第十七話 最強の陰陽師、受験を申し込む
入学試験当日。
帝立ロドネア魔法学園にやってきたぼく達は、まずその大きさに驚いた。
「わぁ……」
隣でイーファが感嘆の声を漏らす。
とにかく広い。何十万坪あるんだろう?
京の大内裏に迫るほどだが、どうやら裏にある森も学園の一部のようで、それを含めるならこちらの方がはるかに大きかった。
いくつもある学び舎もまるで城だ。
「……ん?」
「どうしたのセイカくん?」
「……いや、なんでもない」
あちこちに妙な力のよどみがあった。
まあ魔法の学園だし、何があっても不思議はないか。
改めて周りを見ると、ぼく達と同じような受験者の子がたくさんいる。
「はーい、入学試験を受ける方はこちらですよー」
青空の下に受付が開かれると、皆ぞろぞろとそちらに並び出した。
ぼく達もそれに倣う。
「お名前を」
「セイカ・ランプローグです」
「まあ! あのランプローグ伯爵家のご子息でいらっしゃいますか」
受付の女性が声を上げると、周囲がざわつく。
「マジかよ」「ランプローグって、あの有名な?」「今のうちに仲良くなっといた方がいいんじゃないのか」
え、ぼくの家ってこんなに有名だったの?
「ではこちらに手を」
いくつか質問された後。
そう言って魔法陣が刻まれた水晶玉みたいな物を差し出された。
「これは?」
「魔力を測る魔道具ですよ。私もランプローグ一族の魔力を拝見するのは初めてで、どのような結果になるか楽しみです。ちなみに、全属性に強く適性があれば白く輝くんですよ。まだ見たことはないですが」
「へえ」
言われたまま、水晶玉に手を乗せてみる。
が、何も起きない。
「……すみません、もう一度」
「はい」
やっぱり何も起きない。
「あっ、もしや光か闇属性に適性が? これは四属性にしか対応してなくて……」
「いえ、たぶんそうではないと思います。ぼくには魔力がないらしいので」
「ええっ」
また周囲がざわつく。
ぼくは不安になってくる。
「もしかして、魔力がないと受験できませんか?」
「これはただの事前確認なので、受験はできますが……その、実技試験がありますので……」
「じゃあ問題ないです。受験しますのでよろしく」
受付を離れると、周りからはひそひそと囁き声が聞こえてきた。
「魔力なし?」「嘘だろ? ランプローグだぞ」「あいつどういうつもりなんだ」
別の受付では、イーファが職員と話している。
「お名前を」
「イーファです。姓はありません」
「平民の方ですか?」
「いえ……身分はセイカく、様の奴隷です」
また周囲がざわつく。
いやざわつきすぎでしょ。隣の受付も詰まってるよ。
「奴隷ですか。従者の方が入学することはありますが、奴隷はあまり例がないですね。法的には財産扱いですが、脱走に関して当園は管理責任を負いかねます。主人に伝えておいてください。ではこちらに手を」
イーファも水晶玉に手を乗せる。
するとぼくの時とは違い、うっすらと黄色っぽい光が現れた。
「火と風属性に適性があるようですが……弱い、ですね。実技があるんですが、受験されますか……?」
「は、はい。お願いします」
イーファが戻ってくると、ざわつきはうるさいくらいになった。
「魔力なしって、とんだ落ちこぼれじゃないか」「どうやって合格するつもりだ?」「コネだろ」「貴族野郎が」「所詮は成り上がりの伯爵家か、下品なものだ」「女みたいな顔して奴隷侍らせやがって」「学園に何しに来る気だよ……」
ふと熱を感じ、イーファを見てみると、周りに橙色の炎が微かにちらついていた。
目が据わっている。
「イーファ。火、漏れてるよ」
「え? あわわわっ」
イーファが手を振ってかき消す。
ぼくは少し笑って、それから溜息をついた。
なんだか始まる前から逆境だな。でもこの方がぼくらし――――、
「うるさい」
凜とした声が響いた。
ぼくの前を、紅葉のような赤い髪がふわりと通り過ぎる。
「邪魔。受付しないならどいて」
群衆はいつの間にか静まりかえり、その美しい少女に道を空けた。
「アミュ。平民」
「は、はいっ」
受付の職員が慌てて手続きをする。
「ではこちらに……」
「ん」
差し出される前に、少女は水晶玉に手を乗せた。
その瞬間。
眩いばかりの白い光が、周囲を照らした。
職員が目を見開く。
「ええっ。この色、全属性の……」
「もういいでしょ」
「あっ、ちょっとっ」
少女は手を離し、まるで取るに足らないことのように踵を返した。
周囲はまたしてもざわめく。
「全属性って言ったか?」「しかもあんなに強く……」「平民、だよな?」「王族の隠し子なんじゃないか」「まさか……」
「あの」
ぼくは思わず声をかけた。
赤い髪の少女が足を止める。
心臓が高鳴る。やっぱり、似ている。
「えっと、ありがとう」
「はあ? なんであんたがお礼言うわけ?」
「それは……」
「言っとくけど、別にあんたの味方したわけじゃないから。有象無象がうるさかっただけ。それにね」
少女がぼくを指さす。
「あんたが一番ムカつくのよ。魔法も使えないやつが学園に来るなんて迷惑。どうせ家の力で合格するんでしょうけど、せめてあたしの邪魔だけはしないでちょうだい」
そう言い残して歩き去る少女
その背を、ぼくはしばらく見ていた。
「どうしたの? セイカくん」
「いや……」
少し驚いただけだ。
髪の色こそ違うが、前世で見知った顔に、よく似ていたから。
幼い頃に亡くした姉と。
その生き写しのようだった愛弟子――――ぼくを殺したあの子に。
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