回想⑤

 辻村は、物心ついたときから、自分には生きている価値がないと思っていた。

 辻村は醜い子供だった。それでも母親は辻村をかわいがって育てた。

 しかし、父親から抱きしめてもらった記憶は一度もない。


「優は、心がきれいだからいいのよ」


 母親は、よくそう言った。

 今考えれば、その言葉が、容姿に褒める箇所などひとつもない辻村へ向ける、精一杯の愛情だったと分かる。

 しかし幼い辻村にはそんなことは分からず、心さえ健やかであれば、いつか人から好かれるようになるのだと思っていた。自分の中身をきちんと見てくれる、誠実な人に巡り合えるのだと思っていた。

 小学校の頃から、辻村はいじめに遭っていた。顔が汚いから、という理由だった。

 服を脱がされ、マジックで全身に落書きされ、机の上に四つん這いになるよう命令された屈辱は、忘れることができない。

 死んでしまいたい。殺してしまいたい。

 辻村は学校に通っている間、そのふたつの欲望と戦い、かろうじて「こちら側」に留まっていた。越えてはいけない一線を越えようとするたびに、母の顔が思い出されたのだ。

 母は、辻村とは全く違う、美しい顔を持っていた。

 子供の辻村の目から見ても、父は母を偏愛していた。高価な贈り物をして喜ばせ、きれいな服を着せて連れ出し、あからさまに母の機嫌をとっているときもあれば、酒を飲んで家の壁をなぐって穴を開けたり、母を蹴飛ばしたりした。

 猫撫で声で愛をささやく父と、鬼のような形相で母の背中を打つ父は、別人のように見えた。

 そんな狂人のような父だったが、母は確かに父を好いていたし、常に父に従っていた。

 けれど、父の要求をどれほど受け入れても、醜い子供をあますことなく愛する母を、父は苦々しく思っていたのだろう。

 中学校の頃だろうか、日曜日に母親と外で食事をすることになり、辻村が支度をしていると、急に父親が出張から帰って来たことがあった。

 辻村と母親はまさに出かける直前で、あれは冬だったのだろう、手袋をポケットに押し込んでいたことまで覚えている。雪が降っていて、父親の髪やコートの肩には、わずかに氷がのっていた。

 玄関で鉢合わせたとき、父親は嬉しそうにめかしこんだ妻と、その隣で準備万端というかっこうをしている子供を見て、舌打ちした。


「中学生にもなって、母親とお出かけか。恥ずかしいやつだ」


 それは父親の口癖のひとつだった。

 箸の持ち方が間違っているとき、無遠慮に大きい声を出したとき、時間に遅れた時、父親はそう言って家族や他人を罵った。

 恥ずかしいやつだ。

 その言葉は、辻村の心の奥深くに、血を噴き出しながら刺さったまま、ずっと残っている。

 家族を大切に思うことが、誰かに愛されることが恥ずかしいことなら、それすらも求めてはいけないような人間であるなら、自分には、生きている価値がないのだろう。

 いつしか辻村はそう思うようになった。

 それでも辻村は、自分の唯一の味方ともいえる母親を大切にしていた。しかし母は、大学一年のとき、父親に殴り殺されて、あっけなく死んだ。

 殺される直前にふたりが話していたのは、自分のことだったそうだ。あんな出来損ないを大学に行かせる金がもったいない、と父親が言い出して、いつもは従順な母親が反抗したため、父親が激昂して、そばにあった麺棒で顔を打ったらしい。辻村の父親は、今でも服役している。

 男という性と、暴力と、憎しみは、辻村の中でひとつのものとしてとらえられている。

 だから、浅賀の死体を切断するとき、辻村は、奇妙な昂揚感に包まれていた。

 るり子の体を何度も味わっただろう汚らしい体を、どれほど傷つけても、汚してもいいのだ。足先から頭のてっぺんまで、征服感でいっぱいになった。

 骨を切るたび、顔の肉をそぎおとすたび、震えるほどの喜びがわき上がってきた。特に、浅賀の生殖器を切り取るときは、絶頂に達したような快感を味わった。

 るり子を陵辱した男に、これ以上ない辱めを与えることができるなんて。

 浅賀の生殖器は、るり子の台所の三角コーナーに入っていたさんまの臓物と一緒にして、瓶詰めにした。

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