第539話 ムシ
「……カルツ山の山道に《虫の魔物》が出現しているらしいから、倒して欲しい、って依頼だったよな」
俺がそう呟くと、雹菜は答える。
「ええ、確かカルツ山には貴重な薬草があって、王都の薬師は普段、自らの手でそれを採取しに行くけど、《虫の魔物》が出現するようになってからそれも難しくなってるって話だったわ。このまま行けば、病が蔓延してしまう可能性もあるから、頼むって」
確かに俺たちに《サブイベント》をくれた老婆はそんなことを言っていた。
この老婆はジィレイという名前の蜥蜴人の薬師で、俺たちよりも身長が高かった上に元気そうだった。
本当に《虫の魔物》に怯えているのか?と尋ねたくなったが、見た目とステータスはほとんど関係がないということは俺たちも良く知っている。
体格が良くても、ステータス的な腕力に優れているかどうかはまた別の話なのだ。
強いて言うなら、初期値だけは関係あるかもしれないが、その後はステータスが伸びたからといって、ムキムキになっていくということはあまりない。
多少、引き締まることはあるけど、その程度に過ぎない。
「考えたんだが……」
山道を歩きながら、ふと思ったことを言おうとする。
「なあに?」
「病が蔓延するって確かに言ってたけど、俺たちがこの《サブイベント》を受けずにいつまでも放っておいたら、どうなるんだろうな?」
「それは……病が蔓延するんじゃないの?」
「本当に? でも、俺たちがこの層に来るまで、依頼はずっと放置されてたわけじゃないか」
「それはそうだけど……その辺を考え出すと、キリがないわね。答えがなさそう」
「まぁ、そうだな……ただ気にはなる」
「どうして?」
「もしも放置した場合、その後に《サブイベント》が変化したりしないのかなと思ってさ」
ここで俺の考えていることを雹菜も理解したようだ。
「なるほどね。山の魔物退治から、薬の素材採取とかになったりとかってことね? それはありそうね……でも、蜥蜴人たちが果たして生きてるのか生きてないのかは分からないけど、それでも放置しておくなんて出来そうもないわ。普通に会話できるんだもの。可能ならば助けてあげたいって思っちゃう」
「雹菜は優しいな……だけど俺も似たようなものかも。そもそも、このフロアの蜥蜴人たちは、確かに生きているようにしか見えないし。色々とここにないことを教えて、しばらくしてもしっかり覚えてたしな」
「今日覚えているとして、明日も覚えているのかしら? リセットされたりとか……」
「どうなんだろうな。色々と気になることは山積してる……じっくり調べてみたいもんだが」
「そんな時間は残念ながら私たちにはないわね。出来る限り早めに通り過ぎるべきだし。まぁ、ここが攻略されたら、後から来る冒険者たちが細かく調べるでしょうから、それを聞けば済むことかもしれないわ」
「それもそうか……お、雹菜。目的の魔物って、あれじゃないか?」
山道を登っていくと、前方に巨大な球体のようなものが見えた。
微動だにせず、そこに鎮座しているが……。
「あれで間違いないわね。でも……」
「なんだ?」
「あれってダンゴムシでしょ? 虫なの? あれ。確か甲殻類の仲間だったような……」
「え、そうなのか? ダンゴムシってムシってついてるじゃないか」
「私に言われても。でも水族館とかでオオグソクムシとか最近いるじゃない。あれもムシってつくけど多分甲殻類でしょ?」
「そう言われると納得感が……あ、やばい。動き出したぞ」
「無駄な話してたのが悪かったわね。倒しましょう」
「おう」
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