第八話 最強の陰陽師、勧誘される


 それから数刻後。

 ぼくたちは無事、ラカナまで戻ってくることができた。


 どうやら素材は冒険者ギルドで換金できるようで、一通りのやり方を教えてもらった。

 位相から取り出したリビングメイルの鎧をすべて売ると、それなりの金額になった。

 半分渡すと提案するぼくだったが、ロイドは首を横に振る。


「取っておきなさい。金は、今は君たちの方が必要だろう」


 それから、ふと笑って言う。


「それに、新入りの手柄を恵んでもらっているようでは、先輩冒険者として立つ瀬がないからね」


 そういうことならと、ぼくはありがたく頂戴することにした。

 実際、金は切実に欲しい。


「それで、君たちのこれからのことなんだが……」


 ロイドが、真剣な表情で言う。


「よかったら皆、私のパーティーに入らないか?」


 それは、特に意外でもない提案だった。

 サイラスと話していた時、ぼくらをパーティーに勧誘していいかとか言っていたから。


 ただ、この話を受けるかどうか考える前に、確認しておかなければならないことがある。


「あんたのパーティーって、いったい何人いるのよ?」


 ぼくが何か言う前に、同じ疑問をアミュが口にしていた。

 生意気な口調を特に気にする風もなく、ロイドは答える。


「つい最近、百人を超えたかな」

「……! どういうこと? そんなにメンバー増やしてどうするのよ」

「ぼくは、冒険者の事情についてあまり詳しくないんですが……それでも、普通のパーティーが四人から六人ほどの編成であることは知っています。入る入らないの前に、あなたの《連樹同盟》がどういうパーティーなのか説明してもらえませんか?」

「もっともだな」


 ロイドがうなずいた。



****



 立ち話もなんだからということで、ぼくたちは冒険者ギルドの中にある酒場に来ていた。

 少し早い夕食をご馳走してくれるということなので、もちろん文句などあるはずもない。


 注文した料理が運ばれてくるよりも先に、ロイドが口を開く。


「君たちは幼い頃、冒険者にどんなイメージを持っていた?」

「……」


 皆が口をつぐむ。

 ぼくの場合は前世の記憶があったから、流れの武芸者と同じような、要するにろくでもない職業だと思っていた。アミュやメイベルだって、その生まれや境遇から、別に冒険者に夢を持っていたわけではないだろう。

 となると……、


「自由で……みんなに感謝される、そんな職業だと思ってました」


 一番ありがちな答えを口にしたイーファに、ロイドはうなずく。


「ああ、私もそう思っていた。子供の頃はね。だが、今はもう君たちも知っている通り、冒険者はそれほど輝かしい職業ではない」


 運ばれてきた料理が置かれるのを待って、ロイドが続ける。


「自由ということは、何にも守られていないということだ。弱くても誰も助けてくれない。生き残るために必要な情報を、わざわざ教えてくれる人などいない。もしも冒険に出られないような体になってしまったら、路上に座り込む余生が待っている。どんな一流の冒険者でも、それは変わらない」


 ロイドは、料理の前で力ない笑みを浮かべる。


「私が最初に組んだパーティーで、今生き残っているメンバーは私だけだよ」


 それは、きっとよくある話なのだろう。

 いや、生き残っているメンバーがいるだけ、マシと言うべきか。


「悲劇でもなんでもない、これが冒険者の普通だ。だが……私はそれをなんとかしたくてね。学のない頭で必死に考えた。そこで出た結論が、《連樹同盟》という超大規模パーティーを作ることだった」

「……」

「寄る辺のない冒険者たちでも、仲間とだけは助け合う。その輪を広げたいと思ったんだよ」

「要するに」


 ぼくは言う。


「あなたのパーティーは、実態としては冒険者たちの互助組織のようなものなのですか?」

「いいや、違う」


 ロイドは首を横に振る。


「そんなに緩い繋がりではない。文字通りの“パーティー”だよ。新入りには同じ職種の教育係がついて、立ち回りや技能を教える。危険地帯の情報やパーティー崩壊が迫った事例は、共有して皆で気をつける。だから、たとえ急造の組み合わせであっても、誰もが実力を発揮できる。私にとって今日組んだパーティーは初めてのものだが、アダマントメイルやミスリルメイルの出るダンジョンにだって、問題なく行けたと思うよ」

