第七話 最強の陰陽師、煙たがられる


 それからしばらく森の中を進んだ一行だったが、日が高くなってきた頃、ロイドが足を止めて言った。


「そろそろ戻ろうか」

「え、もうですか?」


 まだ大してモンスターを倒してない気がする。

 そんな感情が顔に出ていたのか、ロイドが苦笑して言う。


「これでも予定よりはだいぶ倒したよ。それに、冒険には帰りもあるからね。野営を考えないなら、体力の余裕があるうちに引き返すものだ」


 そういうものか。

 言われてみれば一理ある。やっぱりこういうことは専門家に聞かないとわからないな。


 と、その時。

 森の向こうに目を向けたイーファが、ぼくに話しかけてきた。


「ね、セイカくん。あれなにかな……?」

「ん……?」


 視線の先を見ると。

 何やら、ぶよぶよと気味悪く膨らんだ巨大な果実が、地面から生えていた。

 樹に生っているわけでもなく、葉の一枚すらもない一本の蔓が地面から伸びて、果実をぶら下げている。


 明らかに奇妙な植物だった。


「ああ、あれは呼び寄せコーリングトラップだね」


 ぼくらのやり取りに気づいたロイドが、後ろから言う。


「何ですか? それは」

「ダンジョンのトラップの一つに、周囲のモンスターを大量に引き寄せるものがある。そういうものを呼び寄せコーリングトラップと呼ぶんだ。地下ダンジョンだと偽宝箱の形で、開けると大きな音が鳴り響くものだが、森だとあんな形をしている」

「じゃあ、植物ではないんですか。触れるとどうなるんです?」

「強いにおいのする液体が飛び散って、それがモンスターを引き寄せることになる。もっとも、少し触れたくらいで破裂することはないけどね」


 うへぇ、最悪だ。


「そうだ、試してみるかい?」

「えっ……?」


 とんでもないことを言い出したロイドを、ぼくは見つめる。


「いや、そんなことしたら……」

「心配ないよ。元々、この森はモンスターが少ないからね。大した危険はない。それよりも、いざうっかりトラップを踏んでしまった時に、パニックになる方が怖い。こういうのは試せる時に試して、慣れておいた方がいいんだ」

「うーん……」


 どうも不安だったぼくは、ちらとアミュの方を見た。

 アミュは、ぼくの懸念を感じ取ったように言う。


「大丈夫よ。レベルの低いダンジョンだし、こっちは八人いるからね」

「そうか……じゃあ、試してみようかな」

「よし。殲滅は、もちろん私たちの方でも手伝おう。皆、用意を」


 ロイドの声に、女重戦士に僧兵、弓手が、各々すばやく戦闘態勢を敷く。


「においが付くと面倒だ、矢で割ろうか」

「いえ、大丈夫ですよ」


 弓手が矢をつがえる前に、ぼくはヒトガタを飛ばし、果実へと貼り付けた。


《陽の相――――薄雷はくらいの術》


 陽の気により、ヒトガタに小規模な稲妻が流れる。

 バチッ、という音と共に火花が飛んで、奇怪な果実が破裂した。


 撒き散らされた汁が、周辺の草葉を汚す。


「うっ」


 ぼくは思わず鼻を押さえた。

 なかなか強烈な臭気だ。


 効果は、ほどなくして現れた。

 木々の合間から一体、茂みの陰からまた一体と、リビングメイルが続々と集まってくる。

 どこにそんなにいたのか、周りはあっという間にリビングメイルだらけになってしまった。


「ちょっと、これ多くない?」


 アミュが少し焦ったように言う。

 ロイドも、緊張の滲んだ声音で呟く。


「妙だな、なんだこの数は……。仕方ない。皆、陣形を整えろ。君たちも、荷物はいったん捨てなさい。いざとなったら逃げることも……」

「あー、いえ、大丈夫です。このくらいなら」

「な、何……?」


 困惑したようなロイドを余所に、ぼくはヒトガタを飛ばす。


 どうやら、この集まり具合は彼としても予想外だったらしい。

 やっぱりこういう呪物の類は、安易に試すものではないな。


 四方に飛ばしたヒトガタの位置を調整する。この術を実戦で使うのは、そういえば初めてかもしれない。威力はまあ、適当でいいか。


 ぼくは両手で印を組む。


《木火土の相――――震天華の術》


 次の瞬間、森に爆音が轟いた。

 術と同時に白い煙が濛々と発生し、辺り一面を覆っていく。


「ゲホッ、ゲホッ!」

「み、耳がーっ!」


 周囲からはそんな声が聞こえてくる。

 ぼくもげほげほと咳き込みながら、慌ててヒトガタで煙を晴らしていく。


「あ、あんた、何してくれてんのよ!」

「わ、悪い悪い」


 アミュに平謝りする。


 さすがにちょっと、火薬の量が多かったか。

 この術、どうしても音と煙がひどいんだよな。


 ようやく煙が晴れ、辺りを見回すと……周囲はなかなか壮観な景色となっていた。


「なっ……!」

「リ、リビングメイルが……」


 集まってきていたリビングメイルは、すべて崩れ、ただの鎧へと変わっていた。

 鎧の各所に開いた穴が、術の威力を物語っている。


 硫黄に木炭、それに硝石。これらを適量混ぜて火を付けると、激しい爆発が起こる。

 《震天華》は、宋で見知った火薬というものを作りだし、石礫を飛ばすだけの単純な術なのだが……めちゃくちゃな威力だ。これがまじないなしでも実現できるというのだから恐ろしい。


