第21話 報酬金王が転職すると言っていますね。

『町の中心部から、それぞれの道路の向こうを見ると、それぞれの巨大都市が展望できる』


それが、この町のアピールポイントだった。



いま、その向こうに見える巨大都市には、まだ白い煙が上がっていたり、建物が半分無くなっていたり。

地震の影響は、けっこうな深刻状況を示しているようであった。




初めの予想通り、その巨大都市から逃げてきた人たちが、この町のあちこちにテントを張っている。


日本の土木建業経験のフィラットが住居の損壊状況を判定し、C判定になった『住んじゃダメ』の建物も、いま町中の大工が急ピッチで取り壊し、新築を作っているところだ。


学校では、先生と生徒が、地元大工の指導の下、出来る範囲で自分たちで片づけをしている。


宿屋も内装業の人がメインで、家具を直している。


酒屋は、酒の入れ物だった陶磁器やグラスの、割れた物の処分に一苦労だ。



それらにかかっているお金は、税金から出すことで、役所は決定している。なので木材屋とかレンガ材屋は、役所経由で銀行からお金を受け取る段取りをしているところだ。




町中では、大人の体力のあるものは、山から木材の調達と、レンガ造りの土運びに精を出している。

女性や子供たちは、そうやって働いている人たちの、食材集めと料理、仕出し、後片付けや掃除など、やることはいっぱいだ。




さて、残った者たちは。


*  *  *


東の関所の近くに、茶葉の隠し倉庫がある。

その小道から出てきたケラムは、そのすぐにある家に入ろうとしている人を見かけた。地震の時に、崩れた建物から人を助けたりしていた人だ。役所の人たちの前に立って、あれこれ指示を出していたところも見たことがあった。あの人だ。


ケラムは、気が付いたら、その人の前に立っていた。


「あ、どうも、こんにちは…」

その人の方が先に挨拶をした。


「あの、ここの家の方だったんですか?」

茶葉をこの町に入ってくるのは東の関所からなので、隠し倉庫もこの目の前にある。この通りをよく通っていたはずなのに、この家に住んでる人を見かけたのは初めてだった。


「あ、ああ、はい。僕もあまり家を出ることは無いもので…」


「あれ、でも地震の時はあれだけ動いていたじゃないですか。」

「あ、ああ、見てたんですか?恥ずかしいなあ。」

「だって、あれだけ活躍してたじゃないですか。」

「あー…、でも、僕なんて、何もできないですよ。だから戻ってきたんですから。」

「何を言ってるんですか。ああいうことが出来る人は、この町にだって何人もいませんよ。」


『危機を救える人というのは、勇者とか英雄とか言われる人のことで、あなたはその価値がある。』


ケラムのこの言葉を聞いたときの、この人の顔。

驚いたような、泣きそうな、複雑な表情を見せた。


「あ、あの、あなたの名前は…?」

「私は、茶葉の商売をしています、ケラムと言います。」

「お茶、ですか…」


よくよく聞くと、普段もお茶を飲まないんだそうだ。もっとも、ケラムのお茶も、この町ではほとんど売っていない。倉庫の拠点はこの町だが、北の国に持って行って売ってるからだ。だからこの町で知らない人もいるのは当然だ。