「……なるほど」


 ぼくは、少し考えて言う。


「つまり、パーティー全体を軍のように組織化して、生存率や冒険の効率を上げよう、ということですか」

「あくまで冒険は少人数単位で、組み合わせもメンバーの自由だが……そうだね。そういう理解で構わない」

「では最終的な目標は、各人の個性によらず、能力をできる限り均質化することですか?」


 この指摘は思いもよらなかったようで、ロイドがわずかに目を見開いた。


「……無論、第一の目的はあくまで生存率向上だが……結果的に、そういうことになってしまうだろうか」

「でしょうね」


 軍、というかあらゆる大組織は、個性などという曖昧なものに期待しない。

 決まった教育を施した人員を、決まったルールで運用して、望んだ結果を得る。

 それが組織というものだ。


 ぼくは続けて訊く。


「ここからさらにパーティーメンバーが増えていくと、ほどなくあなた一人で管理できる限界を超えるでしょう。そうなったらどうします?」

「パーティーをいくつかの単位に分け、それぞれを信頼できる部下に任せようと思っている。もうすでにその準備を始めているよ」

「すばらしい。お手本のような組織運用ですね」


 にこりともせず言うぼくに、ロイドは明らかな愛想笑いを浮かべる。


「貴族の生まれである君にそう言ってもらえると、勉強した甲斐があったよ。それで、どうだろう?」


 ロイドが続けて言う。


「私の《連樹同盟》は、ギルドの格付けで準一級。ラカナでは第二位のパーティーだ。帝国全土を見ても、我々以上のパーティーなど数えるほどしかないだろう。メンバーには装備の手配や情報の共有など、十分な援助を行える。怪我をした際の融資や、もしもの時は他の職を斡旋する用意もある。組み合わせも強制しない。君たちだけでダンジョンに潜るなら、それでもいい。戦力や金銭面でいくらか協力を頼むことはあるが、それ以上にメリットがあると約束しよう。だから……我々のパーティーに入らないか?」

「お断りします」


 ぼくの即答を、ロイドは特に意外にも思わなかったようで、表情を変えずに訊き返してくる。


「そうか。理由を訊いても?」

「想像がついているでしょうが、こちらはいろいろと訳ありでして」


 追っ手が付くかもしれない立場だ。

 どこかのパーティーに属するなど、互いのためにならない。

 部外者とは距離を置いておく方が賢明だろう。


 ロイドは平然と言う。


「訳ありでない者の方が、この街では少ないさ。気にすることはないと言っても……君は聞かないだろうね」

「ええ」

「なら、もう一つ教えてくれ。仮に君たちに厄介な事情がなかったとして、私のパーティーに入ろうと思ったかい?」


 ぼくは一瞬目を閉じて、静かに首を横に振った。


「いいえ」

「やはりか……。やはりすでに実力のある者にとっては、《連樹同盟》は魅力に乏しいかな」

「駆け出しに比べればそうでしょうが、ぼくの場合はそれが理由ではなく……ただ、その理念に共感できないだけです」


 ぼくは言う。


「人間、いろいろな者がいます。同じ教えで、同じく育つ者ばかりじゃない。一癖も二癖もある冒険者たちへの教育が、そう簡単にいくとは思えません。方針が合わず脱落する者がたくさん現れるでしょう」


 ぼくの弟子にも、いろいろな子がいた。

 同じく教えたにもかかわらず、占いが得手になった者、呪術が得手になった者……あるいは、計算が得意になった者、弁論術に長けた者、剣の道に進んだ者もあった。


 人に何かを教えるということは、思った以上に難しい。

 何十年も考えて、結局最期のその時まで、ぼくはよくわからないままだった。


 ロイドは面食らったように言う。


「それは……そうだろう。だが彼らにしてみれば、何も教わらないよりはずっといいじゃないか。ベテランなら誰もが知る単純な危機の予兆を、ただ知らなかったせいで死ぬ新入りの冒険者がどれだけいると思う」

