現在④
「清水サクラに、似ていますけど」
目の前の女がそう言って、ファミリーレストランの安っぽいカップからコーヒーをすすった。
新宿の歌舞伎町にある、二十四時間営業の店内で、女は場違いな気配を発している。日の光にあててはいけないような、もろい印象の女だった。体のどこかを壊しているのかもしれない、手のひらが妙に黄色味がかっていた。
馬渡は、もう何度も繰り返している台詞を事務的に言う。
「この女性が、あなたと同じ店で働いていたのはいつ頃でしょうか?」
女は、金色に近い髪の毛を指にまきつけた。
「三年くらい前……だと思います」
女は馬渡を見ない。さっきから、コーヒーの液面に視線を落としている。
「どんな人だったか、覚えていますか?」
「……。嫌なことを、嫌だって言えない人でした」
女の顔に、かすかに嫌悪が走る。
「例えば、どんなことでしょうか」
「私たちみたいな仕事していると、たまに、困ったお客さんがいるんです」
女は少し声をひそめた。真っ昼間に、風俗業について口にするのははばかれるのかもしれない。
「痛いことを要求してくる人とか、決まりなのにゴムをしてくれない人とか、ソープ嬢が好意を持ってると勘違いして待ち伏せする人とか。あんまりひどいとお店の人が出てきてくれるけど、いつも見てくれているわけじゃないし、家までついて来られたらどうしようもないし」
女が突然、よく喋り出した。
「サクラは、そういう困ったお客さんを代わってほしいと言われると、断れない人でした。お金が必要だ、って言っていました。サクラは、あまり固定客がつかなかったので、『お姉さま』達にいいように使われていました」
馬渡は目を細める。
「お金が、必要だと」
横浜の風俗店でも、同じような証言が出ている。
「そう聞きました。でも、サクラって暗くて、喋るときもぼそぼそしてて、一週間くらい欠勤することもよくあったから、お店の人にそういうことをされても仕方ない感じでした。
最後は、わたしの貸したお金を踏み倒していなくなっちゃったくらいだから、ずいぶんお金に困っていたんじゃないですか」
女が馬渡をちらりと見る。
「そういうお金って、警察の人が取り返してくれないんですか。サクラ、捕まっているんでしょう?預金とかおさえてるんじゃないんですか。十万ですよ。明日にはオプションが入るから返すって言ったのに、あの女、踏み倒して逃げたんですよ」
それから女は、金について延々と恨みごとと要求を繰り返した。
馬渡がこれ以上の情報はないだろうと判断して、伝票に手をのばしたとき、女がぼそりと言った。
「そういえば、その写真、ずいぶん写りがいいんですね。警察のカメラって、わりといいんですか? 税金なのに」
馬渡は曖昧に返事をして、会計を済ませた。女は当然のように財布を出さず、舌打ちしながら店から出ていってしまった。
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