出演者⑤ - 不遇者
パーティー開幕の朝。4月9日。
そんなパーティーが行われる事など知る由もなく、ただ街のベンチに腰をかけ、呆けた顔をしている外国人の男が居た。
男は昨日からずっとこの場所から動いていない為、今日も男を見かけた人間はホームレスなのか?と疑った。
実際男に帰る場所は存在せず……というよりとある事情から帰ることが出来ずにいるので実質ホームレスの状態であった。
何故男がそんな状況に陥ったかを説明するとなると、時を少し遡らせる必要がある。
先日────
すすきのにある、とあるビルの地下室。
そこで男────ウィルは目を覚ました。
かなりの衝撃で頭を殴られたので記憶は曖昧だが、何かが不味い気がするのは勘でわかる。
自身が所属している『リバース』という組織に危険の手が迫っている。
ウィルは『リバース』自体にはさほど興味が無かった。
用があるのは『リバース』の長を務めている不死者、ライム・ノルウェーツだ。
数ヶ月前に電話のみでライムの監視、状況を報告してほしいという依頼を受けて以降ウィルは『リバース』の一任としてライムを見張ってきた。
依頼主は業務内容からは明らかに考えられない、数万円単位の大金を毎日振り込んでくれる為、ウィルにとって今の仕事は天職とも言えた。
しかし『リバース』が万が一解散する様な事があればそれは非常にまずい。
依頼主からの金は出来るだけ長い間稼いで貯金しておきたい。
ライムが負ける姿はあまり想像出来ないが、少しでも危険は排除しておきたい。
その一心でウィルはビルの地下室から地上へ足を向かわせた。
ビルの扉を開けると太陽の光がウィルの事を
ウィルが地下室に入って意識を失ったのは夜。あれからかなりの時間気を失っていたのだろう。
不味い予感が加速する────
ウィルは急いで『リバース』のアジトに足を向かわせた。
しかしウィルはアジトの近くでその急ぎ足を無理矢理止められる事となった。
────マジか……?
嫌な予感が的中した。
『リバース』が使用していたアジトにはパトカーが数台止まっており、警官が常にアジトとなっていた廃工場の前に立ち尽くしていた。
その数はざっと20人と言ったところか。
外に立つ警備隊や、内側へ潜入し捜索する警官は
────ライムは逮捕されたのか?
さらに嫌な予感が頭に過ぎる。
ウィルは急いで近くの銀行口座に今度は足を向けた。
銀行口座に着くなり急いでポケットから財布を取り出し、カードを挿入する。
焦燥を帯びるウィルとは真逆に、機械はいつもの呑気とも取れる平常運転のスピードで操作を促す。
そんな機械にパスワードを求められると、ウィルはカードパスワードを焦りながら入力した。
しかし────次の画面でウィルの思考は停止する。
【パスワードが違います】
────ん〜〜〜は?
何かの打ち間違いだろうと思い、ウィルはもう一度と打ち直す。
しかし……
【パスワードが違います】
間違ってはいない。決して。
しかし目の前の画面は間違っていると主張している。
ウィルは機械の故障かと疑い、隣の機械に移動する事にした。
しかし……
【パスワードが違います】
ウィルはその場に膝から崩れ落ちた。
そんなウィルを銀行員や客が思わず不思議そうに見つめる。
子供が「どうしたの?」と親に聞くと、その親は「見るんじゃない」と目線を強制移動させていた。
側から見たらウィルは破産した様に見えているのだ。
実際殆どその通りなのだから、ウィルは膝から崩れ落ちたのだが……
登録した銀行はウィルは日本に来る際に登録した銀行で、持ち金は全て日本円に変えて同じ口座に入れていた。
それ故にパスワードが変えられていれば依頼金以外の金も取り出せない。
ウィルは慌てて携帯から依頼主にせめて俺の金は返してくれと伝えようとしたが、携帯から返ってきた返答は「現在、この電話は使われていません」という声だった。
「勘弁してくれよ……」
ウィルはその場に座り込み、今後の事を考える。
────おいおい、このままだと今日の飯も食えねえぞ。
────ていうか『リバース』が解体されたって事はその主要人物の俺は指名手配とかされてるんじゃねえか?
────俺は故郷に……帰れんのか?
