第三話 最強の陰陽師、帝都へ旅立つ


 そして二十日後。

 ぼくは武術大会に参加するべく、学園の用意した立派な馬車に乗り込んで帝都へと向かっていた。


 向かっていたわけなんだけど……。


「……なんで君らまでいるんだ?」


 馬車の中には、イーファとアミュの姿があった。


「わ、わたしはセイカくんの従者だもんっ。ついていかないわけにはいかないよ!」

「まあ、イーファはいいとして……」

「なによ。文句ある?」


 アミュは仏頂面で言った。


「いいじゃない。あたし、帝都なんて行ったことなかったし。こんな機会でもなければ行くこともないだろうし」


 と言いつつ、目的は武術大会の観戦なんだろうけど。

 負けた相手の戦い振りが気になるみたいだ。けっこう負けず嫌いなところあるからな。


「でも、いいのか? 学園を休むことになるのに」

「長くても半月くらいでしょ? 平気よ」

「宿はどうするんだ?」

「イーファの部屋にお邪魔させてもらうわ」


 確かに学園からは、従者の分の部屋も用意してもらっていた。

 ベッドが二つあるかは知らないけど。


「それよりセイカくん、馬車だけど平気?」


 心配そうに言うイーファへ、ぼくは正直に答える。


「普通にもう気分悪い」

「ええ、なんでそんな堂々と……大丈夫なの?」

「まったく大丈夫じゃない。だから……メイベル。できたら窓際を替わって欲しいんだけど」


 さび色の髪の少女は、その青い瞳でぼくを一瞥すると、顔を背けて呟いた。


「嫌」


 そう。

 実を言うと、この馬車にはメイベルも乗っていた。

 いや当たり前の話なんだけどね。目的地は一緒だし、馬車を二台に分ける意味もないから。


「ふうん? 一個下のくせに、ずいぶん生意気な口をきく後輩ね」


 元冒険者だけあって上下関係にはうるさいのか、アミュが突っかかっていく。

 メイベルはそれに、また独り言のような声音で返した。


「学園は、実力がすべて。そう聞いた。それに私、年は、あなたと同じ」


 アミュが意外そうに言う。


「へぇ、珍しいわね、お貴族様で一年遅れの入学なんて。じゃあ、全員年は一緒なのね」

「あのう……」


 イーファがおずおずと手を上げる。


「わたしも一年遅れだから、みんなより一つ上だよ」

「ええっ、そうだったの?」

「言ってなかったのか? イーファ」

「なんかタイミングなくて」

「ふうん……年上だったのね。どうりで……」

「……どこ見て言ってるのアミュちゃん」


 イーファが自分の胸を抱いてアミュから距離を置く。


「……うるさい」


 ほとんど聞こえないくらいの小さな声で、メイベルが呟いた。

 ぼくの視線に気づくと、溜息と共に言う。


「学園には、こんなのばかり」

「こんなの?」

「能天気な、子供」

「実際、ぼくら子供だからね。何かおかしいかな」


 メイベルは、一呼吸置いて言う。


「おかしいと思わないところが、おかしい」

「君の言うことは……」

「……?」

「……いや、なんでもない」


 余計なことを言うのはやめておこう。


 メイベルの言うことは正しい。

 不作が起きれば飢えて死ぬ。疫病が流行れば罹って死ぬ。

 それが人間の普通だ。能天気に生きられる子供など、そう多くない。

 日本よりはるかに豊かなこの帝国でも、貧困のために物乞いに身を落としたり、自らを奴隷として売る人間は珍しくなかった。


 学園に通える子供はそれだけで恵まれている。


 ただ……それが悪いことのようには、あまり言ってほしくなかった。

 皆が不幸になるよりは、せめて目の届く人間だけでも幸せに生きてほしい。前世でぼくが孤児を拾って弟子としていたのは、そんな理由もあったから。


「言っておくけど、」


 メイベルがぼくを横目で見て言う。


「あなたも、能天気の一人」

「……確かに、そうかもしれないな」


 今生でのぼくは生まれから恵まれている。

 それこそ、前世からは考えられないほどに。


 そして。

 どんな過去を持っているのかは知らないが……たぶんメイベルも、そうではなかったんだろう。



****



 帝都はロドネアの西、距離としてはそれほど離れていない場所にある。