 もっとも、これを戦争で使うにはもっと改良しないとダメだろうな。

 音や煙がひどく、湿気に弱いし射程が短い。まじないですらこんなに使いづらいのだから、まだまだ工夫が必要だろう。


 ま、それはそれとして。

 ぼくはキョロキョロと森を見回しつつ、呆然と立つロイドに話しかける。


「モンスターは、もう寄ってこないようですね。呼び寄せコーリングトラップの効果が切れたのか、それともこの硫黄臭さや爆音のせいかはわかりませんが……ひとまず、終わったと見ていいでしょうか」

「あ、ああ、そうだね。もう警戒を解いても……って、いやちょっと待ってくれ!」


 ロイドが我に返ったように言う。


「い、今のは、君が?」

「ええ。少しやりすぎてしまいましたが」

「す、少し……? あれは、魔法だったのか?」

「まあそうですね」

「……あんなもの、見たことも聞いたこともない。今のは、どういう魔法なんだ。君はいったい……」


 口をつぐんだまま曖昧に笑うぼくを見て、ロイドは息を吐く。


「……詳しいことは訊かない。私自身が言ったことだったね」

「助かります」

「よし。では今日のところは、ここで引き返そう。この数の素材は惜しいが、我々では運びきれない」

「大丈夫です。お詫びと言ってはなんですが、ぼくが運びましょう」


 ぼくはヒトガタを飛ばすと……短く真言を唱えて、空っぽの位相への扉を開いた。

 そのままヒトガタを動かして、リビングメイルの鎧を空間の歪みへと吸い込ませていく。


 口をあんぐりと開ける面々へと、ぼくはにこやかに説明する。


「ここまで黙っていましたが、実はぼく、アイテムボックス持ちでして」

「こ、これがアイテムボックスなわけないだろう!」

「えっ?」


 ロイドの言葉に、動揺して思わず間抜けなことを口走ってしまう。


「これ、アイテムボックスじゃないんですか?」


 ロイドが頭を押さえながら言う。


「少なくとも……私の知るアイテムボックス持ちの運搬職ポーターは皆、手で触れて物品を収納していた。あのような、景色の歪みに素材が吸い込まれていく様子など見たことがない」

「ぼ……ぼくは符術使いなので、アイテムボックスの仕様もちょっと変わってるんですよ」

「そういう問題でもない気がするが……ちなみに、容量はどのくらいなんだ?」

「よ、容量?」


 ぼくは混乱する。そんなこと考えたこともなかった。


 位相は情報が何もない、いわば空っぽの異世界だ。

 理論上で言えば、もちろん収納上限はある。

 だが、たとえ星一つ入れても限界なんてはるか先だろうから、使ううえで気にしたことなど一度もなかった。


 戸惑いつつ答える。


「いくらでも入りますけど……」

「いくらでも? まさか。限界を計ったことがないのかい?」

「ないです」

「……これまで、最大でどのくらいの物を仕舞ったことが?」

「ええと……」


 思わず真剣に頭をひねる。

 当然、前世の出来事になるが……。


「水をちょっとした湖一杯分、ですかね」


 言ってから、これじゃ伝わらないかなと思ったが……どうやらそういう問題ではなかったようだ。


「なっ……ほ、本当に容量無限のアイテムボックス!?」

「まさか、実在したなんて……」


 ロイドのパーティーメンバーがざわついている。ロイド本人に至ってはもう、言葉をなくしているようだった。


 ……どうやらアイテムボックスというのは、ぼくが想像したようなものではなかったらしい。


「あんた、そんなこともできたのね」


 アミュが呆れたように言う。


「もうあんたがなにしても、あたし驚かなくなってきたわ」

「なんていうか、これがセイカくんって感じだよね」

「慣れた」


 女性陣の言いように、思わず乾いた笑いが漏れる。


 もしかしたら……目立たないように生きるなんて、ぼくにはそもそも無理だったのかもしれない。




――――――――――――――――――

※薄雷の術

陽の気によりヒトガタに電流を流す術。放電させることも可能だが、雷獣のように飛んでいく先をコントロールできない。


※震天華の術

黒色火薬によって散弾を飛ばす術。硝石75%、木炭15%、硫黄10%の割合で混合すると、爆発性の高い粉末ができる。この黒色火薬は六世紀頃の中国、唐の時代に発明されたと言われているが、日本においては鎌倉時代までその存在が知られることはなく、セイカが見知ったのも宋に渡ってからだった。

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