ウィルの頭の中には次々と嫌なイメージが膨れ上がっていき、自然と嫌なイメージは冷や汗としてウィルの背中を流れていく。
後ろで次の銀行口座の使用を待っていた老人がそんなウィルの肩に手を置いて「大丈夫かいな?」と声を掛ける。
ウィルは老人の手の感触を肩に受け、初めて周りに自分が悪目立ちしている事に気付くと、その場から即座に立ち上がった。
────目立つ行為は極力避けねえと……
「すまない爺さん、ありがとな」
ウィルは昨夜の戦いの時は別人のような話し方で老人に感謝を告げると、銀行の出口へと足を向かわせた。
ウィルは仕事モードに入ると口調が度々荒くなるが、オフの状態だと誰にでも優しい気さくな人間へと変貌する。
昨夜は日本人の事を軽視する様な発言をしていたが、それは本心からの言葉ではなく、あくまで敵を煽り立てる為の建前でしか無かった。
ウィルは銀行から出ると一先ず『リバース』がどうなったかの情報を集める為に街の中にへと進んで行く。
目指す場所はゴミ箱。
SNS化が進んでいる現代のため、紙媒体の新聞を街で読んでいる人は少なくなってきてはいるが、中年のサラリーマンなどは未だに読んでいる人も少なくはない。
そのサラリーマン達が捨てた新聞をウィルは漁りに行こうというのだ。
側から見るとかなり汚らしく滑稽に見えるだろうが、今のウィルにはそんな事は気にしている余裕なんてなかった。
ウィルは大通りの一角にあるゴミ箱の前で足を止めると、何の躊躇いもなく蓋を全開にしてゴミ箱の中に手を突っ込んだ。
紙ゴミとはいえゴミの分別もできない市民のせいで感触はかなり気持ち悪いが背に腹は変えられない。
ウィルはしばらくゴミ箱を漁っていると、それらしき物を掴んだのか一旦腕を引き上げた。
ウィルの予想通り、手に掴んだのは確かに新聞であった。少し汚れてはいるが読めないことも無い。
新聞の右上には発行された日付が書いており、すぐにウィルはそこに目を落とした。
4月8日。
その文字を見てウィルはめまいがした。
────俺が気を失ってから二日も経ってんのかよ……
二日も意識を失えばライムの監視を命令してきた依頼主は、銀行口座をこちらから干渉させる事が出来なくする事ぐらいは出来るのだろうか。
他にも『リバース』のメンバーはこの二日間でどれぐらい逮捕されたのかを気にしながらウィルは新聞を捲る。
すると、次のページには大々的に【街のお騒がせ リバース壊滅】という見出しが載っていた。
見出しの下には三枚の写真が貼られており右から首謀者のライム。二枚目に逮捕をした警察官。三枚目に大きく今回の事件に貢献したとされる外国人の写真が載っていた。
────おいおい、本当に消えてたとはな。
ライムの負けるところは想像しにくいが、新聞に載っている以上は本当なのだろう。
ウィルはすぐに立場を考えて右手に刻まれている『リバース』の証とも言える青い鳥のマークを擦った。
他の団員は入れ墨にしているがウィルは万が一に備えてスリーブにしておいたのだ。
スリーブは元依頼主から提供されたものでその出来は全く違和感を感じさせず、大凡完璧と言える品であった。
そのおかげでウィルはスリーブの存在もライムにバレずに親衛隊の位置まで上り詰めたのだが、こうなってはそんな地位は意味をなさない。
少し強めに擦ると、肌に明らかに違和感のある皺ができ、それを引っ張ると青い鳥のマークは綺麗に腕から剥がれ落ちた。
ウィルはそれを燃えるゴミへ捨てると新聞紙片手に近くのベンチに腰を掛けた。
────『リバース』が壊滅した以上、警察側に俺の顔がバレていても不思議じゃ無い。
────助けもない状況……絶望的ってのはまさにこの事だな。
『リバース』のメンバーは探せばいるだろうが、有益な情報を持っている人物はあまり多くはない。
金を貸してくれる人間がいれば良いが、金を借りた所で空港で顔を確認されたら終わる可能性がある。
どこまで自分の顔が広まっているかわからない為、ウィルはしばらくの間は『リバース』のメンバーの逮捕状況や指名手配状況を探る事にした。
となれば街の中を歩かなければならない。
ウィルはベンチから立ち上がり街を歩こうとした瞬間だった。
「ちょっとそこのお兄さん時間あるかい?」
────何でこんなベストタイミングなんだ?
ウィルに声を掛けたのは警察官だった。
警察官は胸ポケットからメモ帳の様なものを取り出し、ウィルの返答を聞く前にどんどん話を進める。
「いやぁ、君がゴミ箱漁ってるのを見ちゃってね?ほら、最近物騒じゃん?念の為の職質って奴をしたいんだけど……って君外国人か。日本語は通じる?Do you speak Japanese?」
────逃げるか?
────いや、待て。俺の顔が割れてるとしたらこんな警官一人でわざわざ会話から始める様な逮捕の仕方をするか?
