第九話 最強の陰陽師、洞穴へ行く


 それから二日後の朝。

 ぼくたちは、とある地下ダンジョンの入り口に立っていた。


「ふっふ! いよいよあたしたちの冒険が始まるわね」


 腰に手を当てたアミュが、仁王立ちして言った。

 ぼくは思わず指摘する。


「うっきうきじゃないか、アミュ」

「はあっ? 別に普通よ、普通!」


 と言って顔を逸らすが、とてもそうは見えない。今だって微妙ににやにやしているし、昨日買い物をしている時も、行くダンジョンを決めている時も、終始はしゃいでいた。

 そんなに楽しみにしていたのか……と思いながら、ぼくはダンジョンへの入り口、大きな洞穴に目をやる。


 東の山の麓にあるこのダンジョンを、浅谷の横穴と言った。

 名前の由来は単純で、浅い谷に開いている横穴だから。ひねりも何もない。

 出現するモンスターにも特筆するものはない、ごくありふれた初心者向けダンジョンだった。


 アミュにとっては退屈な場所な気もするのだが……たぶん、この四人でダンジョンへ潜れるのがうれしいんだろう。

 年の近い者だけで冒険に行く機会なんて、きっとこれまでなかっただろうから。


「いい? もう一回確認するわよ」


 微妙にはりきった声で、アミュが言う。


「前衛があたしとメイベルで、後衛がイーファとセイカ。距離を空けすぎないようにね。陣形が崩れてきたらちゃんと声をかけること」

「アミュちゃん、それもうわかったから……」

「今さら確認する必要、ある?」

「こういうのちゃんとするのが大事なのよ!」


 むきになるアミュに、ぼくも思わず言う。


「そんなに気負わなくても、こんなダンジョンだったら君一人でも行けそうなくらいじゃないか」

「……そんなの、あんたもじゃない」


 そう言うと、アミュは少しすねたような顔をした。


「セイカなら……下手したら、ここに居たままダンジョンのモンスターを全滅させられるんじゃないの」

「できなくはないな」


 ぼくは素直に答える。


「素材の回収を考えなければ、だけど」

「なんの意味もないじゃない、それ」


 アミュが呆れたように言った。

 そういう式を組めばなんとかなるかもしれないが……少なくとも、実際の作業をよく知らないままではそれも無理だ。


「しょーがない、やっぱり潜るしかないわね!」

「なんでちょっとうれしそうなんだ?」

「べ、別に普通よ、普通!」


 アミュは咳払いと共に言う。


「いい? 今日はあくまで動きの確認ね。最初からうまく動けるパーティーなんてないから。細かいところは実際に冒険しながら調整していきましょう。それじゃ、出発!」


 アミュに続いて、メイベル、そしてイーファがダンジョンへと足を踏み入れる。

 ぼくも、彼女らに続いた。



****



 ダンジョンは、ロドネアの地下にあったものよりもずっと広かった。


 今のところ、出くわすモンスターはゴブリンやスケルトンなど、ありふれたものばかり。

 レベルもそう高くなく、ぼくたちは特に何の問題もないまま進んでいた。


「思ったんだけど」


 アミュがぽつりと言う。


「あんたモンスター倒すのも上手いわね、メイベル」

「うん」


 メイベルが、影魔法で動きを封じていたホブゴブリンの首を、戦斧で落としつつ返事する。

 そのまま流れるように放った投剣が、近づいていた蝙蝠型モンスターを壁に縫い止めた。もがくモンスターの頭に続くもう一投が突き立ち、息の根を止める。


「モンスター退治の訓練も、やったことある」


 二本の投剣をモンスターの死骸から引き抜きながら、メイベルが言う。


「あれはけっこう、たのしかった。みんなで協力したりして」

「あんたみたいなのが四人いたら、大抵のダンジョンは行けそうね」


 アミュが呆れたように言う。


「重戦士で魔法も飛び道具も使えるやつなんて、普通いないわよ」

「む……私、重戦士枠?」

「斧使いなんだからそうでしょ」

「なんか、やだ。暗殺者アサシンとかがいい」

「そんなド派手な武器使う暗殺者がどこにいるのよ」


 と、暢気に言い合う二人だが実力は確かで、現れるモンスターを次々に処理していく。おかげで後衛であるぼくとイーファの出番は、基本的になかった。


 さすがにもう少し手応えのあるダンジョンを選んだ方がよかったんじゃないか……などと考えながら進んでいると、突然ひらけた空間に出た。

 力の流れを感じ、灯りのヒトガタを部屋全体に飛ばす。


 次の瞬間、上方から影が飛来した。

 予想していたのか、アミュとメイベルは余裕を持って躱す。影の羽ばたきによる風圧が、ぼくにまで届いた。


 広い空間を飛び回るそれを見やる。


「あれは……マーダーバット、だっけ?」


 巨大な蝙蝠型モンスターは、旋回して再びぼくらに狙いを定めたようだった。

 うん、ようやく後衛の仕事が回ってきたな。


「よし、任せてくれ」

《木の相――――杭打ちの術》


 撃ち出された幾本もの白木の杭が、飛び回る巨大蝙蝠を刺し貫く。

 だが、次の瞬間。

 わずかに遅れて飛来した太い氷柱の群れが、マーダーバットの体へ突き立った。

 そこへさらに火炎と風の刃が、瀕死のモンスターへと襲いかかる。


 一瞬でぼろぼろになったマーダーバットが、力なく地面へ落ちた。

 黒焦げで穴だらけの体は、もうぴくりとも動かない。


「ああっ、ごめんセイカくん! 被っちゃったね~……」


 イーファが若干気まずそうに言う。

 どうやらイーファの方も、とっさに精霊の魔法を使ったらしかった。


 しかし、この子もなかなか容赦ないな……。


「や、やりすぎよ……火力過剰もいいところでしょ、これ……」


 アミュがまた呆れたように言った。

 確かに後衛の出番が来るたびにこの有様では、回収できる素材も回収できなくなる。なんとかした方がいいだろうな……。


「あれ、アミュちゃん怪我してない?」


 イーファがふと気づいたように言う。

 見ると、確かにアミュの頬には血が滲んでいた。さっきの攻撃を躱す際に、何かで切ったのだろうか。


「大変! 今治してあげるね!」

「いや、傷が残るとよくない。ぼくがやろう。だから髪の毛一本くれ」

「これくらい自分で治せるわよ……っていうか、回復職ヒーラー三枚ってどういう構成よ!」


 アミュが頭を掻きむしりながら言う。


「なんか、思ってたのと違うわね……」

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