「そのお茶って、利益は出るんですか?」

町の人で『利益』という言葉を口にするのは、銀行の人か、役所の偉い人くらいしか言わない。税金の仕組みを知っている人のことだからだ。


そうじゃなければ…、


「…転生者?」


「えぇ?」


「あなた、日本人ですか?」

「…、そうです。」

ボソッといったその言葉に、ケラムは顔を上げて喜んだ。

「そうですか。あなたがそうだったんですね。」

「なんで、…僕が日本人だと…」



「あ、ああ、すみません。宝石商の方と、この前会いましてね。少し話をしたんですよ。」

「ああ、平田…じゃない、フィラットさんですね。」




ケラムはフィラットさんのことを話し終わると、茶葉のことを話した。

「…、利益なんて、何も無いですよ。生活するのだけでも、精一杯です。お茶の商売は、厳しいものです…」


話そうとして話したわけではない、のだが、この人には聞いてもらいたい。そう感じたのだった。


東の山での事故を、おそらく忘れることはできないだろう。

商売の稼ぎは、その思いを忘れるために投資しているのだから。




「そうなんですか…。…あの、僕でよければ、なにかお手伝いさせてください。」


「え、それは有難いですけど…」

「僕は、ハヤチといいます。なにかあったら、この家にいますので。」

ぎゅっと手を握られて、胸がジーンと熱くなってきた。

「あ、ありがとうございます。では、なにかに困ったら、ここに来ていいですか…?」

「どうぞどうぞ。ケラムさんのために、なんでも言ってください。」


まっすぐな目で見つめられ、不思議な感情に包まれた気がした。

その感情は、もうすっかり忘れていたようなものに似ていたような気がしていた。

そのなにかは、懐かしく感じた。



*  *  *



「僕はもう、やることを指示出したら、あとは役所がやることだからねえ。お手伝いできるようなことって、実はあんまりないんだよなあ。」


報酬金王ハヤチは、待ちの状況になっていた。そしてフィラットも、


「いまの本業は宝石業だからな。この町の大工や内装とは、仕事のやり方も違うから手伝えねえし。」

と、肩を落とす。


「宝石の石を取りに行くのは出来ないのかな?」

「それが、昨日様子見に行ったら落石があったりで、道も塞がれてたんだ。まだ余震が続いている間は、岩盤も亀裂が入ってたし、恐ろしくて近づけねえな。幸い、宝石の全部は、オレがずーっとしょってるから全部無事なんだけどな。」


と言ったところで、


「…あ、忘れてた。ターコイズって、身代わりの石でもあったんだよな。」

「ん?なにそれ?」


「昔、この石を持ってた人に、危険が迫っていた時があったんだ。なんとか逃げてこられたんだけど、その時に石を見たら、色が変わっていた、というんだ。この石が身代わりになって、持ち主を助けてくれた、という言い伝えがあるんだと。」


「へぇ~。」

「これがそうだといえば、金持ちは買ってくれるかもしんねえな。よし、都会に行ってくるか。あ、悪ぃ、アサフはお願いする。面倒みててくんねえか。そんじゃ。」

と、言うが早いか、その姿のままで走り出した。




これで、本当に残ったのは。ハヤチだった。


「フィラットさんも、出来ることを見つけたのか…。」


しばらく、黙していたが、


「…うん、そうだな。やっぱり、やるか。」



*  *  *


日が暮れるころを見計らって、ハヤチは町の中心に向かって歩いてみた。

表には人は全然いなかった。地震が怖くて、家の中にいるのかもしれない。



「すいませーん…あの…」

ギルドの窓口に顔を出すと

「あ、ハヤチさんじゃないですか。大丈夫でしたか?」

と、ギルドにいた20人くらいの人たちが全員、ハヤチの周りを取り囲んだ。

「え、あ、あの、」

ハヤチの手を取って、涙ぐむ人もいた。


「いやーあの時、家の中に取り残された時、ハヤチさんがガレキを取ってくれて、助けてくれまして。本当に本当に。」

「私も子供たちも全然覚えてないんですけど、ハヤチさんがロータリーに連れてってもらったそうで。」

「家から出ろって叫んでいたので、みんなで家を出たんですよ。そしたらすぐに家がつぶれて。」

「ホントに、ホントに、ハヤチさんがいてくれて、よかったですよ。」


「あ、あの、えーと、すみませーん窓口の方…」

ハヤチの声もかき消されるくらいの、大混雑になった。



ギルドの奥の席もいっぱいなので、スタッフルームの中に入れさせてもらった。

手狭なスペースだが、個室状態なので、見られることも無いので安心できる。

「いやぁ、そんなことになっていたとは。自分が驚いてますよ。」

「報酬金王の次は、人命救助の鏡ですね。」

「いやいや!そんなこと。そこまで出来てませんよ。」

「いーえいえ。だってこれだけの証人が、目の前にいらっしゃるんですよ。」

「んー、いやぁ、なんだか実感がわかないですねえ。まさか自分が…」

なんだか恥ずかしくて、頭を掻きむしっていた。


「それで、今日は何かあったんですか?」

「…あ、あぁ、そうです。今日はちょっと、相談というか…。」



*  *  *


「トーシカ?なんですかそれは?」



ざっと説明しますと…、

今の僕は、報酬金をたくさん持っているんですけど、このお金をフィラットさんに出しています。

これでターコイズを高値にして宝石として売ることが出来たんです。

そして、その下で働いているアサフくんも、もともと働くことは困難と言われていたと思うのですが、みごとに宝石を作る仕事が出来るようになりました。


このように、いくらかお金を出して、ある一定以上の成果を出させる手助けをする人を、『投資家』と呼ぶんですね。


「僕は、そういった商売をしたいと思ってるんです。」



「…えーと、…すみません、わかりません。つまりどういうことなんでしょうか…?」


「要するに、僕がお金を出すので、商売をやりたいという人の手助けを出来るようにしたい、ということです。なので、『商売をやりたい人を募集する』ことを、掲示板に申請したいと考えています。」

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