第七話 最強の陰陽師、魔物を助ける 前


 七歳からの四年間も、ぼくは準備と情報収集に費やしてきた。


 せっせと紙を作ってヒトガタを切り抜き、家庭教師の言うことを覚えながら式神で父や兄の魔法を観察する。外で体を動かし、隙あらば書庫で本や巻物を紐解いて、歴史や異言語を学んだ。


 思えばこちらに来てから準備しかしてない。

 でも、ぼく自身はちゃんと変わっている。背が伸びて肉がつき、歯も生え替わった。

 そろそろ行動も起こせる。


 ちなみに、ぼくの周りでも変化はあった。

 特にグライだ。

 具体的にどう変わったかというと……。


 まずぼくがまじないを披露して以来、私物を隠されることがなくなった。

 口では威勢のいいことを言いながら、実はびびっていたらしい。おかげでここでの暮らしがさらに快適になった。

 しかし、代わりに鬱憤を使用人で晴らすようになってしまった。

 ただし、年上だったり体格がよかったり、父や母と親しい使用人には逆らわない。標的になるのは――――、


「おい奴隷! おまえ何をしたかわかってるのか! このおれの服を汚したんだぞ!」

「も、もうしわけございませんグライ様」


 年下だったり女だったり奴隷だったり……そう、イーファみたいな人間だった。


 こいつはもうほんと……どこまでだよ。

 どこまで行ってしまうんだ、君の性根は。兄さん。


「父上と母上がお優しいせいで、自分の立場を理解してないようだな。おまえはこの家の所有物なんだ! 殺されても文句は言えない身分なんだぞ!」

「はい……もうしわけ……」

「ふん、泣けばいいと思ってるんじゃないだろうな」


 そこでグライがイーファの肩に手を回す。


「ま、おれもそこまで責めるつもりはない。おまえが理解すればそれでいいんだ……そうだ、今夜おれの部屋に来い。奴隷の身分について、よ、よく教育してやるよ」


 イーファが顔を俯けて身を竦ませた。


 うわぁ、ついに出たよエロ餓鬼。そういえばこいつもう十四だっけ……。

 というかちょっと噛んでるんじゃないよ。もう見られたもんじゃないよ兄さん。


「朝から廊下でうるさいなぁ、グライ兄」


 たまらずしゃしゃり出るぼく。

 案の定、兄からは睨まれた。


「あ? なんだセイカ……おまえには関係ない。引っ込んでろ!」

「ぼく、イーファに用があるんだよ。お説教なら早くしてよね」

「なんだその……口のきき方はッ!」


 罵声と共に、グライが拳を振り上げる。


 頬の辺りに来そうだった拳を――――ぼくは手のひらで受け止めた。


 そのまま膠着状態。


「……ッチ!」


 やがて、グライが強引に腕を引き戻した。


「覚えてろよ、落ちこぼれがっ!」


 そのままどすどすと去って行く兄。

 そして溜息をつくぼく。


 けっこう力込めたけど、痛かったかな? でも、さすがに十一歳に腕力で負けるってどうよ……。

 気の流れを最適化してるとはいえ、体格は年相応のはずなんだけど。


「あ、ありがとう。セイカくん」


 そう言って、イーファが寄ってくる。


 まあでも、グライの気持ちもわからないでもない。


 具体的になぜとは言わないけど……その、胸部がね。

 この子ぼくの一つ上だからまだ十二か十三のはずだけど、どういうことなんだろう。ひょっとして、この世界の民族的特徴なのか? だけど屋敷の侍女を見る限りでは必ずしもそうとは……、

 いや、これ以上はよそう。


「いえいえどういたしまして。そうだイーファ、実はお願いが、」

「ご、ごめん! ちょっと一緒に来てっ」


 と言って、イーファはぼくの手を引いて走り出した。


 なんだ?

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