 街道を馬車で揺られ、二日。

 ぼくたちは無事、目的地へと辿り着いた。


 ウルドワイト帝国の首都、ウルドネスク。

 帝国最大の都市。ロドネアも一応都会ではあったが……その規模は段違いと言っていいほどだった。


「わぁ……すごい人だね」


 イーファが感嘆の息を漏らした。


 往来には背の高い建物が建ち並び、イーファの言う通りたくさんの人々が行き交っている。その喧噪も、どこか洗練されている気がした。

 領地に比べればロドネアも都会だったけど、さすがに帝都とは比べものにならないな。


「でも、ロドネアよりも馬車は少ないね」

「外から来る馬車は、昼間は入れない決まりなのよ。交通量が多くなりすぎて危ないから」

「へぇ。だから城壁の外で下ろされたんだね」


 イーファとアミュの会話を感心しながら聴く。

 そういえば、かつてローマ帝国の首都だったローマでも、同じような法律があったと聞いた。


 それから二人は、ぼくを振り返る。


「それより、あんたは大丈夫なの?」

「今日はもう宿で休もっか?」


「だ……大丈夫」


 そう答えるぼくは……建物の外壁に背を預け、ぜいぜいと荒い息を吐いていた。

 大会前から満身創痍だ。吐きそう。

 城壁手前で降ろされたのは助かったけど、気分の悪さはまだ治らない。


 くっそ……もう帰りはあやかしに乗って飛んでくか?


「なにも今日は無理しなくてもいいんじゃ……」

「いや……先に組み合わせを見ておきたいんだ」


 ぼくたちが向かっているのは、会場となる予定の闘技場だった。

 そこの掲示板に、参加者の名前や組み合わせ、試合の日時などが張り出されることになっている。


 ちなみに、メイベルの姿は馬車を下ろされてすぐ消えていた。

 宿も別のようだし、次に会うのは会場で、ということになるだろう。

 結局、彼女のことはよくわからないままだ。

 ルフトに手紙を出してクレイン男爵家のことは訊いてみたが、大した情報は得られなかった。


 アミュが言う。


「見に行くのはいいけど、まだ少し歩くわよ。どうする? 辻馬車でも拾う?」

「……殺す気か」



****



 会場となる闘技場は、大きな観客席で楕円形に囲われ、外から中の様子を見ることはできなかった。

 ただ今用があるのは、外に設置された巨大な掲示板だ。


「えっと、ぼくの名前は……」


 試合は勝ち残りのトーナメント方式で行われるようで、上から下に枝分かれした線が描かれ、その先に名前が記されている。

 出場者は、全員で三十二名。


 ぼくとメイベルの名はほどなく見つかった。

 完全に別ブロック、というわけではない。仮に勝ち進めば準決勝で当たることになる、中途半端な位置。


 意外だな。

 トーナメント表はまず間違いなく恣意的に作られると思っていたのに、決勝手前で学園出身者同士が当たるのか。

 あるいは、これも意図の一つなのか……?


「アミュちゃん、誰か知ってる名前ある?」

「ないわね。名のある冒険者はこんな大会まず出ないし」


 ぼくの目にも、見覚えのある名前は映らない。

 まあそもそもこの世界の武芸者の名前なんてほとんど知らないけど。

 とりあえず一通り暗記すると、ぼくは掲示板に背を向ける。


「見たかったものは見られたし、先に宿で休んでるよ」

「そう? じゃあ、わたしも……」

「いや、大丈夫。どうせ横になってるだけだし。二人は夕方まで観光でもしてれば?」

「でも……」

「イーファ。男にはね、一人になりたい時があるのよ。ちょっとまだ明るいけど」

「え、ええええ……」

「おい、変なこと吹き込むな。まだ気分悪いから寝るだけだよ」


 嘘だけど。


「冗談よ。せっかくああ言ってくれてるんだし、行きましょうイーファ。セイカと新入生がもし一回戦で負ければ、すぐ帰ることになっちゃうしね」

「う、ううん……じゃあセイカくん。帰る時になにか買ってくるね」

「ああ」


 ぼくは二人と別れ、一人街を行く。


 さてと。

 ネズミとカラスとフクロウはどれくらい必要だろう?


 この妙な大会の思惑を探るのは、少し骨が折れそうだ。

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