第二話 最強の陰陽師、忠告される


 翌日。


「はあ? なによそれ」


 講義の合間、道端でアミュに学園長とした話を聞かせてやると、返ってきたのはそんな答えだった。


 アミュは不満たらたらに言う。


「なんっっっであたしに声がかからないのよ! 元々剣術大会なんでしょ? 魔法はともかく、剣ならこの学園の誰にも負けないのに!」

「やっぱり出たかったか?」

「うーん……よくよく考えたらそうでもないわね。近衛隊とか興味ないし、対人戦って、モンスター相手と比べるとあんまり……」


 アミュが唸るように言う。

 戦いが好きと言っていた彼女にしては意外だけど……まあ元々、対人戦にはそんなに興味を示してなかったか。


 あるいは、多少は丸くなったのかもしれない。

 最近じゃあ誰彼構わずトゲのある態度を取ることもなくなったし。


 アミュは、再び不満そうに言う。


「でも、声がかからなかったことには納得いかないわね」

「あまり強すぎる奴を出したくなかったんじゃないか? 見方によっては、近衛隊に人材を取られるとも言えるからな。宮廷には学園卒業生の派閥もあるようだから、上の方の思惑によってはそういう選択もあり得る」


 と、ぼくがそんな適当なことを言うと、アミュが薄目で睨んできた。


「じゃあなんであんたが選ばれるのよ」

「ぼく? ぼくはそこまでの実力もないしね」

「その嘘くさい笑い方やめなさい」

「……わかったよ。でも意外だな。君がそんなに評価してくれてたなんて」

「……ダンジョンで助けてくれたでしょ。それに多少冒険者やってれば、相手の実力くらいなんとなくわかるようになるわよ」


 アミュは目を逸らして、そう取り繕うように言った。


 ふうん……。

 もう少し気をつけないとかなぁ。あの時はやむを得なかったとは言え。


 アミュが再び唸るように言う。


「それにしてもわからないわね……あんたはともかく、イーファが候補になってたなんて」

「え……あはは、そうだよね……」


 困ったように笑うイーファに、アミュは片目を閉じて言う。


「別に実力がないとは言わないわよ。でもあんた、人に精霊の魔法を向けられる?」

「それは……」

「剣以上に、魔法って人には向けにくいの。当たったら軽い怪我じゃ済まないからね。最初から躊躇なく撃てる頭おかしい奴もいるけど、普通は訓練や実戦で慣れないとダメ。あんた、モンスターも倒したことないんでしょ? いきなり本番じゃまともに戦えないわよ」

「そういうものか」


 ぼくは呟く。

 自分の場合を思い出してみると……初めて使った呪詛で野盗一味とその血族をまとめて呪い殺したから、頭おかしい奴の部類だった。


 アミュは続けて言う。


「それから、メイベルとかいう新入生よ」

「ああ……そうだな。何者だろう」


 昨日から式神を使って監視しているが、誰かと交流する様子もなく、今日もただ淡々と講義を受けているだけ。

 実技は闇属性を専攻しているようだが、無難にこなすのみで、その実力のほどはよくわからない。


 アミュが言う。


「貴族なんでしょ? クレイン男爵家って、どういう一族なの?」

「ランプローグと同じく魔法学研究者が多いようだけど……詳しくは知らないな」


 というより、単にそれほど有名な家じゃない。

 実家に訊いてみるというのもアリかな……。


「あたしが思うに……」


 アミュが真面目くさった声音で言う。


「たぶん、お貴族様の口利きね」

「出たよ。お貴族様へのひがみが」

「僻みじゃないわよ。普通に考えて、ぬくぬく育ってきた貴族の子供が強いわけないじゃない。きっと在学中に帝都での武術大会に出場歴あり、って箔を付けさせて、上級官吏への登用を有利にするつもりなのよ」