街を騒がせた『リバース』のトップともなれば、警官複数人で問答無用の逮捕が通常だろう。
一人となれば逃げれる可能性はある。
ウィルは武力抵抗を試みようと頭に考えが過ぎったが、冷静に物事を考えて頭を働かせる。
抵抗しても日本の警察は銃は使わないとこの国に来てウィルは知っていたが、それでも警棒は厄介だ。
彼らも警察学校を出ている一人前の警官の為、武道はやはり嗜んでいるだろう。
抵抗するのはあまり良い策とは思えない。抵抗に成功しても辺りに噂が広がれば抵抗も意味を成さない。
逃げると返って怪しまれる可能性も出てくる。
ウィルは状況的に話すのが最善策だと言う考えに行き着き、警官の質問に答える事とした。
「日本語で大丈夫だ。少し金に困っていてな。新聞紙も買えない始末さ」
「おお、そりゃ良かった。金に困ってるねぇ……ゴミ箱を漁るレベルって事は突然帰国は出来ないよね〜」
「まあ、そうだな。今日を生き抜くので精一杯だ」
「そうか、なんか悪い事を聞いちゃったね。いやほら、最近『リバース』が壊滅したじゃない?おっと、その前に『リバース』は知ってるかい?」
『リバース』という単語にウィルは身体をピクリと反応させ、警戒を強める。
「あぁ、知っているよ」
「その『リバース』の残党が街に蔓延っててね。迷惑してるんだ。だから怪しい人の手のひらを見て『リバース』のマークがあるかどうかを確認してるのよ。お兄さんは見た感じ無いから大丈夫だけど。まぁ、帰国できる様幸運を祈っておくよ。ありがとう」
そういうと警官は一方的に会話を終えてパトロールへと向かっていった。
しかしウィルはそんな警官を少し待ってくれと言って引き止めた。
────俺の顔は割れてない。なら今の『リバース』のメンバーの状況を少しは聞けるな。
「今『リバース』のトップ?の奴らは全員捕まってるんですかね?アイツらが捕まんないとほら……まだまだ危険が街中に転がってるわけじゃないですか」
ウィルの質問に警官は特に疑問を覚える事もなく、サラサラと現在の状況を語っていく。
「リーダーのライムって奴は捕まってるよ。近いうち場所までは公開されていないが、何やら有名な刑務所に収容される噂がある。他のトップの奴らは確か
────七人……?
おかしい。『リバース』のトップはウィル、ハバネ、トーチカの三人である。
警官の言葉に一瞬頭が混乱したがウィルは即座に今の状況を再整理し、理解をした。
────なるほど、替え玉って奴を誰かがしてくれてるな。
恐らくは先に捕まった『リバース』のメンバーが俺がトップだとでも名乗り、ウィル達を逃がそうとしているのだろう。
これはウィルにとっては
「そうか、一秒でも早い逮捕を願っているよ」
「あぁ、ありがとさん」
警官に別れを告げるとウィルは街の中を堂々と歩き始めた。
特に怪しまれる様子が無い以上コソコソしても意味が無い為、堂々と街中を歩く。
かと言って行く宛は特に無かった。
とりあえずは街を歩いて『リバース』のメンバーと思わしき人物に声をかけるか、もしくはここまで堂々と歩いているのだから声をかけられるのを待つか。
どちらを取ろうかウィルは少し考えたが、適当に身体も動かしたかった為、ウィルは適当に街を歩く事にした。
そして現在────
「誰も声を掛けてこないし見つからねえ」
半ば廃人めいた疲れた顔を貼り付けながらウィルはボソッと声を出した。
「とりあえず飯だ。飯がなきゃ生きていけない」
昨日から結局何も食べていないウィルの空腹は限界を迎えつつあり、それと同時にまともな思考も出来なくなり始めていた。
道行く人達はウィルの姿を見ても憐れみを向けるだけで、その憐れみを善意という行動に移そうとする者はいない。
ウィル自身もそれはよく理解していた。自分がもし逆の立場ならわざわざ話が通じるかもわからない外国人に手を差し伸べる人間なんてのはほぼいないだろう。
ウィルはそんな事に溜息を吐くと、どうしようもなく広い札幌の空を見上げた。
春の日差しが眩い光を放ち、微かに残る雪を溶かす太陽は今日もどうしようもなく輝いている。
────全く、人の気も知らないでよ……
ウィルはそのまま目を瞑った。
やる事もなければ考える事も無い。ならば脳を使わない為に寝る他無い。
そんなウィルにとって、幸運は突如として舞い降りる。
「何だ……?」
春の暖かさにうとうとしていたウィルの顔に一枚の紙が、風に
その紙を読んでみると、そこには今のウィルにとってありがたいとしか言いようの無い内容が書かれていた。
「パーティーだと?」
札幌の新市長ハルネ・ハーネストの就任会。
恐らく身内だけに配られた紙なのだろうが、誰かが手から滑らせてしまいこの街を漂う羽目になったのだろうか。
しかしありがたい事だ。
紙の下部分には食事の提供と書いてある。恐らくこの手のパーティーは参加者への提供は無料だろう。
さらに言うと、何やらビッグイベントも行うらしいでは無いか。
紙には『参加している全員にチャンスが平等に訪れる』と期待値を上げる様な事が書かれており、ウィルは目を疑った。
そしてウィルは頭の片隅で、上手く紛れ込めば自分にも参加資格が貰えるのか?とブドウ糖が著しく低下した脳みそで考えた。
────これは好機だ。
うまく紛れ込んで飯を食べる。そしてあわよくばイベントの報酬を貰う。そして一旦母国に帰る。
ウィルはそうとなれば紙をポケットに詰め込み、会場へ行く前の準備を始める。
と言っても公園で顔を洗うだけなのだが……
────ようやく運が味方をしてきたぜ。
ウィルはこう思っているが、この後彼が血飛沫飛び交う殺し合いの場に参加する事など知る由もない。
さらにはその場でとんでもない人物との妙な関係が出来る事も。
何故なら彼は今────不幸の真っ只中なのだから。
× ×
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