキュバス!



 未来のことばっかり考えてたら日が暮れて、晩飯前に俺は反省室から出された。

 その後はテキパキお手伝いして、晩御飯タイムだ。



「……手伝いとかはすっごく真面目にやるのよねぇ」



 当然である。あれはあくまで修行であって、孤児院のことは大好きなのだ。

 


「それでは今日も、日々の糧に感謝して……いただきます」


「いただきまーす!」



 マザーの号令に従って感謝を捧げ、俺はさっそくスープにパンを浸して頬張る。

 こうすると固めのパンが柔らかくなるし、スープの味がじっくり染み込んで美味い。


 いつもはこのまま食事に没頭するところだが、今日はちょっとだけ違った。



「みなさん、今日はお話があります。食べながらでいいので聞いてくださいね」


「んぐんぐ」



 マザーから突然のお話。

 食べながらでいいということなので咀嚼しながら話を聞く。



「実は明日、この孤児院に新しいお友達がやってきます。ヒト種の中でも純ヒューマを預かる当孤児院ですが、その子は少しだけ、みんなと違う特徴があります」


「もぐもぐ」



 ヒューマというのは前世基準でいうところの、人間。

 純ヒューマというのは異種間交配もあるモノワルドにおいて、特にヒューマとしての血が濃いヒューマのことだ。



(それを引き合いに出して、違うとわざわざ言うのなら……)



 ある種の期待感を持って、俺はマザーの言葉を待った。

 そしてマザーは、俺の期待にきっちりと応えてくれた。



「明日くる子はヒューマとサキュバスのハーフ。ハーフサキュバスです」


「んぐもぐ……ごくん」



 やったぜマザー。明日はホームランだ!

 どう考えても可愛い子が来る流れ。素直に感謝です。



「多少の種族特性の違いから戸惑うこともあるかもしれませんが、仲良くしてくださいね」


「はーい!」



 マザーのお願いに元気よくお返事しながら、俺は胸躍らせる。



(エルフでもドワーフでもなく、サキュバスと来たか。いったいどんな子が来るのやら)



 頭の中で昔プレイしたゲームのサキュバスキャラたちを思い出してはしみじみしていると。



「あら、セン。食欲ないの? 食べないなら貰ってあげるわ。あむっ」


「お゛っっ!?」



 大事にとっておいたチーズを復讐の悪魔リザに奪われてしまうのだった。




 そして、翌日。


 黒い馬車に乗ってやってきたその少女は――



「……はじめまして。ミリエラです」



 同い年とは思えない蠱惑的な見目と、愛らしい声。



「よろしくおねがいします、ねっ?」



 そして、計算され尽くした小首を傾げて見せる笑みで。



「は、はい……」



 出迎えに出てきた俺たちを、一瞬で魅了したのである。




      ※      ※      ※




 ハーフサキュバスの少女、ミリエラ。

 彼女は俺の予想に反して大人しく、清楚で、人付き合いの良い少女だった。

 ここに来るまで相応の教育を受けてきたのか、理知に溢れた優等生だったのだ。



「マザー、おはようございます」


「はい、おはよう。ミリエラ」


「リザさん、シーツのお洗濯ですか? お手伝いしますね」


「え、ほんと!? 助かるー」


「ダンデさん。お野菜の配達、受け取ってきました」


「おう、あんがとさん。その年できっちりお手伝いできるとは、賢い子だなぁミリエラは!」



 ミリエラが来てから、孤児院の様子はがらりと変化した。



「ミリエラちゃん。一緒に縫い物をしない?」


「ミリエラちゃん! あっちにキレイなお花が咲いてたよ!」


「ミリエラ、お手伝いありがとうね。おかげで大助かりだわ」


「ミリエラ!」


「ミリエラちゃん!」


「ミリエラー!」



 誰も彼もがミリエラを放っておかず、あれこれ目をかけ世話を焼き。

 彼女が自分から何かしてみせれば、それに対して何倍もの反響でもって褒め称える。



「「ミリエラちゃん、最高!!」」



 一言でいえば、ミリエラはちやほやされまくっていた。




 対して、俺の方はというと。



「はっはぁー! 今日もリザの下着ゲーット! さぁ者ども、俺を崇め奉れー!」


「………」


「……あ、うん」


「どうした、前は平伏するくらい喜んでたろ? いらないのか?」


「いやぁ……なぁ?」


「うん。言いにくいんだけど……そういうのもう、ダサいなって」


「なにぃっ!?!?」



 これまで大反響だった行為が、男どもからまさかの「ダサい。」の一言で一蹴される。


 そして。



「ねぇ、そんなことより庭でミリエラがお歌を歌うって言ってたわよ。行きましょ!」


「ちょっと待て、リンダ。望むならダンデさんの下着、今日持ってきてやっても――」


「セン」


「あ? なんだよ」


「……そんなことしても嫌われるだけ。ミリエラちゃんみたいに自分を磨いて本物の大人のレディになって、自分の魅力で振り向かせなきゃ意味なんてないのよ?」


「は?」


「子供のあんたにゃ分からないだろうけど、それが世界の真実なの。……フッ、ごめんね?」


「…………はぁーーーー!?」



 ついには性癖ねじ曲がり予備軍だったリンダにまで、正論叩きつけられ見放される始末。



(これは……)



 俺の頭の中でアラームが鳴り響く。

 


「孤児院に、いい子ちゃんブームが来てしまっているだとぉ!!」



 可愛い子が来たやったー!! とか言っている場合ではない。

 世界の覇者コンプリートを目指すべく始まった俺の人生、その最初の試練が早くもやってきたのだ。




「これはまずい、まずいぞ……」


「何がまずいの?」


「孤児院がミリエラによって支配されてしまっている。俺の天下が大ピンチだ!」


「なるほどね。でも今はそれ以上のピンチがあんたを待っているわよ」


「あ?」



 リザだった。



「反省室!!!」


「あいーーーーー!!!」



 侵略者ミリエラにより一気にスターの座を追い落とされてしまった俺は、訪れた窮地に早急な対策を求められていた。


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