第二十三話 最強の陰陽師、告げられる
商街区の一角にある広場に、助け出した神魔の奴隷たちが集っていた。
あの後、エルマンとネグを崩れかけの倉庫から追い出したぼくは、奴隷全員を檻から出し、とりあえずここまで連れて来たのだ。
人払いの結界を張ったから、野次馬や衛兵に見られる心配はない。これでようやく一息つける。
衰弱している者は多かったが、皆命に別状はないようだった。
中二階に囚われていた奴隷は、実際には小さな子供ばかりだった。多少の怪我を負って腹を空かせてはいたものの、それだけだ。あまり手荒くすると売り物にならなくなるから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
一番の重傷はノズロだったのだが、それでも死ぬほどではなかっただろう。武闘家だけあって頑丈なやつだ。手伝うと言って聞かなかったが、怪我を治しても熱が治まらなかったので、ひとまず休ませている。
ただ……実際のところ、手は借りたかったのが本音だ。
「はぁ……」
ずいぶん疲れた。
檻から連れ出そうとしても、女子供ばかりだったせいもあり、怯えられたり泣かれたりでかなり手こずってしまった。ルルムが呼びかけて回ってくれなければ、いつまでかかったことか。
しかしそんなルルムも、せっかく仲間を助け出せたというのに、あまり嬉しそうにしていなかった。
いろいろあって状況が飲み込めていないのか……もしかしたら、ぼくが少しやり過ぎてしまったせいなのか。
「セイカさま……」
その時、頭の上からユキが顔を出す。
「なんだ? ユキ」
「……どうしてあの者に、手形をお渡しになったのですか?」
その声音は、明らかに不満げだ。
「それも、言われるがままの額面を書いて。あのような仕打ちをされたのです、セイカさまがあの者に対価を支払う筋合いなど、欠片もなかったはず。それどころか、奪われた財貨を取り戻されてもよかったくらいでしょうに……」
「エルマンが破産したら、ぼくが壊した倉庫を誰が弁償するんだよ」
「ええ……いや、ええ……」
ユキが呆れと困惑が混ざったような声を出す。
「そもそも、なぜ倉庫を壊されたのですか? 別に、そんなことをする必要はなかったのでは……?」
「空亡が物に触れた時の挙動がわからなかった。まさかないとは思うが、爆発でも起こったら奴隷奪還どころじゃなくなってしまうからな。一応、呼び出す場所を空けておきたかったんだ」
しかしその甲斐あって、あの偽太陽はアストラルにも有効だということがはっきりわかった。
今度は普通のモンスターにも試してみたいところだ。アストラルや妖よりはずっと獣に近いはずだから、どうなるかは微妙だけど……。
物思いにふけるぼくに、ユキが呆れたように言う。
「空亡の試用に、ずいぶんと大枚をはたかれましたね」
「それだけじゃないさ。領主にぼくのことがどう伝わっているかわからない以上、エルマンが消えるのはまずい。かといって困窮させたまま生かしておけば、またなりふり構わない商売を始めるかもしれないだろう?」
「うむむ……」
「それに、なかなか肝が据わっていて、思わず感心してしまったというのもあるな」
まさかあの状況で、当初の見積もりと同じ額を言ってくるとは思わなかった。てっきり、タダでいいと言うかと思ったのだが。
これまで相当泥をすすってきたのだろう。やはり気合いの入った商人だ。
ついつい言われるがままの金額を書き入れてしまった。
「まあ、たぶんあれでも損をしているはずだ。いい薬になっただろう」
「うむむむ……しかし、やはりユキにはもったいなかったように思えます」
「金額はともかく、手形はどうしても渡す必要があったんだ。仕方ないさ」
「……?」
ユキが不思議そうな顔をする。
あの場では暗くてわからなかっただろうが、そろそろエルマンも気づいている頃だろうか。
手形に押された、フィオナの印章に。
皇族の印章が押された手形を持ち歩いているような者を、今後敵に回そうとは思うまい。
後の始末も、いい感じにつけてくれることだろう。
「……せめてあの狐憑きだけでも、どうにかしておくべきだったのではございませんか?」
「ネグのことか? それはかえってまずいな。エルマンの恨みを買いすぎる」
「む……」
「従えていた怨霊はまとめて始末できたんだから、十分さ。それよりも今はこっちだ」