「ええ、その通りです。だからこれは、単にぼくの好き嫌いの問題ですね」

「それなら……」

「ただこの街にとっては、もしかしたら好き嫌いの問題では済まないかもしれませんよ」


 ぼくは言う。


「与えられる環境に慣れれば、人は必死さを失うものです。あなたのパーティーがもっとずっと大きくなれば、冒険者たちを、ひいてはこの街全体を弱らせかねない」


 ぼくの弟子でも、競い合う相手がいた子の方が、ずっとよく成長した。

 それこそぼくが教える前に、自分で書物を紐解いて工夫し、新たなまじないを生み出していたこともあった。


 競争のない環境は、人を鈍らせる。


「君も……そう言うのか」


 以前にも誰かに指摘されたことがあったのか、ロイドが苦々しげに呟く。


「そんなことを言えるのは……君がすでに強く、何もかもを得られる人間だからだろう。そうでない者の立場に立ってみろ。必死に生きろと右も左もわからないままダンジョンに放り出され、落伍すれば死ぬ競争をさせられる。そんな世界のどこがいい? 身近な者が突然その立場に落とされたとしたらどう思う」

「無論、競争などせずとも、皆が穏やかに生きていける方が理想でしょう。ただそれを求めるには、おそらくこの世界はまだまだ未熟すぎる」

「私はそうは思わない。ダンジョンの富は膨大だ。理想に近い状況だって、きっと実現できるはずだ」


 そう言って、ロイドは席を立つ。


「そろそろ行くことにしよう。時間を取らせてしまったね。支払いは済ませておくから、君たちはゆっくりしていくといい」

「そうですか。ご馳走になったうえに、偉そうなことをべらべらとすみません」


 ロイドは軽く笑って首を横に振る。


「いいさ。興味深い意見を聞けた。それに断られることだって元々多かったからね。ただ……これからは君たちだけでダンジョンに潜ることになるだろうが、気をつけてくれ」


 ロイドは言う。


「森でも言ったが、ここのところダンジョンで出現するモンスターの数や種類に変化がある。彷徨いの森でも、トラップで呼び寄せられるモンスターが多かった。古い情報は役に立たないかもしれないから、くれぐれも慎重に進むように」

「ええ、そうします。ご親切にどうも」

「それではね」


 そう言って、ロイドは去って行った。


 後ろ姿を見送ったぼくは、皿に目を戻し、肉叉で塩味のついた麺を掬い上げる。

 そういえば話ばかりだったせいで、あまり料理に手を付けられていなかった。

 ロイドも、それほど食べていなかった様子だ。


「……なんか、意外ね」


 ずっと黙っていたアミュが、スープを匙で掬いながら言う。


「セイカ、ああいう考え方には賛成しそうだったのに」

「そうか?」

「うん。セイカくん、困ってる人がいたら助けそうだから」


 食事の手を止めて、イーファが仕方なさそうに笑った。

 ぼくは料理に目を戻して答える。


「別に、そうでもない」


 知人ですらない冒険者がどのように野垂れ死んだところで、ぼくには関係がない。


 ただ……ロイドの思いも、理解できた。

 見知った冒険者にあっけなく死なれるのは、いろいろと感じるところがあったに違いない。

 超大規模パーティーというやり方も、たぶん有効だ。ぼくの言ったような懸念などはささいな問題だろう。


 というか今思い返せば、前世でいくらか弟子を育てた経験があったばかりに、思わず小言を言いたくなっただけだった。ぼくがあの男のやり方に反対する理由なんて、よく考えたら何もない。


 ただ、それを自覚していても……あの場で肯定することはなかっただろう。


「でも、断ってよかった」


 パンを千切りながら、メイベルが言う。


「親切な人に、迷惑はかけたくない」


 そう、結局。

 ぼくがあの男を遠ざけたのは、それが理由だ。

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