第十六話 最強の陰陽師、学園都市に着く
ランプローグ領を発ってから、今日で七日目。
ぼくは馬車の中で、イーファに背中をさすられながら、ぐったりと窓の外を見ていた。
「セイカくん、まだ気分悪い?」
「……悪い」
すっかり忘れてた。
ぼく、馬車ダメなんだった。
前世の西洋で乗ったけど、あのときもひどかったな……。
牛と比べて速すぎるんだよ。尻が痛いし、酔うに決まってる。
「……イーファはよく平気だね」
「え、うん。でもちょっと疲れたかな」
と言いつつぼくよりも百倍は元気そうだ。
なんだか情けなくなってくる。
「あ、ほら。もうすぐだよ」
ぼくは無言で馬車の行く先を見る。
遠くに、長大な城壁に囲まれた都市の姿が見えた。
学園都市ロドネア。
学究の徒が集まってできた城塞都市。
そこがぼくたちの目指す場所だった。
****
御者に別れを告げた後、逗留予定の宿へと着いたぼくは、部屋に入るなりベッドに倒れ込んだ。
あー、気分悪……。
「セイカくん、大丈夫?」
荷物を置いたイーファが、ベッドの端っこに腰掛けて言う。
「うん……」
「セイカくんにも弱点があったんだね。意外」
イーファが小さく笑う。
ぼくをなんだと思ってるんだ。
「人間だからね……。あ、イーファの部屋は隣だって……」
「そ、そうなんだ。ふうん……」
「どうかした……?」
「わたしにも部屋、あるんだなって……」
「そりゃあるよ……道中の小さい街では、仕方なく大部屋だったり一部屋だったりしたけどさ……ここには何日も泊まるわけだし……」
「う、うん」
イーファはもじもじしながら言う。
「えっと……わたしの今のご主人様って、セイカくん、なんだよね……?」
「え、ああ……そうみたい……証書っぽいやつもらったよ、父上から……」
領主の奴隷を領地から出すというのは、いろいろあるらしかった。なんか法的ないろいろが……ダメだ、気持ち悪すぎてうまく考えられない。
「そ、その、セイカくん」
イーファが意を決したように言う。
「こ、今夜はわたし……こっちに来た方が、いい?」
ぼくは顔を伏せたまま虚ろに答える。
「え、なんで……」
「……」
「あ、食事の話? ぼくちょっと食欲なくて……イーファ、適当に済ませてきてよ」
イーファはしばらく黙った後、はぁ、と溜息をついた。
「お腹すいた時に食べられるように、果物でも買って来るね」
「お願い……」
自分の荷物を置くからと、イーファは部屋を出て行った。
バタン、と扉の閉まる音。
「ふんっ! はぁー、まったく!」
頭の上でユキがうるさい。
「どうしたんだよ……」
「身の程知らずにもほどがありますっ、あの娘!」
「何……?」
「セイカさまのご寵愛を受けようなど! ただの従者の分際でっ!」
「え……? あ、そういう意味だったの? 今のって」
思えば、イーファは今年で十四。
この世界では少し早いが、前世でならもう結婚していておかしくないような年齢だ。
ぼくはベッドの上でごろんと仰向けになる。
「イーファ、けっこう自分の身分を意識してるふしがあるからなぁ。気にしないでほしいんだけど」
「そうじゃないですよセイカさまっ!」
「え?」
「あの娘、セイカさまに惚れてますよ。ベタ惚れです! 奴婢の身分を逆に利用してあわよくば抱かれようという腹づもりなんですよ!」
「ええ……まさかぁ」
というかユキのやつ言いたい放題だな。
「本当です! ユキにはわかります」
「ほう?
「少なくともセイカさまよりはわかるつもりです。女心とか」
言うなこいつ。どうせ宮廷小説かなんかで読んだだけのくせに。
ぼくは言い返そうとして……何も言い返せないことに気づいた。
そう言えば前世では、そういう縁にあまり恵まれなかった。
不老の法を完成させてからはまともな人間すら寄ってこなくなったからな。
「……どうせぼくには女心なんてわかりませんよ」
「すねないでくださいよセイカさまぁ。ちゃんと勉強しないと苦労しますよ?」
勘弁してくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。