そう言って、ぼくは神魔の少女の一人へと歩み寄っていく。
「ひっ……!」
少女はぼくに気づくと、怯えたように後ずさった。
よく見れば、それはあの倉庫で最初に見た奴隷であるようだ。
怯える少女にかまわず、ぼくはその白い首に嵌められた隷属の首輪を指で摘まむ。
「少しじっとしていてくれ」
念のために結界を張っているおかげで、首輪はいかなる効力も発揮していない。
しかしそのせいか、どう外していいのか皆目わからなかった。
継ぎ目のようなものもない。
ぼくは溜息をつき、呟く。
「仕方ない、壊すか」
《金の相――――
術で生み出された
フランク王国の錬金術師が発見したこの金属は、常温で液体であるほか、触れた別の金属をボロボロにしてしまうという変わった特性を持つ。
ほんの三呼吸ほどの間で、隷属の首輪が二つに折れた。
貴重な魔道具らしいので、少しもったいなかったが仕方ない。
「あ……首輪が……」
「次、手を出してくれ」
同じようにして手枷も外してやると、ぼくは少女へ言う。
「ぼくのやりたいことはわかったか? わかったなら、皆にこっちへ来るよう伝えてくれ。ぼくの方から近寄るとまた泣かれてしまうからな」
「は、はい…………あのっ」
逃げるように立ち去りかけた神魔の少女は、ふと足を止めて振り返る。
「ありがとう、ございます……」
その顔には、微かな笑みが浮かんでいた。
****
「やれやれ……」
ようやく十五人分の首輪と手枷を外し終わり、ぼくは一息ついていた。
初めは怯えていた奴隷たちだったが、後の方になるとだいぶ慣れて、礼の言葉まで言われるようになった。
魔族でも、やはり子供はかわいい。
ただ、いつまでもここでのんびりしているわけにはいかない。
この集団は目立ちすぎる。エルマンに手形を渡した以上、衛兵に咎められたところで問題はないだろうが、それでもなるべく避けたかった。
どこか身を寄せる場所を見つける必要がある。
どうするべきか考えていた、その時。
「セイカ」
ふと、背後から声をかけられた。
振り返ると、外套をまとったルルムが立っていた。その首には、未だに隷属の首輪が嵌まっている。
ぼくは気づく。
「ああ、そういえば奴隷は全部で十七だったな。君とノズロの分を忘れていた」
冗談めかしてそう言うも、ルルムは答えず、ただ思い詰めたような表情で立っているだけだった。
その様子に、ぼくは妙に思いながらも付け加える。
「言っておくが、恨み言は勘弁してくれよ。ぼくらも訳ありの身で、あまり大っぴらに権力者と対立できる立場じゃないんだ。それに君らも大変だっただろうが、こっちもこっちでいろいろ大変だったんだからな。アミュにはひっぱたかれるし……ああそうだ、あの子らに無事だったと伝えないと……」
「ねえ、セイカ。一つだけ、答えてくれないかしら」
「……? なんだ? あらたまって」
ぼくは眉をひそめた。
ルルムは、一つ大きく息を吐き、ぼくへと訊ねる。
「あなたの家名を、教えてほしいの」
「なんだ、そんなことか? 別に隠しているわけでもなかったから、かまわないが」
若干拍子抜けして、ぼくは答える。
「ランプローグだ。ぼくの名は、セイカ・ランプローグという」
「――――っ!!」
ルルムが息をのんだように、目を見開いて固まった。
ぼくはいよいよ訝しく思い、訊ねる。
「いや、さっきからなんなんだ」
「……メローザの夫にも、家名があったわ。一度しか、聞かなかったのだけど……」
「そりゃあ、貴族の生まれを自称するなら家名くらい名乗るだろう」
「あの男は、ギルベルト――――」
そして、ルルムが言う。
「――――ギルベルト・ランプローグと、そう名乗っていたわ」
「……は?」
「ああ……やっと、見つけた。見つけたんだわ……メローザの子を……」
感極まったように、ルルムが呟く。
それを遮るように、ぼくは言う。
「待て、話が見えない。それはどういう……」
その時、ルルムが慇懃に跪いた。
立ち尽くすぼくへと、顔を伏せた神魔の巫女が、厳かに告げる。
「どうか我らの地に、お越しください――――」
運命の存在は信じていない。
決定論など、古代ギリシア哲学によってとうの昔に否定されている。
だが……告げられた言葉は、それを感じざるを得ないようなものだった。
「――――魔王陛下」
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