第20話 お茶の商売の昔話をさせていただきます。

「さて、私もそろそろ商売を再開しましょうかねえ。お茶が悪くなってしまいますよ。」

倉庫の中の茶葉を入れている箱を見上げながら、呟いた。

そしてゆっくりと外に出て、扉を閉めた。




*  *  *


今ではこの町の銀行の相談役という立場にいるが、もともと茶葉の売り買いで生計を立てていた、ただの商人だった。


実は、転生者でも何でもない。東の国に住んでいた、ケラムという名前。これもこの町だけで使っている名前で、本当は女性だ。ケラムという名前は、この町のあたりでは、男性に使われる名前なのだ。



ダィジリンは、ケラムが子供のころから飲んでいたお茶なので、取り扱いはお手の物。

東の国で結婚もしていたが、些細なことで離婚、傷心を癒すために旅に出た。

ただ、当時は女性の旅はご法度という時代だった。そのため男に成りすまし、その国で言う西の山を越えて、この町までたどり着いたのだ。




女一人で何が出来るかと言えば、やはりなにも出来ることは無かった。ただ、この町の景色が、東の国になかった、とても綺麗だった。壮大な山々の風景、草原の小動物。

ここで暮らすにはどうしたらいいかと考え、始めはやはり体を売るしか方法は無く、酒場などに潜り込んで一夜限りの関係をやり過ごすこともした。

さらに北の国にも行って、酒場や売春宿も経験した。



しかしそういう関係も長くは続かなく、やっぱり東の国に戻ることにしたのだ。



捨てたと思った東だが、生まれ育った地域に馴染みの食文化。忘れられるものでは無い。

それならばと、東の食物を向こうに持っていき、売ってくる。そういう交易を出来ないか、と考えるようになった。

いくつか試した食材のうち、最も妥当なのが、茶葉だった。日持ちする、比較的軽い、好き嫌いが無い、なにより高値でも買ってくれる。

そうして、茶葉専門の商売人としてやっていくことにしたのだった。



そこそこ儲かってくると、やっぱり女性一人での交易はさすがにキツイ。

そこに、ビジネスパートナーとして男性が近づいてきたのだ。なお、その男性も転生者ではなかった。

茶葉の運び屋として手伝ってくれたところから、次第に仲良くなり、親密になっていった。

あちこちの町でモンスター討伐で稼いでいると話してくれたこともあった。

そして転生者をよく知る人だったようで、色々な知識を教えてくれた。

山越えの旅も同行して行くようになった。



そうして商売が好調になったころに、その男性は山の中で、あるモンスターに襲われて、滑落して死亡した。


その男性と結婚して数カ月たった時の出来事だった。



その男性が、ケラムを庇(かば)ってくれたおかげで、ほぼ無傷のままで、山から駆け降りることが出来たのだ。

そうして町にたどり着いたケラムは、まっすぐその足でギルドに向かった。

掲示板に、あのモンスターの討伐の申請を出した。賞金額を、他の人の2倍にして。


「あ、この報酬金のお金は、北の国のお金ですね。そうすると…この金額になりますけど、よろしいですか?」

「はい、お願いします。」

金額を見ずに、即答した。


やっと、幸せに生きていけると確信できる男性と出会った矢先の、すべてを奪い去られた出来事。

敵討ち、以外の、なにものでもなかった。




それ以来、とにかく茶葉の商売に徹して、我を忘れる勢いで生きてきた。


実は、茶葉は、この町を通り過ぎて、北と西の大都会にまで売りに行っていたのだ。

この町では、宿屋に泊まるだけ。

高値で買ってくれる金持ちを目当てに、この町は素通りするだけだった。しかしそれで成功していたのだ。

だから、この町で茶葉を卸すことは、実際に考えていなかった。



*  *  *


そのモンスター討伐の報酬金に気が付いたのが、銀行頭取、エージだった。

特定のモンスターだけに報酬金を出す人を、不思議に思った。

そしてそのモンスター討伐だけに集中して依頼を受ける冒険者がいたことにも気が付いた。

ほぼ、一対一のやり取りで、それ自体が莫大な金額になっている。

そのために、エージ本人が動いた。

冒険者はなかなか会えなかったが(冒険者の方が、会見を拒否していたため)、依頼者はすぐに会うことが出来た。



「それなら、この町にひとまずお茶を置いてみてはどうですか?」



この一言がきっかけだったのだ。

ここからケラムは、この町に小さな家を借り、生活するようになった。

あの東の山に住むモンスターが減っていき、商売が格段に売り上げが上がっていった。

銀行との取引も始まり、大都市のお金の仕組みなども、いろいろ情報を提供した。

お茶の販売方法の模索なども、一緒に考えたりもした。



*  *  *


一転。


銀行としては、大都市に売った茶葉の代金を、この町に落としてくれて、経済発展という効果を狙っていたのだ。


しかし、銀行の思惑は外れた。




ケラムは、お茶の儲けを、ほとんどモンスター討伐報酬金に回しているのだ。理由は語らず、頑(かたく)なに。事情も知らないエージは、ケラムのその様子から、これ以上の詮索は無理だと判断した。おそらくこのお金の流れは変えられないだろう、と思った。



それでは、報酬金を受け取った人に、この町に落としてもらい、町を大きくしようと考えた。


しかし、報酬金で出たお金が、どこにも出回っていないのだ。

10年以上遊んで暮らせるだけの、莫大な金額が、忽然と消えるわけがないのだ。



これはもう、報酬金を受け取った冒険者本人に聞くしかない。そのお金はどこに行っているのかを。



冒険者が何者かが分からないので、まずギルドに聞いた。登録名簿から名前だけは分かったが、他はいまいちあいまいな返答しか返ってこなかった。


今度は管轄の役所に聞き、その冒険者の素性を、極秘に調べたいと話したのだ。



その結果報告書を受け取り、ふむ…と悩んだ。

部下がひそかに冒険者を尾行してくれたおかげで、冒険者の所在は掴めた。

しかし、これだけでは、判断は付けられない。

お金も持っているのかも判らない。


また、部長の判断で、冒険者が賞金稼ぎ家業と認定させる方針であることが書かれていた。

その方法であれば、稼いだお金も税金で入ってくる。金額は低くなるが、まあ、仕方がない。



しかしそれも不遇に終わる。

なんとか申請はしてもらえたそうなのだが、今度はその冒険者が、依頼を受けなくなってしまったのだ。

いったい何が起こっているのか、まったく分からなくなってしまったのだ。

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