第六話 最強の陰陽師、妖怪少女を喚ぶ


 あれからまた四年が過ぎ、ぼくは十一歳となった。


「……」


 真夜中の静かな自室の中。

 式神が放つ光の下、ハサミで紙から切り抜いたヒトガタに、ぼくは慎重に羽ペンで文字を入れていく。


 そういえば、前世でもこのくらいの頃に同じようなことしてたっけ。

 懐かしいな。たしかちょうど今くらいの季節に元服したんだ。そう考えると、今生でのぼくもずいぶん大きくなったもんだなぁ。


「……できた」


 完成したヒトガタを眺め、緊張の息を吐く。


 これは扉だ。


 前世のぼくは、何体ものあやかしを調伏し封印し、戦力として使ってきた。

 封印に使った呪符は前世でほとんど燃えてしまったので、当然ながらここにはない。ないのだが……実は理論上、封印した妖をこちらに呼び寄せることは可能なのだ。


 封印とは、すなわち位相へと送ること。

 呪符は扉に過ぎない。


 位相もまた異世界。だから扉さえ用意できれば、どんな世界からだろうと繋げられる……はずだ。理論上は。

 本当にできるかどうかはこれから試す。


 ヒトガタを床に置く。

 印を組み、真言を唱える。


 正直どうなるかわからない。

 だから、最初に呼ぶのは一番大人しい奴だ。


 やがて、術が組み上がる。


「――――ओम् चतुर्दश दश त्रीणि नव नव एकम् निर्ह्वयति सकल स्वाहा」

《召命――――管狐くだぎつね


 ヒトガタが光を放ち、周囲の光景が歪む。

 そして、薄暗い部屋に現れたのは――――白い少女だった。


 処女雪のような白い髪。妙に丈の短い着物も、そこから伸びる手足も白い。ある種神秘的な容貌の少女。

 その瞼がゆっくりと開かれ、対照的な漆黒の瞳が露わになる。


 ん? せ、成功か……? でもなんかちょっと違、


「ハルヨシさまぁーーーーーーッ!!」


 少女が突然抱きついてきた。

 ぼくを勢いのまま押し倒すと、思いっきり顔に頬ずりしてくる。


「ハルヨシさまハルヨシさまっ! ああまたそのお顔を拝せらるるなんてっ、ユキは実に、実に幸いにございますぅ! すーはー! 位相の眠りの中でユキは幾度この時を夢見たことかっ! すうぅぅぅぅはあぁぁぁあ! あぁ~ハルヨシさまのにおい」

「やめろバカ! 離れろっ」


 少女を押し返し、ぼくはずざざっと後ずさる。

 そして、恐る恐るその姿を見る。


「ユキ……だよな」

「はいハルヨシさま! ユキでございますよ」


 にこにこ顔のその少女をよく観察する。


 管狐のユキ。

 ぼくが人間の姿を与え、前世で使役していた妖……なんだけど。


「なんか……小さくなってないか?」


 前世では妙齢の女性の姿だったはず……。

 ユキは自らの姿を見下ろして言う。


「あ、ほんとですね。どうしてでしょう? 今のハルヨシさまの呪力に引っ張られたか、世界自体の影響だと思いますけど」


 まあ……どちらもありえそうな話だ。

 中身はユキそのものだし、成功と言っていいだろう。


「はぁ……とりあえず呼べてよかった。久しぶりだな、ユキ」

「ハルヨシさまぁ……っ!」

「わかったから抱きつくなって!」

「はい゛ぃ、でも……よかっだでずぅ」


 ユキは涙声で言う。


「あのとき……あ、あの娘が敵とわかったとき……ハルヨシさまは、すでに死を覚悟しておられたようでしたから……」

「ん、ああ……」

「でも来世で必ず呼ぶとのお言葉、信じで待ち続げだ甲斐がありま゛じだぁっ……」

「あー、よしよし……」


 頭を撫でてやると、ユキは鼻をすすって涙を拭う。


「でも、この姿でよくぼくだとわかったな」

「それは……わかりますよぅ。少しお若くなられましたけど、呪力にもお顔にも面影がありますし」

「え、そう?」

「はい」


 たしかに、家族ではぼくだけ黒髪黒目だ。

 それは単に父親の愛人の血だろうけど……世界まで渡って選ばれた転生体だけあるんだろうな。


「ハルヨシさま」

「ん?」

「呼んでいただいた以上、ユキはなんでもしますよ! ここは日本どころかかの世界ですらないようですし、さすがのハルヨシさまもさぞ労多きことでございましょう。さあ、ユキへのご用命はなんですか?」

「いや……特にないよ。こっちでも妖を呼べるか試したかっただけだし……」

「ええー!」


 ユキががっくりと肩を落とす。

 申し訳ないけど、ユキは管狐としてはさっぱり役に立たないからなぁ……。


 ぼくは前世を思い出す。

 管狐は、飯綱いづな使いがまじないのために使役する妖だ。


 信濃国の飯綱いづな使いは、このあやかしを使って様々な呪術を行使する。占術に退魔術、それに憑依術。高名な者ともなれば、取り憑かせた対象を意のままに操ることすら可能だ。


 いつだったか知り合いの飯綱使いに、瞳が黒いすっごく珍しい白変種が生まれたからあげるよ! きっとすごい力を持ってるよ!! と善意百パーセントの目で言われ、譲り受けたのがユキだった。

 最初はぼくも期待した。が、ユキはその実、管狐の本領たる予知も憑依もぜんぜんダメ。何度やらせても最後には失敗してぐでーんとしていた。

 でも捨てるのも忍びなく、仕方ないから人の姿を与えてお茶くみをやらせていたというわけだ。


 前世でぼくは最後まで子をもつことはなかったけれど、ダメな子ほど可愛いという言葉の意味は、ユキのおかげで理解できた。

 が、それはそれとして仕事はない。


「というかその姿を誰かに見られるわけにはいかないからね」

「でももう位相はいやですぅ……」

「じゃあ好きに隠れてたらいいよ」

「はぁい」


 そう言うと、ユキは狐の姿に戻り、あっという間に細くなる。

 そして、しゅるりとぼくの髪に潜り込んだ。


「やっぱりここが一番落ち着きますねぇ」


 ユキの数少ない特技が、めちゃくちゃ細くなれることだ。もらわれたばかりの頃から、ユキはしょっちゅうぼくの頭に潜り込んでいた。

 たしかにそれも管狐の技能の一つではあるけど……まあいいや。


「そうだ、ユキ。今のぼくの名はセイカだから、これからはそう呼んでくれ」

「セイカさま、でございますか……? ふふ、ハルヨシさまにはぴったりのお名前ですね!」


 ぴったりというかまあ……前世でも何度かそう読まれたっけな。


 さて、今日はもう寝るか。

 ぼくは道具を片付けてベッドに潜り込む。


 この世界からでも、妖は呼べる。


 計画の一番重要な箇所は達成できそうだ。


 あとは、思惑通りにいくかどうか……。

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