「そうかなぁ」


 言っていることはわからないでもない、が。

 メイベルのあの鬱屈しきった目を見る限り、そんな生ぬるい事情だとも思えなかった。

 養子だというのも気になる。


 しかし本人を目にしていないアミュは、自分の考えに自信がある様子だった。


「そうに決まってるわ。ま、本戦は早々に棄権するつもりなんじゃない? 怪我でもしたら大変だしね――――」

「――――ぬくぬく育ってきたのは、あなたの方」


 冷たい声に、振り返る。

 背後からアミュを見据えていたのは、錆色の髪の少女だった。

 メイベル・クレイン。


 アミュはメイベルに向き直ると、その濁った空色の瞳を睨み返す。


「なにが言いたいわけ?」

「弱いのに、さえずって、それが許されると思ってる。よっぽど、甘やかされてきたのね」


 メイベルは、まるで独り言のように続ける。


「あなたが選ばれなかったのは、ただ、力がないから。魔法でも、剣でも」

「へぇー、言うじゃない」


 アミュが、怒りのこもった笑みを浮かべる。

 そして、道の向こうでたむろしていた学園剣術クラブの連中に目を向けると、詰め寄りながら声をかけた。


「ちょっとあんたたち。その模擬剣二本貸しなさい」


 最近アミュはどうやら一部で人気があるようで、男子生徒二人は笑顔で模擬剣を差し出した。

 アミュは借り受けた模擬剣の内の一本を、メイベルの足下に放り投げる。


「……」

「一戦付き合いなさい。それだけ言うからには、あんたも剣くらい使えるんでしょ?」

「……これに、なんの意味があるの」

「そっちからケンカ売っておいてその言い草は笑えるわね」


 メイベルは無言で模擬剣を拾い、アミュと対峙する。

 ぼくは意外に思った。

 ゆるりと片手剣を構えるその姿は、アミュと比べても遜色ないくらい、様になっている。

 本当に剣を使えるのか。


「セ、セイカくん……止めなくて大丈夫かな?」

「大丈夫だろう」


 心配そうなイーファに答える。

 お互いそこまでやる気はないだろうし、いざとなればぼくが止めればいい。

 それに……メイベルの実力のほどを、その一端でも知れるかもしれない。


「セイカ。合図お願い」

「ああ」


 アミュに答え、一拍おいて、ぼくは声を張る。


「始め」


 合図と同時に、アミュが地を蹴った。

 そして勢いのままに、上段からの鋭い斬撃が繰り出される。


 最初から武器狙いだったのだろう。

 アミュの、おそらく全力に近い一撃は、目で追うのが難しいほどの速さでメイベルの握る剣へと襲いかかった。


 勝負を決めるかと思われた、勇者の一閃。


 メイベルはそれを――――ただ一歩、引いただけで受けた。


「っ……!」


 甲高い金属音と火花が散り、アミュの目が驚きに見開かれる。

 それはそうだろう。初撃のあれを、並の人間が受けられるとは思えない。

 激しい鍔迫り合いが始まるが、メイベルは無表情のまま、アミュの馬鹿力を受け流し、やがて押し返し始める。


 先に引いたのは、アミュの方だった。


 悪くなった態勢を立て直すための後退。

 それを、メイベルは見逃さなかった。


 追撃は横薙ぎの一閃。

 アミュは剣を立て、それを受けようとする。

 だが、それは叶わなかった。


 破裂するような音と共に――――アミュの手から、模擬剣が弾け飛ぶ。


 数瞬後に遠くの地面へ転がった剣身は、いびつにひしゃげていた。


 メイベルは残心の姿勢を解くと、模擬剣を地面に投げ、アミュの脇を歩き去りながら呟く。


「これからも、甘やかされてればいい。かわいい勇者さま」


 ぼくは眉をひそめた。

 今、メイベルは……、


「待ちなさいよ」


 かけられた声に、メイベルが振り返る。

 アミュは腰に手を当てて言う。


「魔法はなしじゃない? あたしはそのつもりだったんだけど」

「……」


 ん、アミュも気づいてたか。

 初撃を受けた時からずっと、メイベルには力の流れを感じていた。

 杖も杖剣も魔法陣も使ってなかったから、一見わかりにくかったけど。


 身体強化系の支援魔法かとも思ったが、闇属性の使い手ならおそらく……、


「……次が、あると思ってる。だから、あなたは弱いの」


 と、メイベルは言って。

 それからぼくへと目を向けた。

 取るに足らない、部外者を見るような目を。


「あなたも、軽い気持ちでいるなら、今からでも辞退するべき」

「それは……どうして?」

「怪我せず済むような、甘い大会にはならないから」


 ぼくは笑顔で答える。


「ありがとう。考えておくよ」

「……」


 メイベルは無言で踵を返すと、そのまま去って行った。


 なんだ。

 アミュの軽口に怒って挑発したり、他人の心配して忠告したり。

 思ったより全然まともな子だった。少なくとも、若い頃のぼくに比べればかなりマシだな。


「アミュちゃん……怪我はない?」

「大丈夫か?」


 アミュはというと、ぼくらの問いかけにも答えず、しばらく腕を組んで考え込んでいたが……やがて顔を上げ、威勢のいい声で言った。


「よし、決めたわ」

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