11話 会場は混乱の渦へ……


 フェイルが会場に静寂と混乱を招いた瞬間────


「新市長の保護に急げ」


「すぐに本部に緊急事態の連絡を回せ。手の空いている者から会場の者達の誘導を開始する」


 無線が入ったと同時に、警察グループはすぐさま混乱を収める為に動き出していた。

 数人の警官はハルネの元へ駆け出し、残りはすぐさま会場内の混乱を止めるために、そして余った五人はフェイルに向けて拳銃を構えていた。

 日本の警察が拳銃を使う事はほぼないのだが、今のフェイルは最初の騒動といい、得体があまりに知れない。

 発砲許可が降りていないとはいえ、警官は脅しの道具として拳銃をフェイルに構える事にしたのだった。


「あれ?もしかしなくても俺が悪い奴認定されてる?」


 拳銃を構えられているというのに、あくまでフェイルは場にそぐわないあっけらかんとした態度だった。

 そんなフェイルに対してさらに警戒心を抱いたのか、警官は「動くな!!!」と叫び、フェイルの行動を制限した。

 これにはフェイルも流石に困ったのか、どうしたものかという表情を浮かべていた。


「動くなって言われても、早くここから逃げないとあの変人が来るよ?俺はまだしも君達は凄い危険だと思うんだけど……」


 フェイルが、ギャレスのいる方向に指を刺しながら忠告した瞬間、その怪物は夜の暗闇の中から姿を表す。

 警官は、すぐに突如現れたギャレスに対しても銃を構える。

 フェイルとはまた違った単純な『危険度』を、警官達はギャレスから感じ取り、会場の入り口には何とも言えない緊張感が走る事となり、危うく一触即発の状態になっていた。


「とりあえず全員動くな!動いた者から脚を撃っていく!」


「だってさ!君動かない方がいいよ?」


 警察の忠告を、フェイルはそのままギャレスに言い渡す。

 しかしギャレスは止まる事なく一歩、また一歩とフェイルに近付いていく。

 ギャレスは威嚇射撃の宣言に怯える様子は一切無く、警官はいよいよ発砲の覚悟を迫られていた。

 見た目は外国人の為、日本語が通じていない可能性も考慮したが、それを考えている暇はない。

 恐らく、後十歩ほど歩いたところでギャレスは大きく踏み込み、フェイル、若しくは警官に襲いかかるだろう。

 警官からしたらギャレスは実に不気味であり、恐怖そのものであった。

 そして何より不気味なのは────


死んでないんだ……なんだお前……」


 ギャレスは顔に恐怖の感情を露わにしていたのだった。



 時はフェイルが殴られ、会場にガラスの破壊音が響いた瞬間まで遡る────



「ははっ……死んだよな?あぁ……殺せたかな!」


 普段のギャレスの暗い言動は消え失せ、何処か頭のネジが外れた根っからの殺人鬼の言動に切り替わっていた。


【これじゃあわざわざ日本に来た意味がないよぉ!】


[全くや……今すぐここから離れんと厄介な事になるで?]


 ギャレスが日本に来た理由は一つ。

 国際指名手配として逃げる為であった。

 イタリア出身のギャレスは物心付いた頃から人を殺す事で生を実感しており、これまで様々な国で罪のない人間や、あまりに酷い時は動物を虐殺してきた。

 当然ギャレスの顔は瞬く間に世界に知れ渡り、指名手配書が出回った。

 しかしギャレスは逃げ続けられていた。

 あらゆる策を講じて世界を渡り続け、警察の尻尾を巻いてきたのだった。

 それには秀才な人格の一人、マガトが関与していた。

 様々な国を回った挙句、今回マガトが逃げる先に指定したのは日本だった。

 空港の検査を偽造パスポートと偽のフェイスマクスで乗り切り、千歳ちとせ空港に降り立つと何かに導かれるようにギャレスは真っ直ぐに札幌に足を踏み入れた。

 当初の予定では遠軽えんがるというオホーツク側に位置する田舎に移動をしながら……という予定だったのだが、何故かギャレスは聞く耳を持たずに札幌へ一直線に足を向かわせた。

 何とかギャレス特有の殺人衝動を抑える為、死体と思わしきフェイルの元へ赴いた結果、巡り巡って今の状況に至る。

 日本警察にギャレスの顔が見られれば国際指名手配犯としてギャレスは即時逮捕されるであろう。

 それを阻止する為にマガトは思考を巡らせる。


《とにかくここから離れて。移動しながら逃げ道を考えよう》


 マガトが一先ずギャレスに命令を出す。

 しかし、ギャレスは何故かそこから動かなかった。


《ギャレス?何をしてる。早くここから────》


「何で……生きてる?」


《……は?》


 ギャレスはマガトの言葉が耳に入っていないのか、言葉の途中で人格を変え、驚きの言葉を呟いた。

 思わずマガトは疑問の声を上げる。

 あの勢いで繰り出されたギャレスの打撃を食らって五体満足の状態でいれるのだろうか。

 しかし、マガトは人格を表に出して視線を前に向けると、ギャレスの言葉通り確かにそこには吹き飛ばした筈のフェイルが無傷の状態で立っていた。


《嘘だろ……アレで無傷なのか?》


{はっ!いいね!見かけによらずタフネスじゃねえか!}


 ヴァイラがタフという言葉で表現するが、そんな言葉で片付けて良いのかとマガトは思わず疑問視した。

 しかし今はそんな事を考えている余裕はない。

 何とかマガトはギャレスを抑える為に説得を始める。


《今ここで争っても危険なだけだ!引き返すんだギャレス!》


「殺さなきゃ……殺さなくちゃ!!!」


《聞いているのかギャレス!このままだと君が殺される側に回るんだぞ!?》


「本当に生きてんのかな……?あぁ、殺してえよ!!!」


《おい……!》


〈やめんかマガト。こうなった以上ギャレスは止まらん。何とかあの男の命と共にこの場を上手く纏めるぞ〉


 老齢な声がギャレスの身体から放たれると、マガトと思われる人格が再び現れ、苦虫を噛み潰したような表情を顔に浮かべた。

 しかしすぐにその顔を小さな深呼吸と共に平常に戻すと、同時にマガトは思考を巡らせて最善の策を練る。


《いいかい、ギャレス。アレを殺すなら一分だ。それ以上はここにいたら危険だからね。必ず一分以内に殺すんだ》


「あぁ……殺せるんだな!」


 ギャレスは理解しているのかよくわからない返答をしたが、どうやら殺しの許可を得た所だけはしっかりと聞き取っていたようだ。

 そして先程の状況に至る────

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