第12話 長文ですが、新しい商売の話なんです。
銀行頭取エージさんから、電話がかかってきた。
ちょっと新しい仕事が出来そうだから、まず話をしたいという。
私も何度かこのような商売話をしているが、今度の話は、ちょっと大きな規模になりそうだ。あの話し方から、そんな予感がしたのだ。
* * *
待ち合わせのカフェに入った。エージさんが私の顔を見つけ、手を挙げた。
「ああ、ムスタファさん、こっちです。こちらへ。」
と、店の奥に案内する。
「ん?こっちに席があるのかい?」
廊下を曲がった先に階段があり、エージさんはその階段を上っていく。
「知りませんでしたか?」
「この店には何度か来たことはあったけど、この階段は知らなかったな。」
「このお店は、私の友人がやってましてね。けっこう前に改装してて、よく使わせてもらってるんですよ。」
と、2階に上がったところに、ドアがいくつかあり、手前から2つ目のドアを開けた。
丸いテーブルがあり、椅子が何脚か並んでいる。1階にある席のものより上品な椅子だ。
窓は町の通りを眺められ、遠くには南西の山々が見える。
昼下がりの日光がうっすらと部屋に差し込んでくる。
「ほう、そういうことか。」
私は、納得した。
「このお店の、個室です。外国からのお客様を呼んだ時などは、ここに案内することがあります。いわゆる、商談するスペースですね。」
「階段を上がった、会談場所か。」
「オヤジギャグが上手くなりましたねえw。」
「怪談話にはしないでくれよw。」
この建物の2階部分は、床も壁も二重構造になっているので、隣の部屋にも、1階へも、外にも、人の声は伝わらないようになっている。大都会の設計士も協力してくれたのだそうだ。
「だから、その時の大都市の建築家経由で、商談が来ることもあるんですよ。」
「へええ。そういうところは知らなかったな。」
「今の町長にも、前の町長にも、ちょっと恩恵がある部分がありましてね。あ、ああ、一応言っておきますけど、銀行の頭取の私での商談だから、裏は全くありません。ブラックなことは、私が受けないし、部下にもさせていない。」
「あ、あぁ、それなら、いいかな…、ってことは、今日はなんの話だい?」
「うん、今日は、」
カチャッ「失礼します。」
「あ、ああ、ちょうどいいタイミングだ。これこれ。これですよ。」
「あ、ああ、これは確かこの前のお茶だな。この香り。」
「そう、ダィジリンです。」
店員が手際よく、そのお茶を淹れてくれて、私の前に置いた。
今日はガラスではなく、白いカップに淹れられている。
手に持つ部分の取っ手が細く、滑らかな手触り。
カップの胴にも受け皿にも、青い細かな図柄が描かれている。
「このカップ、これも見たことが無いなあ。焼き物だろ?ずいぶんすべすべしてて、薄くて割っちゃいそうだ。」
「これは西の国から取り寄せた磁器ですね。今までの物よりも新しいタイプのものです。カップと受け皿と、お茶を淹れるポットも、セットになっています。ほら、デザインも同じでしょう?」
言われてみると、柄も色も統一されている。こういった細かな点まで洗練されている品物なんて、
「オレには縁が無いと思ってたんだけどなあ。触るのが怖くなるよw。」
「慣れですよ。生活がこういう物に囲まれてる都会だと、日常ですよ。」
頭取も一口飲んでカップを置くと、口を開いた。
「この、ダィジリン、この町を拠点にしたいんです。」
* * *
「このダィジリンというお茶は、この東の都会の、そのもっと東に行かなければ取れないんですよ。そこで採れたものが、最高峰の味わいの本場なんです。他の近くの地域では、この味わいが出ませんでしたので、産地は決定したものと考えています。
ただし、ここに持ってくるまで、やはり数日もかかっています。護衛の冒険者も付き添いで来てもらいましたから。それだけ手間暇かけて持ってきた貴重品です。
なので、誰にでも売る訳にはいきません。品物をわかる人にお願いしたいんです。」
「しかしそれなら、大都会に行けば、すぐ売れるのではないかな?お金も持ってるだろうし、買う人もたくさんいるだろう?」
「そこです。先ほども言ったように、誰にでも売りたい訳ではないのです。私が『この人に売ってほしい』と感じた人に、お任せしたいと考えているんです。」
「しかし、どこに保管していきますか?都会に売る分までの量を、この町に、そんな保管する場所はありませんが。」
「保管はせず、持ってきた分をそのまま売っていけばいいではありませんか。」
「え、そんなことが…?」
「このダィジリンのお茶は、原料はご存じの通り、木の葉っぱです。それを現地で焙煎して製品として仕上げたものを持ってきます。
つまり、保存することを考えていないので、倉庫を想定していません。
なので、商品がこの町に到着した瞬間から販売することが出来ます。だから、誰でも出来るんですよ。販売する方法は、お金と引き換え。これだけです。簡単でしょ?」
「あー、木の葉っぱだから、取れる時期は決まってるんだな?寒くなると取れなくなる。そういうことかな。」
「そうです。同じ葉っぱでも、時期によって育成が変わるので、若い葉っぱと成熟した葉っぱでも、味が変わってくるんです。ムスタファさん、鋭いですね。そういうことなんです。年間通して同じものはない。時期が変わると味わいも変わる。それがこのお茶の特性でもあります。」
「ふむ…、それなら、商工会に話してみるか。販売店をいくつか作って、輸入・保管・搬送も一手にまとめてやってもらう方法にすれば…。」
「この町を、輸入した商品の拠点にして、周りの大都市に仕入れるようにしていくんですよ。ダィジリンの価格を、この町で決めるんです。」
「え?」
「できるでしょ?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。えーと、うーんと、ちょっと私の一存では決められないぞ。」
「もちろんです。この話は、私もまだ決定ではないです。どういう商売にしたらいいか、考えながら話をしていたので。」
「そうだなあ、そしたら、商工会の何人かと話して、銀行と話できる場所を用意しようか。役所の会議室があるので、そこを使えるようにしておこう。
あと、契約書も必要になると思うから、システムとして法人を一つ建てた方が良さそうだなあ。そうしたら雇用も考えなければならんし。うーんここはギルドの掲示板で事業立ち上げのスタッフを募集してみようか。選考基準…初めだから、総務部のメンバーで決めた方が良いか。」
「よかったです。やっぱりムスタファさんに相談してよかった。」
「まあ、私もどこまで力添えできるかどうか。」
「銀行の相談役の方が、ムスタファさんを推薦していましたので。」
「え?私を?」
「そうです。」
「えっと…、でも、私は、その方とは会ったことが無いと思ってたんだけど…」
「でも、町中でよく見かけてるとおっしゃってましたよ。」
「…、それだけで?」
「分かる人には、見えるんでしょうかね。」
「その相談役の方って、転生者ですよね?」
「…え?転生者?」
「あ、ぁぁ、いえ、なんでもありません。」
* * *
すっかり夕方になってしまい、町全体がオレンジ色に染まっている。
お茶の販売網の、中心か。この町が。
「ダィジリン色の町、かな。お茶の色と同じだ。」
ふぅっと一息ついて、役所に向かって歩く。役所の仕事も、まだ残してきているから、さっと片付けなければな。
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